第13話 大精霊との遭遇。
『そこな娘。ほれ、こちらに来なさい。さっさとお前に姫様を呼び出してもろうたほうがよさそうだ』
牡鹿にそんな風に声をかけられる。何となく憑依される恐怖心がぬぐえないので、こわごわと近づくと、国王陛下が真摯にもその大きな手を差し伸べてくれた。弟に比べると、なかなかの紳士ぶりだ。
「エヴァンゲリン・デンボフスキーと申します。どうぞお見知りおきを」
国王の手を取ったまま、淑女としての礼を取る。お守りはしているので、この程度の精霊であれば、いきなり入られることはないだろう。緊張で思わず国王の手を握り締めてしまった。
『うむ。なかなか入りやすそうないい器である。そこの真珠色の球に手を入れてみよ』
「すまない、デンボフスキー令嬢。大精霊様からセルブス様への通達なのだ。この国の命運がかかっていると思ってくれ」
これだけ話せる中級精霊なのに、大精霊は言葉を伝えないのだろうか。先ほど王弟殿下からの返事もあるし、神の言葉というのは難しいのかもしれない。
「……承知しました。しかしながら、国王陛下。どうぞ、何かあったら兄を呼んでくださいませ。わたくしの精霊落しに一番慣れているのは兄でございます」
そういって国王の手を離し、球の中に手を入れる。厄介ごとを避けられないならば、受け入れたほうが楽だ。
もちろん手を入れるのに、お守りは着けたままにする。だが、私のお守りは中級精霊よりも上の上級精霊、いわゆる大精霊には対応していない。気休め程度のものだ。
手を入れた球の中は、思ったよりも暖かく、そして入れた途端に魔力を吸い取られた。全部ではない。ただ、体中に張り巡らせていた魔力の分だけきっちり持って行かれた。その為に底の方にためておいた魔力もじわじわと引きあがってくる。
そして、その魔力で召喚されたのか球の上の方にじわじわと形が作られ、先ほどの牡鹿のように球から若い女性の姿が立ち上がる。光で女性の輪郭が形作られたと思ったとたん、ぱあっと光がはじけ、鮮やかに色がついた女性が出現した。
麦の穂を思わせる全身を覆うほど豊かな金色の髪に、大地を思わせる褐色の肌、瞳は春の若葉を思わせるような緑色であった。身を覆うのは白地に金の縁取りの布である。結構たっぷりとした布だが、ゆったりとしており、隙間から中身が見えそうなきわどさだ。
それでもいやらしくはならず、神秘性と色気のはざまといった様子はさすがだ、と思っていると大精霊は私の方を見て言い放った。
『あーあ、もう。やっとだわー。神様の言葉はそう簡単に部下には託せないしさぁ。待ちくたびれて、セルブスせっついちゃった』
あっはっはっ、という吹き出しがつきそうな感じで彼女は豪快に笑った。口を開いた大精霊は、見た目の神秘性も色っぽさも吹っ飛ばすような、わりと普通の気さくなお姉ちゃんだった。思わずあっけにとられ、口をあんぐりとあけてしまう。
「お久しぶりでございます、大精霊様。アインハルトでございます。わが叔父がこの世を去って以来、おろせるものがおりませんで、失礼いたしました」
『あー、ねー。マルテル以来よね。何年?20年くらい?』
前におろしていた人はマルテルというらしい。あんぐりとあけてしまった口を閉め、球に手を入れたままというのも何なので、球から手を抜いてみた。少々心配だったが、何も起こらず無事だ。国王が球から手を抜いてもセルブスがいるので、大丈夫だと思ったのだ。
『あたしをおろせるような器がいなかったんでしょ、王族に。たまにそういう時代があるのよね。ああ、でも、この子、王家の血が混じってるわね』
「なんと! 外国にゆかりのある伯爵家の娘で、王家とはゆかりがないと思っておりましたが…」
2人+1匹…というのだろうか、まあとにかく6対の目が私のほうをじっと見る。穴が開きそうな気分になるのでやめてほしい。背後からも嫌な視線を感じるし。
「あのう…わたくし何をすればよろしいのでしょうか」
早くもやもやを解消してしまいたい。さっきから周りの人ばかりが納得していた、私には何の情報も入ってこないのがもどかしかった。
『あのね、あたしが顕現するためには、そもそもその器が用意されてなきゃだめなわけ。魔力があって、なおかつ器がでっかい子ね。
大概の場合は前世の記憶もち。前のマルテルっていうのもこの子たちの8代位前のご先祖の記憶持ってたのよ。
ああ、それはともかく、現れるだけでも絶対に器が用意されていることが条件なのよ、神様からのね。たぶん、見える人だけが勝手に話作ってしゃべらないようにって配慮だと思うわー。だから、信託を託すときには下りる必要があるの』
なるほど、先ほど王弟殿下が言っていたことと、およそあてはまる。結構神様もいろいろ考えているらしい。確かに悪事に利用されたりしたら、国が転覆してしまう。そうなったら、私たちも大変だが、神様も精霊もエネルギー源が減少して困る。つまり、意外と持ちつ持たれつのようだ。
『あなたにしてもらうのは、その器になってもらうこと。それから、その器を作り出してもらうことよ』
「…………器、とはそのわたくしと同じような器、ということでしょうか」
『そうよ。貴女は突然変異。突然変異は遺伝するって言うでしょ。今後に備えて器を多く作っておく必要があるって神様がおっしゃっているの。
そう簡単に前世の記憶を持った器で貴女みたいに大きい子って見つからないから。今回みたいなことって困るのよねー。できるなら少しでも器の大きな子を作ってほしいわけよ』
大精霊がいきなり生物の授業なようなことを言い出した。こちらの世界でもそうなのだろうか。確かに習った覚えがある。だが、ちょっと待て、と思う。遺伝するとはその、何というか…私に子孫を求めているのだろうか。
「あのー…。それって私にばんばん子ども産めってことですか……?」
すっかり貴族としての体裁も何も落ちてしまった。前世から恋愛にあまり縁がなかった私は、いきなりそんなことを言われても混乱する。
『まあ、そういうことかしらね。あたし、豊穣の大精霊なのよ。子どもを授けるくらいなんてことないわ。相手さえいればね』
種がなけりゃ、大地には何も芽吹かないでしょ、とあけすけに大精霊に言われ、思わず魂が抜けたように呆ける。前世だったらセクハラ案件である。
『でも、それだけじゃないわ。貴女を待ちわびてた獣人族の子、あの子みたいな人も探してほしいの。今、この国には絶対にお互いが必要なのに、精霊とヒトたちとの断絶が起こりつつあるから』
「その通りだ。精霊が見えても声が聞こえない、うっすらとしか感じられないなどというものは、貴族にもざらにいる。原因は…、よくわかってはいないが」
それまでお行儀よく黙っていた王弟殿下が苦り切った顔でそんなことを言う。その言葉に王と精霊たちが黙って首肯する。この王子さまは私に対しては攻撃的だが、国のことはきちんと考えているらしい。意外だ。
『貴女に一柱の神様から贈り物を賜ったわ。貴女に「器」を見る力をあげる。この国に必要なものよ。大きな器の子たちを見つけて頂戴。そして、精霊とつないで頂戴』
「…見つけるのは構いません。必要なのでしょう。でも、作りだすのはどうでしょうか」
私自身はいい。いずれ子どもが欲しいと思っている。だが、それを望まないものもいるのだ。それを感じ取ったのか彼女がこちらをいとおしげに見る。そして私ばかりではなく、国王陛下、王弟殿下もじっと見つめた。まるで母が私を見るときのようだ。
『大丈夫よ。無理強いはしないわ。豊穣を司る精霊としては、やっぱりどの子にも幸せになってほしいのよ』
どの子も子どもみたいなもんよ、と豪快に笑う。なるほど、肝っ玉母さんみたいなものか。
『貴女が言うとおり、機会を増やしてほしいの。縁をつないで、結び付けてほしい。それがこの国だけじゃなく、他の国も救うわ』
そう言って彼女が私の頬を撫でる。実体はないのに、なぜだか暖かい気がした。そして、そのまま入り込まれてしまう。油断した。
☆
気が付くと暗い空間に立っていた。先ほどまでの空間とは真逆だ。だが、不思議と怖くない。だが、自分がどこにいるのか、上なのか下なのかもわからないので、その場に座り込んでみる。沈むわけでもなく、ひっくり返るわけでもなく、どこかベットの中にいるような心地だった。
「ちょっと~。ちょっと~、そこのお嬢さん」
思わず気持ちよくなってウトウトし始めると間延びした声が聞こえてきた。先ほどの精霊ともちょっと違う。敵意がなさそうだったので、思わず返事をしてしまう。
「はい、なんでしょうか?」
「ああ、よかった。ここで寝られるとね、困るんだ。帰れなくなっちゃうよ」
目の前に突如出現したのは、お嬢さんと私を呼ぶにはあまりに幼い容姿をした少年であった。人のよさそうな、これといった特徴のない顔である。だが、話し方が妙に年寄りじみている。
「はあ、すみません。なんだか気持ちがよかったもので」
「そうだろうねぇ。ここは母の胎内のようなものだから」
少年はにこにこ笑いながら言った。
「胎内?」
「うん。僕は闇の神。魂は闇より出でて闇に還る。ここはその場所なんだよ。寝たら魂が無の状態に還っちゃうからね」
だから僕のお使いは大地の大精霊なんだ、と彼は告げた。大地もそんなもんでしょう、と。あまりにショッキングな出来事に、思わず彼をまじまじと見つめてしまう。
「大地の精霊に頼んで君を送ってもらったんだ。君の身体は彼女が保護をしているよ。君を拾ったのは僕だからさ。ちょっと事情を説明しておこうかと思って」
なんと、私は大地の大精霊にあったばかりではなく、今度はついに神に遭遇したらしい。事実は小説より奇なりとはよく言ったものである。
二度目だからってままならない。-絶対!人生、全うするんです!- こもふ @Komofu
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