IF ~あったかもしれない物語~

 25歳になった12月24日土曜日、うれしい出来事があった。俺は大学を卒業し研修医として地元の病院に勤めていたのだが、そこで出会った少女が今日退院する。少女の名前は霞ヶ丘咲かすみがおかさき。白血病を患い数年間入院していたのだが、ドナーが見つかり経過観察ののち今日退院が決まったのだ。とてもめでたい。いまは廊下の曲がり角で少し隠れながら、待っていたところだ。もちろん不審なことをしているわけではない。


「ほれちゃんと立て咲。せっかく退院するのにそれじゃあみんな心配するだろう?」


「えー。疲れた、千明が支えて。」


「ぐでーとすんなちゅうに。」


 そんな咲は入院していた病室の前で、少年にもたれかかっていた。小柄で眼鏡を付けた少し目つきの悪い少年、彼の名前は白矢千明はくやちあき。交通事故でここに入院してから咲と知り合い、退院してからも交流があった。彼女の完治は彼の協力があったからこそだと断言できる。そしてもう一人の功労者が二人に話しかけた。


「元気になっても咲ちゃんはよわよわなもやしっ子なんだから。男の子が支えてあげなきゃだめだよ?」


 その人物は看護師としてこの病院で働き、まるで実の姉妹のように咲を支えた千歳であった。いや今は名前を変えて鶴田ヒナと名乗っている。理由は良く知らないが実家との間でいろいろあったらしい。お金持ちの家だったので何かアンダーグラウンドな事件があったのかもと邪推したくなるが、それを口にすればあの笑顔で殴られるだろう。


「遅れてすまない。仕事が長引いてしまってね。」


 やってきたのは咲の主治医である工藤先生だ。今日まで彼の下で働かせてもらってきた。全員がそろったところで、花束を用意し工藤先生に渡す。それを持った先生は咲の元へ現れた。その後ろについていく。


「退院おめでとう。今までよく頑張ったね。」


「…ありがとうございます。」


 工藤先生の手から咲に花束が贈られた。それを彼女は驚いた様子で受け取った。それに続いてこちらも声をかける。


「おめでとうございます。」


「おめでとう咲ちゃん。」


「おめでとう。」


 彼女は照れ臭そうにして、こちらに笑顔を向けた。彼女のつらい時期を知っているからか、その笑顔が涙が出そうなほどうれしかった。


 工藤先生と別れ、病院の外に出た。玄関前には車が一台停まっていて、運転手はこちらに気づくと降りてきた。


「遅いじゃないか。ほかの車が来るんじゃないかってひやひやしたぞ。」


「そんなに急いで来なくてもよかっただろ?こっちから連絡するって言ったはずだけど。」


「愛しの彼女が早く来ることの何が悪いんだい?…いや今日に限ってはお姫様を待たせたくなかったんだよ。」


「あ、瞳さん。こんにちは。」


「こんにちは咲。退院おめでとう。元気になってくれてうれしいよ。」


 そう、運転手は中学から交流が続いた彼女、八神瞳だ。昔と同じように長い黒髪を伸ばし、今日はなぜかスーツ姿だ。良く似合っているが、完全に私服なこちらが恥ずかしくなってくる。


「今日は退院祝いに素晴らしいランチを用意したんだ。もちろん清志君のおごりだよ。」


「え、桑田先生の?」


「…鶴田さん。え、そんなの聞いてないんですが。」


「いいのいいの。奢らせちゃえば。もちろん千明君の分もあるんだから。ね、先輩。」


 咲と千明は戸惑っているが、これはこちらが提案したことだ。本来医者と患者の関係でこんなことはいないのだが、今回は特別だ。医者ではなく友人として、彼女たちを祝いたかった。


「もちのろん!さあ車に乗り込みたまえ。」


 瞳が乗り込んだのは助手席。運転しろということだろう。まあそのくらい全然かまわないのだが。一言あってもいいのではないだろうか。


「楽しみだね。」


「…そうだな。せっかくのおごりだ。腹いっぱいになるまで楽しむぞ。」


「ふっ千明って食いしん坊だもんね。」


「否定はしないけども。…もうこの際何も考えずに楽しむのが吉だと思ったんだよ。」


「ん。また食べさせてあげる。」


「そういうのは人前以外で。」


 きっと千明は素晴らしいランチの値段が頭によぎって不安なのだろう。実をいうと自分でも奮発過ぎたのではないかと思ってる。けれど彼らの仲の良い姿が見れるだけでその値段以上の価値があるだろう。


「もー二人だけでイチャイチャしないで私も混ぜてよー!」


 そう言って二人に抱き着く千歳…いやヒナは、いったいこれからどうするつもりなのだろうか。あの二人が恋人になったとして、まさかその間に挟まるつもりなのだろうか。そんな邪推をしてしまいそうだ。運転席に乗り込み、エンジンをかける。


「道大丈夫そう?」


「昨日調べたから問題ない。」


「オッケー。それにしてもいいよねーあの初々しいラブラブ具合。私たちにもあんな時期はあったのかな?」


「なんだよいきなり。」


「べっつにー。最近仕事ばっかりで寂しかったなんて思ってないけどさー。」


 そう言えば今日の日程を合わせる為もあるが、夜勤も多くてあまり一緒にいる時間もなかった。隣を見るわけにはいかないが、きっと口をとがらせすねた顔をしているのだろう。彼らの仲の良さを見て自分はないがしろにされていると感じたのだろうか。これからパーティだというのにそれは良くない。


「なら次の休み旅行でも行くか?」


「ほう旅行とな。それは珍しい提案だな。」


「日帰りで滅茶苦茶忙しいかもしれないけどな。」


「そこまでして頑張らなくていいぞ!?それならもうちょっと余裕が出てきてからでも。」


「…いつも迷惑かける。」


「いいさ。いくらかけてくれてもいい。じゃあ、次の休みは一緒に買い物に行こうよ。私はね君と一緒にいれればそれがうれしいんだ。」


 ハードな仕事生活を何とか乗り切れているのも、彼女の支えのおかげだろう。一緒にいるのがうれしい、それはこちらも同じだ。これからもずっとそばにいたい。心の底からそう思う。


「お姉ちゃん。先生と瞳さんってもしかして?」


「咲ちゃん鋭いですなあ。あの二人中学の頃からずっと続いてるんだよ。もー何年もイチャコライチャコラで困っちゃうよねー。ねー千明君。」


「俺に聞かないでください。仲がいいなら何よりではないですか?」


「ん。結婚はいつするんだろうね。」


「ねー、ちょっと男の方がヘタレだからいつになるやらわかんないな。千明君はあんな優柔不断にならないように。」


「確かに。」


「だからなんで俺に振るんですか。後咲、その確かにって俺そんなに決断力ないように見えますかね?」


 何やら後ろも盛り上がっているようだ。


「結婚か…。」


 瞳の声。運転中なので彼女がどんな顔をしていたのかはわからないが、そのつぶやきには一体どんな感情が込められていたのだろうか。その真意を聞きはせず、車を走らせ続ける。そろそろレストランにつきそうだ。まずはパーティを楽しもう。指輪選びはそのあとじっくり考えることにした。



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