外れスキル[スティック操作]が進化して神スキル[マウサー]に覚醒するまでの話。外れスキルの三人称神視点や2Pモードを駆使してファンタジー世界で荒ぶります。

ただ巻き芳賀

短編 外れスキル[スティック操作]が進化して神スキル[マウサー]に覚醒するまでの話。

「クリック、お前では騎士団の剣術レベルに付いていけない。悪いが退団してもらうぞ」


 たった今、俺クリックは王国騎士団を3カ月でクビにされた。

 騎士団と言っても正式な団員だった訳ではなく、団員見習いという駆け出しであったが見習い期間中に解雇されたのだ。


 勝手に強制招集しやがって挙句クビ。


 平民だと思って人の事を馬鹿にしやがって……。


 だいたい、王国騎士団なんて貴族の男子が就く仕事で俺みたいな平民出にはすこぶる居心地が悪かったんだ。


 それでも単なる食堂の息子の俺が騎士団への招集に逆らえるハズもなく、入団後の貴族どもからの嫌がらせや蔑みにも耐えてきたが、使えないと分かったら即クビだとよっ!


「……分かりました」


 心の中の憎悪を顔には出さずに副団長のエトキンスに了承を伝える。

 

 マシだったのは、平民とはいえ王国騎士団を退役するので、僅かばかりの金が出た事だけだ。


 俺の退役を惜しむ奴なんか一人もおらず、むしろ異色の平民出身者が居なくなって喜ぶ貴族ばかりだった。





 騎士団の宿舎から私物のバッグを背負って、城壁を出ると城下町ウェルビーへ続く道を一人で歩きながら、この事態を引き起こした自分の固有スキル[スティック操作]の事を考えていた。


 騎士団に入る前は親の食堂を手伝っていたのだが、次男坊なので早く自立して外で生活しろと親や兄から言われていて困っていた。


 そこへ、いきなり固有スキルが発現した。



 固有スキルの名前は[スティック操作]。



 自分自身の姿を真後ろ上方から見ることが出来て、更に脳内に現れる1本のスティックを傾けることで自分の体を操作できる。


 スキルを使っている間は、いわゆる神視点になって自分を真後ろ上方から見られるので本来見えない背中側が見えたり、視線の角度の違いで顔を出さずに曲がり角の先を見れたりする。


 実家が食堂という事もあって俺に固有スキルが発現したという噂はあっという間に広まり、期待されて騎士団で雇ってやると招集されたのだ。



 それなのになぜ騎士団をクビになったのか。



 このスキルは体の向きを変更できないのだ。


 脳内のスティックが1本だけであり、体を常に同じ方向に向けたままで前後左右斜めにしか移動できず、体の向きを変えられないのだ。


 体の向きを変えるときはスキルを解除して普通に向きを変える必要がある。


 こんなんじゃ騎士団の剣術レベルに付いていける訳が無い。


 俺は無職になってしまった。


 今更、実家に俺の居場所はないし、どうやって食っていくか。


「商売をする資金もないし技術もない、他所の町でコックでもやるか……」


「ちょっと、クリック! 待つのですわ……ハアハア……」


 後ろから声を掛けられて振り返ると、フリフリのドレスを着た若い貴族女性が息を切らせている。


「あ、あの、どちら様でしょうか?」

「あ、あなた失礼ですわね! わたくしよ、エリザベート・フォン・クライスト!」



 知らない。



 忘れているのかもしれないが、流石に貴族令嬢に向かって誰だか忘れたとは言えずに必死に考える。


「ま、まあ、平民のあなたが高貴なわたくしの事を把握できているとは思っていないですわ。わたくしは、王国騎士団付き聖回復補佐室の所属でしたの」


 ああ、そういえば戦術連携学の後で年の頃、16、7歳の女性を数人紹介されたな。

 でも、その聖回復補佐室のエリザベート様が何の用だろ。


「聞きましたわ。王国騎士団を退団されたそうですわね。わたくしも聖回復補佐室を退室して来ましたので、ご一緒に冒険者ギルドに付き合ってもよくってよ」

「……あ、あのですねエリザベート様。俺は他所の町でコックをやろうかと思っているんですが……」


 そう俺が言うとエリザベートは憮然とした表情になった。

「もう一度……言いますわよ。高貴なわたくし、エリザベート・フォン・クライストが、ご一緒に冒険者ギルドに行ってもよろしくてよ!」


 うへぇ~。


 訳の分からない貴族令嬢が、一緒に冒険者ギルドへ行けとグイグイくるよ……。


 結局、理由も分からないまま、彼女を冒険者ギルドへ連れて行く事になった。





 冒険者ギルドにエリザベートを連れて来た俺は、コックになる予定を無視されて冒険者登録させられた。

 彼女が冒険者登録する際に無理やり一緒に登録させられたのだ。


 冒険者は危険な職業だが、彼女も分かってはいるようだった。


「どうせ、噂話を聞いて興味が湧いただけです。すぐ飽きるでしょうから、それまでの間付き合ってあげなさい」


 俺は完全に巻き込まれた形だが、冒険者ギルドの受付嬢に面倒をみろと凄まれた。


 一体、なぜ彼女は貴族令嬢でありながら、冒険者になりたがるのか。


 貴族の間で流行っている英雄恋愛小説にでも当てられたのか……。


「いいですか、クリックさん。あなたのミッションは彼女の命を守り、気持ちを満足させて冒険者を辞めさせることです。本当であれば実力のある冒険者パーティと同行して欲しいのですが、あそこまで強固に彼女がクリックさんと2人でと主張するので仕方がありません。スライムの出る一層の手前をうろうろして、決して奥に進まないでくださいね」


 幸いな事に冒険者ギルドから彼女の護衛をクエスト扱いして貰えた。





「さあ、クリック。ダンジョンに入りますわよ」


 そんな訳で今、俺たちは町から一番近い初級者向けのダンジョンの前にいる。


 装備が何もなかったので、騎士団をクビになったとき手切れ金で剣を買った。

 中古で刃こぼれは酷いがまだ十分使えそうだ。


 エリザベートの方は流石にフリフリのドレスではマズいと思ったのか、フリフリのシャツとヒラヒラのロングスカートにアミアミのロングブーツを購入していた。


 ……こうなったら、固有スキル[スティック操作]で何とかこのミッションを乗り越えるしかない。





 エリザベートを後ろに配置して洞窟に入る。


 洞窟内は暗いので普通の奴は、明かりが無ければ何も見えないのだが俺は違う。


 スキル[スティック操作]使用時は、なんと視界の輝度調整ができるのだ。

 つまり真後ろ上方からの神視点になると、自分本来の眼の性能を無視して視界の明るさを調整できるのだ。


「あなた! 暗視マジックが使えますのね!?」

「使えませんよ。魔法は。これは俺の固有スキルの効果です」


 まるで自分が夜行性の魔獣か蝙蝠にでもなった気分だ。


 そして曲がり角に来るたびに、敵が近づいてこないか顔を出さずに神視点で様子を伺う。


 よしスライムがこっちに進んでくるぞ。


 そのままじっくりと待ち伏せてスライムが顔を見せたところで不意打ちだ。


 ……まだだ。


 ……まだまだ。


「うりゃあ!」


 目の前に姿を現した瞬間に思いっきり剣で叩き切ると、スライムの破片が飛び散って倒す事が出来た。


 どうやら不意打ちだと相手が身構えてない分ダメージが大きく入るようだ。


 俺も騎士団で三カ月遊んでいた訳ではない。


 それなりに剣の扱いに慣れる事ができたのだ。


『2Pモードが追加されました』


 最初に固有スキルを覚えたときと同じ声が脳内に聞こえた。


 なんだろう2Pモードって。

 後で確認してみよう。


「やっぱり、わたくしが見込んだ通りでしたわ」

 エリザベートが感心している。


 無事に魔石のかけらを回収できたので、この調子で神視点からの待ち伏せ不意打ちを繰り返す事にする。


 受付嬢が言った通り、一層はスライムばかりのようだ。


「真っ暗だし退屈ですわ。わたくしも戦いたいのですけど」


 スライムの強さが何となく把握出来て、それ程恐れるに足らないと分かったので、次はエリザベートに活躍して貰う事になった。


 早く彼女に冒険を体験させて、冒険者の真似事に飽きて貰うのが俺のミッションだ。


「エリザベート様はどんな事ができますか?」

「魔法が得意ですわよ。四大元素魔法は全て使えますわ」

「それは凄いです! しかも、聖回復補佐室にいらっしゃったのですから回復魔法も使えるんですよね!」


「え、ええ……。使えますわね、一応……」


 あれ? 回復魔法はあんまり自信が無いのかな?


 まあいいか。

 彼女に冒険で満足して貰うには自分で魔物を倒すのが一番だから、まずはスライムを魔法で倒してもらおう。


 固有スキル[スティック操作]を駆使して、エリザベートのために曲がり角の先の獲物を探そうとしたところ、神視点のオプション操作にさっき脳内で聞こえた[2Pモード]という選択肢が増えているのに気付いた。


 固有スキルの新たな機能は便利な場合が多いのでまずは試してみるか。


 とりあえず[2Pモード]選んでみると、冒険者Noという空欄が現れた。


 どうやらここに冒険者番号を入れるようだ。


 早速、自分の冒険者カードを取り出して番号を入れてみるが、[自分の番号は入力できません]というメッセージが表示された。


 他の冒険者番号なら入力できそうなので、エリザベートから冒険者カードを借りて入力してみる。


[2P操作が可能になりました]


 メッセージは出ているが、自分の神視点には変化が無いので意味が分からない。


「な、なんですの!? この視界は!?」

「ど、どうしたんですか?」


「わたくしやクリックの後ろ姿が見えるのですけど……」


 もしかして、2P操作って冒険者番号を入れた人も神視点になれるのか!?



 エリザベートにもしもの事が起こらないように、気を引き締めてスキル[スティック操作]の神視点でスライムを探す。


 居た! 次の角の奥にスライムだ!


「これ、どうなっていますの? わたくしは次の通路に出ていないのに、曲がり角の先が見えているのですけど……」

「俺の固有スキルです。今はエリザベート様にも同じスキルを使えるようにしました」


「真っ暗のハズなのになぜか明るくてよく見えますわ。あ、奥にいるのは先程クリックが倒した魔物と同じではないかしら」

「ええ、あれはスライムです。弱い魔物ですが油断は禁物です」


「私のファイアーボールで倒して見せますわ。……でも、いつもと視点が違って狙い難くくて。それにあれだけ離れていると当てる自信がありませんわ……」


 そんなに離れているか?

 せいぜい10メートルだろう。


「視界の中心辺りに小さな十字の印が見えまか? その十字向けて投擲物が飛んでいきます。そこに敵が重なる様に狙いを付けてください」

「こうかしら?」


 彼女はファイアーボールの魔法を詠唱するとホールドしていつでも発動できる状態を維持してから、狙いを付けよう構えた。


「視界が変わったわ。いつもの見え方に戻ったのだけど……」

「照準モードです。構えを辞めるとさっきの真後ろ上方からの神視点に戻ります」


 俺が言い終わるや、カニの様に横移動で通路に飛び出たエリザベートはスライムを狙って構えた。


「十字がスライムと少しズレていますわ」

「多少重なっていればファイアーボールなら倒せると思いますよ」


「行きなさい! そしてスライムを焼きつくすのです! ファイアーボール!!」


 一直線に炎の玉が飛びだすとスライムの左脇に着弾、スライムを燃え上がらせた。


「や、やりましたわ! わたくしがファイアーボールで魔物を倒しましたわ!」

「やりましたね! エリザベート様」


「今まで攻撃魔法が使えても全く命中させることができなかったわたくしが、魔物相手に見事命中させましたわ!」


 そうか、彼女は射撃音痴なんだ。


 せっかく攻撃魔法が使えても上手く当てられなかったら宝の持ち腐れだもんな。


「この固有スキルは凄いですわね! これがあれば上手く当てられないわたくしでも、大活躍出来ますわ!」


 エリザベートは素直に喜んでくれているので、俺も少しだけ嬉しい気持ちになった。

 だが、欠点大きい事も伝えておかなくては。


「ですが、この固有スキルには致命的な欠点があって頼りに出来ません。体の向きを変えて狙いを変更できないので、投石はもちろん弓でも動く獲物にはまず当てられません」


 この固有スキルの残念な部分を説明すると、エリザベートが俺の目を真っすぐに見つめた。


「クリック。神様から与えられたギフトをそんな風に言うものでなくてよ。もっと自分の強みに誇りを持ちなさい」


 最初はただの我儘なお嬢様かと思ったが、ポジティブで真っすぐな性格のようだ。


 嫌々で冒険者ギルドから引き受けたミッションだが、俺は彼女との冒険がだんだん楽しくなってきていた。


 ここからはお嬢様に大活躍してもらった。


 神視点でスライムを見付けてはファイアーボールをホールドして、じっくり時間を掛けて計5匹倒したのだ。


 自分の魔法で魔物を倒すという体験を出来て非常に満足そうだ。


 そろそろ終わりでいいだろうと考えていると、次の曲がり角に一際大きな塊が見えた。


 どうやらスライムのようだが今までとはまるで大きさが全然違う。


 人よりも大きいラージスライムだ!


 エリザベートも今までと違う大物に顔を引きつらせている。


「撤退しましょう、エリザベート様」

「だ、だめよ! わたくしはあいつを倒します!」

「あのスライムは今までの相手とは脅威度が違います」

「いいえ、逃げる訳にはいきませんわ!」


 今までと異なる状況にも関わらず、我儘を言うエリザベートに俺も丁寧な口調を忘れて止めに掛かる。


「何を言ってんですか! 今ならまだ退避が間に合う! 魔物を侮ったらダメだ!」

「いいえ、侮ってはいませんわ。むしろ今までのスライムでも恐ろしかったくらいですのよ。そ、それでも……」


 言い淀んだ彼女が生唾を飲み込む音が聞こえた。



「それでも……、それでもわたくしは……、この魔物を倒して壁を乗り越えなければなりませんの! クリック、協力をお願いしますわ!」



 彼女の真剣な眼差しには強い覚悟が見て取れた。


 甘やかされて育ったお嬢様が、理由は分からないがここまでの覚悟を見せている。

 

 俺と彼女には契約がある訳でもなく、苦楽を共にした仲間でも、互いの背中を預けるパーティでもない。


 それでも、貴族である彼女が平民の男に「協力をお願い」したのだ。

 この事実を重く受け止めて、彼女の覚悟に全力で応えなければならいと感じた。


「……エリザベート様、こいつを打ち倒したら冒険者ギルドへ帰還をお願いしますよ?」

「分かりました、約束しますわ。それでわたくしは何をしたらよくて?」


「ファイアーボールでの初撃をお願いします。すぐ後、俺が突撃して接近戦をしますので」

「分かりましたわ! その後はどうすれば?」


「俺が隙を見て通路の左右に寄りますので、狙い撃ち出来そうなら追撃をお願いします」

「任せて! それでは参りますわよ」


 ファイアーボールをホールドしたエリザベートは、カニの様に横移動で次の通路に出ると魔法を発動した。


「あなたを倒して次に進みます! 食らいなさいっ! ファイアーボール!!」


 彼女の魔法は見事にラージスライムの正面に直撃、奴の中央が燃え上がる。


 作戦通り、接近戦に出るためラージスライムの前に突撃する。


 ファイアーボールの炎が消え掛かったタイミングで、走り込みから振り被った剣の一撃を振り下ろす。


「うりゃゃああ!!」


 魔法と剣の連続攻撃が決まり、ラージスライムが真っ二つに両断された。


 倒したと思ったが、半分に分かれた中型スライムが二匹とも意思を持って動き出す。


 再び剣を構え直すとすぐに左側のスライムに一撃を叩きこんでやった。


 この一撃で左側の中型スライムは両断される。


 しかし、右側の中型スライムが俺に襲い掛かって来た!


 俺は相棒の事を信じて、逃げ場の無い左側の壁に寄る。


 頼むぞ、お嬢様!


「弾け飛びなさい! ストーンバレット!!」


 俺たちの息はぴったりだった。


 横の壁に体を預けたタイミングで間髪入れずに放たれた石の弾丸は、俺の真横を通り右側の中型スライムに見事命中!


 奴の半分が弾け飛んだ。


 2匹の中型スライムの内、俺が切った左側が4匹に分裂、彼女の魔法が当たった右側は2匹に分裂して計6匹が俺に襲い掛かって来た。


 正面の3匹から連続の突進攻撃を受けて体中に痛みが走る。

 まるで太い棒で叩かれたような痛みだ。


 まともに魔物と戦った経験が無い俺にとって、最弱の魔物スライムでも数が多ければ危険だ。


 だが、絶対にエリザベートの所へ行かせる訳にはいかない!


 ここで俺が食い止めて全て倒す、それしか選択肢は無い。


 やってやる。

 俺はこの能力でのし上がってやる。

 6体1だろうと関係あるか!


 暗視が可能なままで戦いたいので、スキル[スティック操作]を解除せずにそのままスライムに挑む。


 さっきの3回連続突進を食らって体制を崩していたが、何とか反撃をして1匹を倒す。

 その後も狭いダンジョンなのが幸いして5匹に取り囲まれるようなことにならず、1匹倒しては正面の3匹から3回攻撃を食らう事を繰り返す


 必死の思いで最後の1匹まで減らしたときには満身創痍だった。

 

 既に14、5回の突進攻撃を受けて全身が内出血の打撲状態になり体中が悲鳴を上げた。


 ふらふらになりながら、たった1匹のスライムと睨み合った後、互いに攻撃を仕掛ける。


 気力を振り絞った一撃がスライムの突進攻撃に当たってくれてなんとか撃退することが出来た。


 勝ちはしたもののダメージと疲労でひざを付いた。


 俺の傍にエリザベートが駆け寄って来る。

「へ、へっ。やったぜお嬢様」

「ク、クリック! 体は大丈夫なのですか!?」

「ま、何とかね……」


 返事をした直後に固有スキルを取得したあのときと同じ声が脳内に聞こえた。




『スキル[スティック操作]の熟練度が上がりました』

『スキル[スティック操作]に視点用スティックが追加されました』

『視点上下反転が選べるようになりました』

『視点左右反転が選べるようになりました』



『2Pモードでかつ一定時間内に物理攻撃、魔法攻撃を複数回使用したため条件が満たされました。1P限定エクストラスキル[マウサー]が解放されました』




 !? どうやら固有スキル[スティック操作]に新たな機能が追加されたみたいだが……。


 今まで脳内に現れていた移動用スティックの他に新しいスティックが増えているのでこれが多分、視点用スティックなんだろう。


 周りに敵がいない事を確認してから、視点用スティックを左右に動かしてみる。


「や、やった……!」


 今まで変えられなかった体の向きが動く様になっている。

 視点用スティックを左に倒せば体が左に向き、右に倒せば体が右に向く。


 これでようやく、まともに剣術ができると浮かれたが、上を見ようとして首を上げる感覚で視線スティックを手前に引くと、下を見てしまった。

 同じように下を見ようとして首を下げる感覚で視線スティックを奥に倒すと、上を見てしまった。


 視点を変えるときの上下が俺の首の感覚と反対だ。

 これは俺の感覚を固有スキルに慣れさせないといけないのかな?

 まてよ、一緒に聞こえた視点上下反転が関係しているかも。


 試しにスキル使用中の視界の端にあるオプションというのを作動させ、視点上下反転を選んでみた。


 お! 


 視線スティックを引くと上を見て、倒すと下を見た。

 これなら自分の首の感覚に近い状態で操作できる。


「エリザベート様! 俺の固有スキルが進化したようです。これからは体の向きを変えたり上下を見れますよ」

「なんかスティックが増えてますわね。試してみますわ。でも、それよりも早くダンジョンを出て怪我の治療を……」


 今気づいたが、真後ろ上方からの神視点なので、視線用スティックを倒して下を見ると、自分より少し上から自分を見下ろすように見ることができる。


 つまり、自分の周囲を全周見ることが出来るのだ。



 そして何より気になるのが、追加された1P限定エクストラスキル[マウサー]である。



 強い興味に惹かれてすぐに試そうとするが、エリザベートに呼び掛けられた。


「い、今すぐダンジョンから出ましょう。わたくしはこれ以上魔法を使うのが難しくて回復魔法はとても無理ですわ。今、魔物に襲われたら……」


 そ、そうだな。

 何よりまず、彼女を無事に連れて帰らねば……。


 まともに歩くのも難しくて、彼女の肩を借りて出口を目指す。


 それでも頭の中から1P限定エクストラスキル[マウサー]の事が離れず、エリザベートに気付かれないように歩きながら説明を読んでみる。



 おいおい、これはヤバイんじゃないか!?



 1P限定エクストラスキル[マウサー]は、体の向き変更を視点用スティックではなくマウスというので操作するようだ。


 追加された視点用スティックは体を動かすのと同じように視線を転回させるのに対し、このマウスを使えば瞬間的に体の向きを変えられると書かれているのだ。


 それは本来であれば、血と汗を流す様な長年の鍛錬で身に着く俊敏な動きを、戦闘に不慣れな俺が今すぐ出来るという事に他ならない。


 たとえ、体の動きが間に合わないような素早い強敵が現れても、目や頭が反応できれば対応できてしまうという事になる。


 つまり振り向きだけなら、達人級の動きを出来るという事だ。


 それだけじゃなく、移動中でも超精密操作が可能になることで射出系攻撃において最大の効果を発揮すると書かれている。


 これまで狙いを変更できなかったため、射撃や投擲では全く使ってこなかったが、この[マウサー]なら移動しながら精密射撃が出来る訳だ。


 マ、マジか……。


 


 固有スキルの進化とその秘めた可能性に自分の胸が高まるのを感じた。


 元々可能な三次元神視点に加えて、超速動作や超精密動作が可能であれば、冒険者として名を上げられるかもしれない。


 いや、もしかしたら攻略不能と言われているS級ダンジョンの踏破も不可能ではないかもしれない……。


 そんなことを思いながら思考内の視点用スティックを眺めていると、オプション項目にはまだ灰色文字でいくつか項目があるのに気が付いた。


 この灰色文字の項目は固有スキルの熟練度が上がれば使用できるのかもしれない。


 了

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