『菊』 -よこたわる  すりぬける  おいすがる  てをひかれる -

みなはら

第1話 『菊』 -よこたわる  すりぬける  おいすがる  てをひかれる -



まただ…



今日は子猫だ


鯖虎、雉虎というのだろうか?

灰色に茶がかった色が混じる姿で

見えた背には縞が在ったように見えた



たしか…

この間は狸だった


全体が黒っぽく

灰白に光る縁取りのある背中を見た気がした

だからおそらく犬ではないだろう



どちらも背中だけ


タイヤで踏んでしまわないように

横たわる身体を避けてすり抜けて走り

その場を通り過ぎた



背中だけなのは

何かあったからではないだろう



ぶつかる時に身をすくませて丸くなり

なんとかして生きようとしたからなのだろうか?



その日の朝はそんなことを思って

その場から去ったのだ




◇■◇■



あれからあの場所を通りかかるとき

横たわる動物を見かけることが増えた



あの場所に獣道でもあるのだろうか?


犬か…

猫か…


良くわからない毛皮の姿も見かけた



古いものが無くなって新しいものが現れる



なんだろう…


狩られたわけでもない

食べられずに放置されているのだ


自然に倒れたものでもないようだ

それは次の日には無くなっているのだから



気にはなっても、止まらずに進み続ける

誰も止まらない

横たわるものを横目にして通りすぎる


気付いていないのか

やはり気付いても止まらないのか



人はあまり見かけないが

通勤時、昼間の交通量だけは多い道


獣道から出てきてはねられた動物を、役場か保健所の人が確認して

きっと片付けているのだろう



気にしだすときりがない

そんなことを感じても、それはすぐに頭から消えて

いつものように、いつもの道を

いつもの時間にすり抜けて通ってゆく



そんな毎日が繰り返されて

生き物の横たわる姿が、日常の中に埋もれてゆく




◆■◆■



あの夜、

あのいつも道を通ることになった

どうしても外せない用事があったからだ


気がすすまない

迂回する道はあるけれど、とても回り道になるのだ

仕方ない



暗い夜の灯りが、それもわずかしかない道を通ってゆく

車のライトの灯りだけが


昼間には感じなかった夜の気配


背筋がざわつく感じを受け、



もう夜にその道を通るのはやめよう

そう思った時だった



あの横たわる動物たちを見た辺りだとは、

その時にはまったく気づいていなかった



ヘッドライトに一瞬照らされた姿


大きい…


それに動物じゃない

体毛の無い白い腕や足が見えた


あれは、人だ…



スピードをゆるめて車を停める

電話を取り出すが、なぜか通じない

どこにも電話できない?


しばらく迷ってから、ドアを開けて外に出る

ライトは消さないままだ


少し肌寒い夜の空気を感じなから、倒れた人に恐る恐る近づいてゆく



「大丈夫ですかっ?」


あまり近くに寄る前に、少し大きな声でそう声をかけてみた



返事はなかった




もう一歩進もうとした



その時、

ヘッドライトが、突然瞬き消える


辺りが暗闇になり、

けれども直ぐにまた明るくなる




ライトの鋭い、切り裂く光ではなく、

なんというか闇に滲み混ざるような、そんなぼんやりした光だ…


暗闇で白く浮かぶ人らしき姿のあるあたりが、

一段明るく緩やかに明滅するように、怪しげに青白い光を放っている……


それが水面に変わるように、

人の姿が地面へと沈み消えてゆく様子が判る



手足が先に地面へと沈み込み、沈みながら身体が回転して、

一瞬だけ顔が見えた…


顔は無かった

抉られたような傷が広がっていた



思わずあとずさりながら、何かにつまづいて倒れてしまう

目の前の出来事が信じられない

倒れた姿勢のまま、目を離せずにあとずさり続ける




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菊を思わせる華が咲く……





早送りで植物が生えてくる映像のように、

地面から何かが伸びてくる


幾本も、幾本も伸びてくる

白いもの、人の腕だ


白い身体が沈んでいった穴から伸びた、無数の手が、

菊の蕾が咲き広がるように、

折り畳まれた幾つもの関節を延ばしながら、広がってゆく


広げられた手は、骨が浮き出るように痩せ細っており、

震えのたくりながら、命を探り貪るように、

手を腕を大輪の花びらを広げるように、周囲へ延ばし広げてゆく。



その何本もがこちらに伸びてくる

命を貪り求めて掴み取るために

握りしめたものを巣に引きずり落とすために



迫る手が、腕が、こちらを包み込むように広がり、

空を掴み、獲物を握りしめることを待ちわびるように、

ぎくしゃくとした動作を繰り返しながら、ゆっくりと迫りくる


やがて手のひとつに、這うように遠ざかろうしていた足を掴まれてしまう

捕らえられた足首に感じる、ぬるりとした湿ったような気色の悪い感触


それが足首からふくらはぎ、太股、腰へとだんだんに増え、

身体がおもくなり、引かれる力がだんだん強くなり、

やがて孔のほうへと引き摺られてゆく





あれは餌だ…

死の危険にさらされて、やっと気づいた


次の餌を捕るためにそこに置いておき、

立ち止まるものを、伸ばした手で追い縋り捕らえる



そして、

明日、横たわるのは……



青白い手が肩まで伸び掴む

掴まれた手を引かれてゆく


巣はもう目の前




手を引かれる力が無くなり、また後ろに倒れた


僕の手を引く、青白く骨張ってみえる手が何かに絶たれている



捕まれていた腕や手は、見えない何かに刻まれて細切れになる

切られたものは夜の空気に混じるように、地に落ちる前に溶けて消えた


こちらには傷ひとつない

倒れて打った腰が鈍く痛む


これは夢でない

痛みがそう伝えてくるようだ




目の前へと、いつの間にか現れた人影

人…、だろうか


暗い中でも、身体の線で女性とわかる姿

身軽な服装、背は高そうだ



右手には、

葉の茂る枝らしきものを手にしている


なにが掴んだあれを斬ったんだろう?


現実感のない出来事に麻痺した頭で、

そんなことを考えていた



こちらへと迫る腕


枝の葉がさらさらとさざめき

近づく手が刻まれてゆく



「燃やして…

あやは、あたしが守るから」


「わかったわ…、タマ」



二つの声…



鈴の連なるような音と共に、拳ほどの炎が幾つも生まれる


宙に漂う、

翡翠を連想させる青緑の炎を放つ火玉と、血のような紅い炎を放つ火玉



赤血は周囲に広がって、

花弁の如き腕を焼きしおれさせ、


緑碧は腕の生じた孔へと消え、

中の何かを焼き、滅するために動き出す


さざめきが残った腕を刻む




葉風のさざめきと鈴の音のなか

火灯りのゆらめきに照され、幻想的な光景が続いてゆく



人影は気がついたら

二つに増えていた


炎に照らされるもうひとつの姿

最初の影が身に着けた、普通の服装と違い、

ひとつは和装のような、白い衣装に身を包んでいる



人…じゃない

二人の人影


炎灯りの中だと、髪からから飛び出たもの、

目立つ二つの、柔らかく尖るものがはっきり見える


獣の耳だ…




鈴の音がまた響く


和装のほうが時おり振る、何か棒のようなもの

その柄の握りから下げられた、鈴らしき玉から響く音色



あの孔から、ゆらめく青緑の炎が激しく広がるのが見えた


きれいだ……

現実にはあり得ない、その炎の色とかたちは、

まるで炎で出来た煉獄に咲く花のような花弁にも見える



やがて

人よりもはるかに大きな何かが、もがくように孔から出てくる


小さく悲鳴を上げて溶けて崩れる腕たちと、孔の中の何か


穴から這い出したそれは、

焼かれ、溶けて崩れ落ちながらも、未練そうにこちらを見つめていた


人と獣を接いで捏ねたような、歪な人にも見えるもの

二つではない眼と腕と…、獣と人の耳、肌を併せ持っていた



鈴の音がひときわ大きく響く


炎が広がり、

紅い花を着けた翡翠の大樹を思わせる姿を見せ、炎は唐突に消える



闇が広がる

けれども、先程までの妖しげな気配は感じられない




やがて、

あの孔から穏やかな青白く光る炎が、


人や生き物の姿にも見えるものが、

光の帯を引きつつ現れては消えてゆく




どれくらい続いたろうか……


二つの炎が消えずに宙に留まっていた


獣を思わせる姿の炎がふたつ、

去りがたくその場に留まっている


目が合った、初めて目を合わせられたと感じる


あの猫と狸だ……

なぜか、そう思えた




初めの人影が口を開く


「あたしたちと来るかい?

隠れ里に」


「あたしの縄張りか、

それか、社の神域に…」



続くもうひとつからの声


「また!?

あなたわ、また勝手にきめてっ」


「まあまあ(笑)

ダメなら、あたしのところか猫町にでも連れてくよ」


「いや、連れてくけど…

わたしのところわ良いところだから」



妖しい幻想的な姿からの、日常を思わせる会話と


二つの人でないものの笑う声


その声を聞き、初めて終わったのかと気が緩む



子猫と狸に似た青白い炎を

それぞれの胸に抱くと


ふたつの影は

背を向けて立ち去ろうとし


そして初めのひとりが振り返った



「あんたはもう帰りな…

もう関わっちゃいけない、忘れるんだ」


「ここはあんたが居ていいところじゃない」


「そうしないと、

あれに今度こそ……、喰われるよ(笑)」


暗闇のなかで光る、猫のような動物の目。




二人の、四つの目に見つめられた後のことは良く覚えていない

どうやって家まで帰ったのかもわからない


気がついたときは朝で、ベッドの中だった


背広は酔って前後不覚になったときとは違い、

床に脱ぎ捨てず、ちゃんと片付けてハンガーへと掛けてあった


それに今は車だから酒は飲まない

酔った幻覚などではない



忘れろと言われて、何故覚えたままなのか、

わからない



でも、忘れる

忘れたことにする


そう決めたのだ




◇□◇□



今も通りかかる場所


あそこでなくなる生き物を見かけることは

ほとんど無くなった




以前に、あそこでなくなった人が居たと、

そういったはなしを聞いたことがある



あれが、人が何かに変わったものなのか

目覚めて、人を食べたものが味をしめて

さらに獲物を求めていたのかはわからない





もうあの場所で止まることはしない



ここには、

人以外のものが間違いなく棲んでいる

それは恐ろしいことだ



でも…、


それは人に危害を与えるものばかりでは無いようだ


恐ろしいけれど、あまり心配はしていない





たぶん…、


事故や病でなくなる人のほうが


はるかに多いのだろう





死ぬことと生まれること


僕の知る以外のことが、この世界にはある



横たわり、手を引かれる死から、

僕はそれを知った





〈らのべ異聞〉


『菊』 -横たわる死 すり抜ける死 追い縋る死 手を引かれる死-



〈完〉




-蛇足です-


菊の挿し絵写真は、ネット上にフリー素材として上がっていたものをモノクロ加工して使用いたしました。←カクヨムさんにはヒナプロみてみんへの画像リンクが添付してあります(^ω^)

一日くらいはあーでもないこーでもないといくつも試しましたが、結局最初に選んだものになりました(苦笑)←試すために、みてみんにいくつもあげたのに、ちょっと悔しい(>_<)


イメージとしては管ものの菊のイメージが近かったのですけど、なかなかピンと来るものに出逢えなくてあきらめました(;´д`)



手のモチーフは以前のお話でも書いた、名も無き穢(けがれ)として物語に出した現象を膨らませたものです。←霊感のある相手が見て、自分に教えられた透き通った幾本もの自分をつかもうとする手。鈍感な自分は目にできませんが、聞かされただけでも背筋に寒気がする出来事でした。


あれ以降、自分にとって手は魅力的な演出のための存在であると共に、怖さの象徴になっている気がしますね(苦笑)





―――




-まえがき、またはあとがき-


これを書いたきっかけは、

現実に道路中央線の辺りに横たわる動物の姿を見かけたからです。

同じ道路ですが全く同じ場所ではなく、日時も連続しておらず、

同じ時間帯ではあっても、間に数日おいてのことでした。


なくなっていたのは物語と同じく、狸と猫と思われるものでした。

通勤途中で見た印象を、なるべく残して書いてみたつもりです。


理由ははっきりしませんが、

単にネタとしてとか、命を弄んでみるとか、

そういった意識で書いたわけではありません。



あとで思ったのですが、


忘れてしまわないために、

覚えているために、

だから書いたのではないかと感じています。


たぶん、何かしらの形で、

あれたちを生かすつもりだったのかなと、ふと思いました。



狸と猫は、

拙作のお話の中の、あやはの世界、

稲荷の社がある、田園の穏やかなところで、

今はゆっくりと、静かに住んでいるという姿が欲しかったのかな。


物語の中に、それらを少しだけ残しておきたかったのかもしれません。




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『菊』 -よこたわる  すりぬける  おいすがる  てをひかれる - みなはら @minahara

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