14. めでたしめでたし(終)


 伏淫魔殿ふくいんまでん・夜間水浴場はそれはそれは見事なものであった。


 ピカピカと輝く照明に反射する女、女、女ぁ。背徳な夜に肌をさらけ出している。まさに酒池肉林。水面におっぱいが浮いている。これを考えたやつは余程のど変態に違いない。


 客層は昼間とは打って変わって若い男女ばかりになっている。女がいるところに男あり。男がいるところに女があり。水着女子たちをつけ狙いナンパしようとする輩がタムロする様は、まるで絵巻物の衆合地獄であった。女と見ればどこからともなく餓鬼たちが現れる。


「ねー、君たち高校生? 一緒に遊ばねぇー?」


 ここにもいた。


「やだぁー。どこからともなくナンパ男たち3人組が現れたぁー。たいへんー、先輩の童貞が奪われちゃうぅー」


 小依は俺に寄りかかると俺の股間をむんずと掴んだ。


「あんっ!?」


「隙ができました。粛清します」


 塩瀬が谷間から水鉄砲を取り出す。ビュッと液体が男たちに直撃すると「ぐえー!」と悲鳴をあげてその場に倒れてしまった。


 ぶくぶくと泡を吹いている。


「こわぁーい。乳首が真っ赤になってるぅー」


「唐辛子の10倍以上の辛さを誇るトリニーダード・スコーピオンを濃縮した液体です。これが私の最強装備。名付けて赫き弾丸ブラッド・バレッド


「この人でなしぃー。この人たちどうするんですかぁー?」


「顔にレジャーシートを敷いて乳首を乾かしているように見せかけましょう」


 ナンパ男たちの顔にレジャーシートを敷いて隠蔽いんぺいすると、塩瀬は実に満足そうな顔をしていた。


「この様に夜間水浴場ではナンパ男が徘徊しています。そしてナンパ待ちの女子たちを誘ってはそのまま変態行為に突入する場所です」


「まるで地獄だな。道理でさっきから瘴気しょうきが濃いと思った」


「そうですね。白い煙が立ち込めています。煙幕でしょうか。我々の視界を奪おうとする意思を感じます」


「ただのドライアイスですよぉー。何か始まるんじゃないですかぁー?」


 小依が煙の出どころを指差す。

 何やらやかましいブンブンと言う音楽が鳴っている。ステージの方にゴミのように人が群がっていて、ぎゃあぎゃあと声をあげている。


「あれは……」


「ズンズンと胸に響いてきますね。鼓動が安定しません。洗脳でもしているのでしょうか?」


「あれはDJですねぇー。爆音波でおっぱいも揺れそうですぅー」


「けしからんですね。粛清しましょう」


 塩瀬は水鉄砲を握りしめて、スタスタと歩いて行った。


 追いかけようとすると、小依がグイッと俺の腕を掴んで引き寄せてきた。


「たまごっち先輩はぁ、私と一緒にナイトプールを楽しみましょぉー」


「しかし塩瀬くんを一人で行かせるわけにもいくまい」


「流れ弾くらって死にたいんですかぁー?」


 乳首を真っ赤にした男たちを見下ろす。確かにこんな目にあっては、楽しく合法的に水着の女の子たちを眺めることもできない。


「それよりぃ。遊びましょー。せっかく来たんですしぃー」


 どこからか持ってきたのか、小依は大きな浮き輪をぷうぷうと膨らませていた。


「じゃーん。できましたぁー」


「まるでベッドじゃないか」


「そうですよぉー。二人乗りのベッド型浮き輪ですぅー。これに乗りながら、私と流れるプールでエッチなことしましょー」


「こんな淫らな乗り物に乗れというのか?」


「敵を知るにはぁー、敵になってみるのが定石ぃー。まずはナイトプールを楽しんでみるのも大事だと小依ちゃんは考えますぅー」


 それもそうだ。

 俺と小依はベッドインした。


「ふむ。寝心地は悪くないな」


「でしょー。初夜のベッドでおっきおっきしちゃってます?」


「下品なことを言うなっ。そしてあまり近寄るなっ」


「そんなこと言ってもー、これってこう言うものですしぃ? おっぱいと股間をさりげなぁくすり合わせて、悦楽に浸るものですよぉー」


 良く見ると、周りにも同じようなベッド型の浮き輪が流れていた。ひと目もはばからず、ちゅっちゅっしている男女もいる。あそこのカップルなんかは今すぐにもおっぱじめそうなくらい盛り上がっている。


「けしからんっ、けしからんっ」


「むふー。先輩もエッチな気分になってきちゃいましたぁー?」


「あっ」


 小依が俺の上に乗っかってぎゅうっと抱きついてきた。


「むああっ」


「声が大きいですよお。こう言う場所ではさりげなくやるものなんですよぉー」


「ふしゅー、ふしゅー」 


「そうですぅー。すーりすーり」


 水着さえなかったらもはや裸ではないか?


 ああ。

 気持ち良い。

 絶頂の断末魔をあげるのを俺は必死でこらえた。


「おっぱい触っても良いですよぉー」


「ふしゅーふしゅー」


「さりげなくぅ、さりげなくですよぉ」


「さりげなく……」


「そうですぅ。さも「ああっ、この浮き輪は狭すぎるっ。すまないすまないっ」って感じで揉んでも良いんですよぉー」


「分かった。すまないっすまないっ」


 水着で触れるおっぱいは格別なものであった。薄布一枚。もはや生乳。


「すまないっすまないっ」


「やーんっ、先輩はしたないー。やーっ」


「すまないっすまないっ」


「あんっ、やーんっ」


 流れるプールの先にDJブースがあった。ズンズンと流れる音楽に合わせて、鼓動がハードビート。周りの観客たちも大盛り上がりだった。


「むふう。ぶふう」


「お腹にちゅー♡」


「ああっ、おおっ」


 ここに来て俺は初めて理解した。

 夜間大浴場とは単なる遊興施設ではない。一種の洗脳施設だ。まるでエッチするのは当然ですよ、と言わんばかりに領域が展開されている。この中にいると、むしろエッチしないのがおかしいのではないか、と言う気持ちにすらなってくる。


 俺も正直もう童貞なんかどうでも良いやと言う気になっていた。


「せんぱーい」


 小依が甘えた声でおっぱいをすりすりしてくる。


 水着をずらして、俺の猛り狂ったお魚さんを放出してしまえば、刻むビート共にドーバー海峡を横断できる。


 ズンズンとビートに合わせ、腰を動かそうとすると、降ってきたシャボン玉が俺の乳首に当たった。


「痛っ」


 何だこれは。

 乳首が……ヒリヒリする……?


「ふふふ、大成功です」


 ザバアっと塩瀬が水中から顔を出した。


「塩瀬っ。何をしたっ」


 彼女は悲鳴を上げる水浴客たちを見ながらニヤッと笑った。


「しゃぼん玉発射装置に赫き弾丸ブラッド・バレッドを混ぜました。今舞っているしゃぼん玉はただのシャボンではありません。乳首破壊爆弾です」


「やり過ぎだっ。営業妨害になるぞっ」


「もとよりそれが本命。こんな木っ端プール、金の力で跡形もなく消し去ってみせます」


「いやーん。金に物言わせるとか完全に悪役ぅー」


「しかしこの破壊力は洒落にならんぞ」


 パチンとシャボンが弾ける度に乳首がヒリヒリと痛む。


「早く逃げるぞっ」


「逃げられませんよ。すでにシャボンはプール全体に撒かれています。痛む乳首と共に自分たちの不埒ふらちな行動を悔恨してください」


「くそっ。どうにかならんのかっ」


「なりますよぉー。小依ちゃんは準備が良いのでぇー」


 えいっとベッドの脇についていたボタンを押すと、ぶわっと傘が開いた。


「このように紫外線防止付きの傘も出てくる特別仕様ぅー。これでしゃぼん玉も完璧ガードぉー」


「素晴らしいなぁ」


「じゃー、エッチの続きをしましょうかぁー? ていうか塩瀬パイセンはどうやって逃げる気だったんですか」


「あっ」


 ハッとした顔になった塩瀬は自分の胸に手をやった。彼女の胸元でシャボンが弾ける。


「あっ、くっ、きゃうっ。ち、乳首が……」


「自業自得とはこのことですねぇー。悔恨してくださーい」


「あっ、うぅうっ」


 涙目になった塩瀬は俺たちのベッドに手をかけた。


「きゃー、何するんですかぁー」


「避難させてくださいっ」


「えー、塩瀬さんも入るんですかぁー? 私と先輩の愛の巣にベッドインしちゃうんですかぁー?」


「緊急事態ですっ。乳首がヒリヒリしますっ」


 塩瀬がベッドインしてきた。


 カップル用のベッド浮き輪に2人の女と1人の男が入ることになった。どう見ても定員オーバーじゃないか。


 両手におっぱい。


「いやーん。3Pじゃないですかぁー」


「下品なことを言わないでくださいっ」


「そうは言っても、おっぱいが当たるのは仕方なしぃー。珠木パイセン大丈夫ですかぁー?」


「ばぶう」


「ダメそうですねぇー」


「そうは言ってもなかなか身動きが取れません」


「ここで授乳は厳しいのでぇー、ぐるっと回転しましょぉー」


 ずるずると小依が身体の位置をずらす。顔にケツがのっかってくる。


「お尻で正気をとりもどしてくださぁい」


「お。あっ。あああっ。なぜ俺の太ももを触わっているっ」


「ふふぅー。水着だから膨らんでるのが分かります。つーんつーん」


「くああっ。乳首に水着が擦れている。やめてくれっ」


「ごめんなさい、それは私ですっ。ああっ、いやらしいです。その物体を早く鎮めてくださいっ」


「不可抗力だっ。不可抗力だっ」


 上と下をおっぱいとケツに挟まれた。


 逃れようにもベッドの外は阿鼻叫喚あびきょうかんの大騒ぎ。乳首を破壊するしゃぼん玉が弾ける夜間水浴場は、逃げ惑う人々で大焦熱地獄の様相を呈していた。


 俺は尻とケツの間に挟まれて身動きを取ることもできず、流れるプールの上をどんぶらこどんぶらこと流れていく桃太郎であった。




〜終〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

後輩ギャルが俺の童貞を狙っている スタジオ.T @toto_nko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ