イロメガネ

とりいらの

イロメガネ

 結果は悲しくなるほどに悪かった。最近、文字が見えにくいとは思っていたけれど、視力の良さを自慢していたあの私が、3番目に大きいところから、もう、見えない。どれだけ目を凝らしてみても、切れ目は曖昧でしかない。


「コンタクトか眼鏡をかけないと、危ないからね」


 そう言われて、もっと悲しくなった。初めて虫歯ができたあのときと同じ、自分のからだの悪いところを見つけてしまった、そういう悲しみだった。


           *


 最近は、口を開けば就職の話。あの友達とも、この友達とも。焦りだってある。人と話せば話すほど、自分は何がしたいのか見えてこない。職種にこだわらないって人もいるけど、私は、それはしたくないと思う。だってやりたいことがたくさんある。見えているはずなのに、そう簡単にはいかないらしい。こういうの、苦しくなってきた。どれもぼやけた輪郭のままだった。


 将来のことを考える時期には、恋人との問題が絡んでくる。高校生までの、酸いも甘いも好きになれた恋とは決別しなければならないようだ。就職ともなれば、勤務地の話が議題に挙げられる。恋人は地元に戻る、私はその地で就職する、と思われていた。そこにやりたいことはないのに。私の将来は、恋に囚われたくない。そういうの、煩わしくなってきた。これだけは明確だった。


 私は、別れを告げた。


           *


 あれから5ヶ月。集まりがあって、行くとその人がいた。本当は関わりたいとも思っていなかったけど、話さなければならない理由があったので話しかけた。その人の目は泳いでいた。視線が、交わらない。私は平気だった。

 と思ったところで、気付いた。あれ、私の知る顔じゃない。気持ちが悪いほどに、それは違う顔だった。この顔を見ながら、私はその人を格好良いなどと思っていたのか。信じられない。


 ああ、かつては私もちゃんと、その人に傾いていたのか。恋い焦がれていたのか。この顔を、この世界の誰よりも、格好良いと思うほどに。私の中の一番だった。何よりも優先していた。それだけに衝撃は大きかった。

 思い出をたまには取り出して、なんて、そんなことできるはずもなかった。2年間は何だったのだろう。いや、無駄だったということにして片付けたくはない。その時間には意味があって、だから私は今こうしている。


 変わった。見え方が。その人が格好悪くなったとかではない。ただ、私が変わったのだ。春から私は、私のしたいことを始める。


 新調した眼鏡は、視界を鮮明にした。

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