そのイケメン、お断りします! ①

かこ

『神様』『テレビ』『メガネ』

 万物ばんぶつの神が宿るという信仰は現代の物にも当てはまるのだろうか。もし当てはまるとしたら、神棚みたいな板に鎮座するテレビも例外ではないはずだ。

 万物、というのならば空にも神がいて好き勝手に天気を決めているのだろうか。箱では天気予報が流れている。答えがなさそえな疑問をかき消すように画面が変わった。

 今日のホットニュースと名打って、モデルの移籍に切り替わる。人気モデルはプライベートも切り売りしないといけないらしい。

 今時、転職なんて珍しい話でもない。社長やマネージャーとの意見のすれ違いも少なくないだろう。意見の衝突なんて公務員でもある。

 ごめんだな、と手元の携帯電話に視線を戻した。通知をチェックして、またテレビを見上げる。高校時代の交遊関係までさらけ出されていた。さぞ迷惑な話だろう。顔や声を隠した女性がかの人の人柄を誉めている。取材のお金をもらいながら、平気な顔。これだから女は恐い。


「はい、しょうが焼き」


 とん、と置かれた盆には湯気の上がるしょうが焼きと千切りキャベツ。気分で変わる香の物。定番の豚汁に白米。

 手を合わせていただく。しょうがの香りが鼻をぬけて、醤油に馴染んだ玉ねぎの甘味。白米と豚汁を胃に流し込む。先祖に感謝をしたくなる美味しさだ。その心のままに箸を置いて合掌した。

 顔を上げると、中年のサラリーマンと目があった。物珍しそうな瞳が気まずげにそらされる。

 嫌味たっぷりの笑顔を向けるとまんざらでもなさそうに口元をゆるめていた。

 やめてほしい。こっちから願い下げだ。

 鞄を持ち席を立った。会計の待つ間テレビを見やれば、まだ特集が続いている。契約金の話に切り替わっていた。

 テレビの話とは程遠いリーズナブルな価格を支払って、食堂を出る。

 雲行きがあやしい。会社まで持つだろうか。不安を抱えつつ、足早に進む。


「はなちゃん?」


 声をした方へ視線だけよこす。

 黒縁メガネをかけた髪の長い人。ひょろりとした背に男か女か一瞬、判断に困る。


「うそ、いつ此方に来たの。髪、切ったんだ! 短いのも似合う」

「……人違いでは」


 早口で話しかけてくる声に半歩さがった。

 姿形も声も覚えがない人が近付いてくる。


「あ、メガネしてるからわからないか」


 今気づいたとばかりにメガネを取る。

 誰だ、と思うのと同時に見覚えのある姿に瞬きを繰り返してしまった。


「あれ、わからない? 水瀬みなせ伊織いおりって覚えてないかな?」


 食堂の箱に写し出されていた人は困ったように笑う。

 水瀬伊織は知らないが、IORIというモデルなら、ついさっき見たばかりだ。盛った写真には遠く及ばないが、涼やかな顔が目の前にいる。

 耐えきれなかった雨がぽつりと落ちてきた。すぐに土砂降りに変わる。

 慌ててコンビニの軒先に避難したら、おまけ付だ。


波瑠はるです」


 水瀬を睨み付けて言ってやれば、え?と振り替えられる。整った顔立ちが小首を傾げていた。


ではなく、です」


 もう一度、ゆっくりと告げる。


「人違い、かな?」


 水瀬は愛想笑いでごまかした。

 やっとわかってもらえたようなので軒下を出ようとしたら、手首を掴まれる。


「濡れるよ?」


 覗きこまれるように視線を合わせられて、イライラした。


「大丈夫です」

「でも、化粧がくずれたら大変だし」


 断っても食い下がる水瀬を殴りたくなった。そこは良識ある大人なので我慢する。


「男なんで、心配しなくていいです」


 代わりに嫌味たっぷりの笑顔とトゲたっぷりの皮肉をお見舞いしてやった。

 ついでに言えば、こちらの方が年上だ。テロップの数字を思い出す。五歳も離れた相手から心配されるような歳でもない。きっとまた年下だと思われているだろう。

 まだ握られた先には目を真ん丸にした水瀬がいた。

 勘違いされるなんていつものことだが、自分とはほど遠いイケメン対応に苛立ちが隠せない。掴まれた手を振り払って雨の中走り出す。


「間違ってごめんね!」


 背中に声をかけられるが、振り替える余裕もない。

 雨が小降りになってきた。

 道路の端にできた水溜まりが鏡のように反射する。車が通り抜けた後の滴のまぶしさに顔をしかめた。

 神様のいたずらなんて、質が悪すぎる。

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