越冬美食(エットウ グルメ)

「くらえ——、ソイビーム!」

 ビューンと勢いよく飛び出した標準よりも一回りも二回りも大きな大豆が、パーンと突撃した先で、鳩がバサバサと慌ただしく羽ばたいては羽根を数枚落として散り散りに飛び去っていきます。


「無益な殺生をするんじゃない」

 きゃっきゃとはしゃぐ大豆たちの威勢の良さに葉っぱを痛める大根は、もはや何度目とも分からない小言を繰り返すようになっていました。


「殺生はしてませんよー、大根さんだって頭の葉っぱ狙われて難儀してたじゃないですか」

 そうだ、そうだーと賑やかに囃し立てる国産規格外大豆たちは今日も元気に飛び跳ねています。

 実際、そうなのです。

 寒い季節の到来を目前にして、鳩たちは文字どおり目の色を変えて大根の葉っぱを狙ってくるようになりました。小さなくちばしではすばしっこい規格外大豆は突きにくいようで、そうなると大根の葉っぱが集中的に狙われるのです。


 今日もこの時期に大根の葉っぱがシャッキリとふさふさなのは、大豆たちの豆鉄砲が大活躍している賜物なのです。


 鳩たちだけではありません。

 無害に見えて、放し飼いのニワトリや、ひょっこり現れる野良うさぎなんかもどうやら大根の葉っぱが好物のようで、大豆畑を離れてからというもの幾度となく捕食のニアミスを繰り返してきました。


 思ってもみなかった旅の道連れは、思ってもみなかった有益なボディガードだったのです。


 自分の身は自分で守るしかないと腹を決めて飛び出してきた大根ですから、こんな風に屈託なく笑いながら助け合える仲間ができたという現実は、なんだかとてもこそばゆいのです。


「冷えてきましたねえ」

 ほんと、ほんとーと飛び跳ねる大豆は元気いっぱいですが、吹き付ける北風はまた一段と寒さを増した気配がします。

 これから本格的に到来する冬をどうやって凌ぐのか、目下の課題はそこでした。


「ひゃー、寒い」

 そうはしゃぎながら、大豆たちは次々と大根の葉っぱに隠れます。ふさふさシャキシャキの葉っぱの間は大豆たちの格好の休憩場所になっていました。


「おーい、おーい」

 なんでしょう、どこからか何か聞こえてきます。


「おーい、おーい。待ってください——」

 気のせいかとも思いましたが、やっぱり何か聞こえてきます。


「何だろう?」

 葉っぱの間からひょこひょこ顔を出す大豆たちが周囲をきょろきょろ見回していると、大根たちのやって来た遥か後方から何かがひと塊りになって向かってくるようでした。


「大根さん、大根さん。後ろから何かやって来ますよ」

「はて、お尋ね者になった覚えはないが……」


 振り返った大根が少しだけ困惑した様子で後方を眺めていると、それらの形がだんだんとはっきりしてきました。

 ジャガイモ、にんじん、ごぼう、それからすごい勢いで転がってくるのは多分たまねぎです。大根も大豆たちも唖然とするほかありません。


「これは一体、どうしたことだ」

 そんなこと、誰にも分かりません。

 ただ確かなこと、それは根菜たちが大根を追いかけて来たということです。


「あー、良かった。やっと追いつきました!」


「あなた方は一体……?」

 困惑する大根と、警戒心も露わに大根の葉っぱの陰からじっと様子を窺う大豆たちをよそに、根菜たちは各々息を整えるように数度ゆっくりその場でごろりと転がります。そして、おもむろにジャガイモが起き上がって言いました。


「同じスーパーの袋の中にいたジャガイモです」


 同じくにんじんです、ごぼうです、と続いて最後にたまねぎが「初めまして、たまねぎです! お噂は予々かねがね伺っています!」と元気に起き上がりました。


「何と!」

 大根は驚いてぴょんと大きく飛び跳ねました。その拍子に大豆たちがぽろぽろと葉っぱの間からこぼれ落ちてしまいましたが、それを見て根菜たちも驚きます。


「大根さん、葉っぱから何か落ちましたよ?」

「ああ、どうも初めまして。ぼくたちは安心安全、純国産の元畑のお肉です」


「はい……?」

「元畑のお肉改め、ちょっと育ちすぎた規格外大豆です」


「えっと……?」

「あれ、もしかして歌った方が伝わる感じ?」


 仕方ないなーと大豆たちが声を合わせて「ぼくたちはー」と始めたところで大根がシャッキリと話に割って入ります。

「お前たち、話をややこしくするんじゃない」


 仕切り直して根菜たちの話を整理すると、大根が決死の覚悟で飛び出した、あの農家さんの台所のスーパーの袋に後から補充された根菜たちの一部が、まさか翌日、大根に続いて農家さんの家を飛び出してきたというのですから驚くのも無理はありません。

 さらにその翌日、出奔する根菜たちの道中に出会でくわした採れたてのたまねぎも、元気がはち切れん勢いで収穫かごから飛び出して、ちゃっかりと追随したと言うのです。

 これが驚かずにいられるでしょうか。

 この数日というもの農家の間では、大根を筆頭にあたかも収穫した野菜の一部が奔走しているようだと眉唾物の噂話として、しかし画像が出回っているらしいのです。


「これは如何としたことか、本当にお尋ね者になっているではないか」

「すごいじゃないですか、大根さん、有名大根ですよ!」


 有名ー有名ーと飛び跳ねる大豆に負けじと、たまねぎも「そうなんですよ、有名なんです!」と元気に転がる始末です。

 しかし、当の大根はというと、ただでさえこれから来る厳しい冬に備えてどうするべきか考えあぐねていたところに、さらに考えるべきことが増えて葉っぱがすっかり萎れています。


「まさか、こんな大所帯になるとは……」

 畑の畦道をごろごろしながら進む根菜たちに、野良猫や野鳥が奇異の目を向けます。

 大根と大豆だけだった時には鳩の空襲に都度対応しないといけませんでしたが、さすがの鳩たちも種々様々な根菜一行を遠巻きにするだけで一定の距離から近づいてこようとしないのは救いでした。


 しかし、こうなると嫌でも人の目が気になってしまうものです。

 きっと大都会なら今頃世間は大騒ぎになっていたでしょう。

 けれども、大根が自我を持ったのは、人の数より牛の数の方が多い片田舎だったことが幸いでした。ええ、多分幸いなことでした。

 霜の降り始めた畑の畦道で息を顰めて休憩する大根の葉っぱを目視したトラクターも野生動物の悪戯で盗まれた野菜だろうと、さほど気にも留めないで通り過ぎるのですからね。ですが、油断はできません。


「おやまあ、いったい誰っだろうね。こんなところに野菜を捨てて、このご時世に食べ物を粗末にするなんて」


 向かいの納屋から出てきたおばあさんが、畦道に転がっている根菜たちを見て素っ頓狂な声を上げます。

 驚いた根菜たちと大豆が、慌てて収穫の終わった畝の間を転げ回ったものですから、おばあさんは唖然としながらも更に大きな声を上げました。


「何てこっだろうね! 根菜と大豆が畑から逃げ出したよ!」


 もはや何を言っているのか、おばあさんにも分かりません。

 ただ確かなこと、それは咄嗟にポケットから取り出したスマホを構えて慌てながらもショートムービーを撮影し始めたということです。

 多少手ブレする画面には、一目散に畑を転がり去っていく大根と根菜と大豆たちの嘘のような後ろ姿が映っていました。


「ね、ね! ぼくらの言ったとおりでしょう! 大根さんは今や、ちょっとした有名大根なんですよ!」


 ひとしきり転がり回ったあと、咄嗟に庭先に放置されていた空の収穫かごに飛び込んだ根菜たちと大豆たちが息を整えたころ、たまねぎが嬉々として起き上がります。

 しかし、大根はというと、只々困惑するばかり。

 一体全体、何がどうしてこうなってしまったのでしょう。

 そんなこと、誰にも分かりません。

 ただ確かなこと、それは一難去ってまた一難がやってきたということです。


「あれ、まだ残ってた。おかしいなあ」

 休憩から戻ってきた青年が、空にしたはずの収穫かごにこんもりと収まっている根菜たちを見て首を傾げます。

 慌てて黙りこくった大根たちは、息を潜めてただじっとするほかありません。ざくざくと大股で庭の小道をこちらに向かってくる青年は、大根たちの収まっている収穫かごを「よいせ」と言いながら抱え上げ、そのまま引き返してトラクターの荷台に積んでしまいます。


「ど、どこに行くんだろう……」

 どきどきしながら大豆たちがソワソワ身震いしていると、積まれた荷台に相席していた収穫かごの中から陽気な声が聞こえてきます。


「どこって、これから雪の下に潜るんじゃないか。そのためにここにいるんだろう?」


「おや、どちらさまですかー?」

 大根のシャッキリとした葉っぱによじ登って隣のかごを眺める大豆たちの先には、立派に育った白菜たちが葉っぱをまとめられた状態できっちりと並んで収まっていました。よく見ると、その向こうには丸々としたキャベツたちもいます。


「雪の下に潜るの? 凍えちゃうよ!」

「ははは、何言ってるんだ。雪の下で越冬してこそ真の美食野菜グルメになれるんじゃないか!」


 一体、この白菜は何を言っているのでしょう。

 困惑する大豆たちでしたが、ジャガイモやにんじん、ごぼうたちは傍でホッと一息ついた様子です。


「このまま便乗して雪の下で寒さをやり過ごすのが良策ですよ、大根さん」

「うむ……」


 霜が降りる田舎道をごとごとと慎重に進むトラクターに揺られて十数分、一層だだっ広い平原に辿り着いてみると、白菜たちは次々と荷台から下ろされて畦にぴっちりと隙間なく並べられていきます。

 もちろん、葉っぱが開かないようにキュッとまとめられているものですから、傍目には少々窮屈そうではあります。でも、そんなことはまるで気にならないといった様子で、白菜たちは土の上でリラックスしているのです。

 その次はキャベツたち。

 キャベッキャベッとはしゃぎながら、同じように並べられていきます。


「この半端モノどうしよう?」

 雑多にまとめられるのは不本意ですが、そもそも勝手に紛れ込んでしまったのは大根たちの方ですから、ここで騒いで大事にはしたくありません。


「差し支えなければ、畑の端っこをお借りできると大変ありがたいのですが、お願いできますか?」


 意を決した大根は、根菜を代表して青年に丁寧にお願いします。

 驚いた表情を見せた青年は、ほんの少し大根と無言で見つめ合いましたが、根負けした様子で「仕方ないなあ」と折れてくれました。


「誠に、かたじけない」

「はは、古風な大根だなあ」


 気のいい青年は荷台に最後まで残っていた根菜たちの入った収穫かごを抱えて、畑の空いてるところに掘った穴を越冬場所として貸してくれたのでした。そんな青年の肩に、しんしんと今年最初の雪が降りかかります。


「これも使うといいよ」

 そう言いながら、大根の葉っぱに隠れていた大豆たちのために十分な藁も入れてくれるのでした。ふかふかで良い香りのする藁の束に、大豆たちも大はしゃぎです。


「そうそう、大根とにんじんは頭の葉っぱを落とした方がいいね。冬の間、養分を葉っぱに取られちゃうから」


「何と……!」

 寒さの厳しくなってきた今も、シャッキリふさふさの葉っぱを持つ大根は、心優しい青年の言葉に大変なショックを受けてしまいました。しかし、大根は変えられません。


「致し方あるまい……」

 見ず知らずの根菜と大豆たちに、ひと冬分の宿を貸してくれる青年です。

 大根はせめてものお礼にと、自分の根っこと同じかそれ以上の長さに育ったシャッキリふさふさの葉っぱを、ビタミンAごと潔く青年に差し出すのでした。


「わあ、本当に立派な葉っぱだねえ」

 切り落とされた大根の葉っぱを両手に抱えて感嘆する青年のお墨付きも得ました。にんじんも、ふさふさで繊細だけど密度の濃い葉っぱを差し出して、いよいよ越冬準備は整いました。

 地面に掘った穴に飛び込んだ根菜と大豆たちに土と藁が被せられると、その上にしんしんと振り始めた雪が早速うっすらと積もっていきます。きっと明日には一面の雪景色になることでしょう。


「おやすみ、みんな」

 青年はそう言い残して、大根とにんじんの葉っぱを持って帰っていきます。


 家に戻ると、家族が何やら普段とは少し違った様子で騒いでいました。


「なになに、どうしたの?」

「あら、おかえり。立派な大根の葉っぱねえ。それはそうと、今日ばっちゃが畑で大根が走ってたって言って譲らないもんだから」


「本当だよ、ちゃーんとショートムービーも撮っだからね!」


 まるで老公の印籠でも持つかのようにかざしたスマホ画面には、確かに根菜たちが畑の畝をゴロゴロと転がっていく様が映っています。ですが、荒々しく手ブレする画面をあまりにもコミカルに転がっていくものですから、まるでそれ自体が作り物のように見えるのです。


「へえ、よく出来てるねえ」

「本当ったら、本当だっから!」


「はいはい、分かったからご飯にしよう? すっかりお腹が空いちゃったよ」

 青年は手にした大根とにんじんの葉っぱを洗い桶に入れて、泥だらけの野良着から雪を叩き落としながら浴室へと直行します。家の奥に泥や雪汚れは持ち運びたくありませんからね。


「畝を転がる大根とジャガイモとにんじんとごぼうとたまねぎ……と、飛び跳ねる大豆のコラ動画ねえ……あれ?」

 そのラインナップをつい先ほど、土の下に埋めてきたような気がします。


 湯船にゆっくり浸かりながら、青年は古風で美味しそうな大根のことを少し思い返していました。

「いやあ、まさかね、うん。まさかだね」


 外はいつの間には風が出て、雪足も強くなってきました。

 明日の朝を待たずして、きっと数時間後にはあたり一面雪景色になることでしょう。


 北風が運んできた長い冬——どうやら大事になる前に、発我大根一行に、しばしの安息が訪れたようです。

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発我大根 古博かん @Planet-Eyes_03623

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