赤いボールとベンチ

劉水明

赤いボールとベンチ

男は公園に座って、緑と青の広場を羨ましく


眺めていた。


その男は今日、医者から余命半年と宣告された。

家族もなく、今まで一人で生きてきた。

その男を誰も悲しむ者はいない。


憐れな自分を見つめ、一人ベンチに置物のように座っていると

一つのボールが彼の足元に転がり込んできた。



「おじさん、ボールとってもらえますか?」


男は、赤いボールを取りゆっくりと立ち上がり、女の子に渡した。

女の子は、しなやかな光と黒の髪、大きな瞳にあどけない丸みを帯びた顔立ちだった。


「ありがとう、おじさん。」


「いいえ、どういたしまして。」


今の彼には女の子から発せられた言葉は、天使の語らいのように感じられた。


男は次の日会社を辞めて、また公園に来ていた。


彼は、小さく甘い期待を持ち一人ベンチに座っていた。


しかし、


待てども、待てども


来ない。


夕日が彼を黒紅く染めきっても来なかった。


次の日も、その次の日も、彼はまた公園にいた。


彼は諦めようとしていた。


公園の奥を見てみると、日差しに照らされた女の子が友達とボールを持って遊びにきた。


彼は、暗く底にあった心が暖かい日差しで暖められるようだった。


男は、関心なさそうに女の子を見た。赤いボールが、飛び跳ねる度に彼もソワソワ飛ぶようであった。


そんな時間も残酷に過ぎ行き、女の子達は夕日とともに帰っていった。


彼は暗いのがとても怖く感じられ早々と帰宅した。


彼の家には、テレビとベッド、パソコン、テーブルがあるだけで他は何もない。テーブルの上には、痛み止めと書かれた現実があるだけだった。


彼は、ベッドで横になり枕に悲しみを染み込ませるように眠りについた。


次の日も、男は同じベンチに座っていた。


何をするでもなく、ただ待つ。


彼はそれでも、僅かばかりの喜びを感じていた。


昼過ぎになっても女の子は来なかった。


2時過ぎになると人が集まり、女の子もやってきた。今日は一人のようだった。


買い物袋を片手に女の子は、私の傍にやってきた。


「おじさん、いつもご飯食べてないから、これあげる。」


男はあまりにも急だったので、言葉を忘れていた。


そして、男は


「・・・・・・おじょうちゃん、ありがとう。」


と言った。


男は瞳に隠し切れない涙を抱えて、掌と同じ大きさのお菓子を受け取った。


「おじさん、どこか痛いの?」


「大丈夫だよ、おじょうちゃん・・・」


男の瞳から溢れだす涙は止まらずお菓子の箱を涙でいっぱいにした。


涙がなくなるのが先か、箱に涙がたまるのが先か、

わからないくらい男は泣いた。


瞳の中が空になると


今までないくらいに、気持ちは空のように青く、


全てを忘れていた。





男は、女の子の方を向き、



日差しで影ができないくらいの笑顔で笑った。




















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤いボールとベンチ 劉水明 @yanwenly

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る