梗概(※結末に触れています)

 人間の「集団意識グループアイデンティティ」を媒介する新種の病原体〈クラウドウイルス〉──令和二年の東京の約九か月間と、三〇数年後の未来都市の一日を交互に見せ、パンデミックが分断・対立の進む現代社会にもたらす混乱と、収束後に誕生する新たな社会/人間の在り方を描く。


 令和二年の東京で主役となるのは、日本政府の「クラウドウイルス感染症(CLOVID‐20)特別対策有識者会議」構成員(社会行動学者)の菅藻すがも

 二月──首相官邸で開かれた第三回会議にて、公海上を航行するクルーズ船内で突如発生し、その後急速に全世界に伝播した未知のウイルスに関する報告が行われる。その合間の休憩時間中、菅藻は国外に多くのコネを持つ構成員・橋間はしまの話を立ち聞きする。曰く、『感染はクルーズ船の乗客から世界各地へと、人同士の直接の接触もないままで拡大しており、このウイルスには都市封鎖や社会距離拡大といった従来の対策が通用しない可能性がある』。

 五月──橋間の予言通り各国の予防戦略は失敗していた。そんな中、米国の研究チームにより、ウイルスが『空気や血液を媒介とせず、独自のネットワークを通じてデジタル情報のように直接伝送される』と解明される。立ち聞きした橋間の話を基にネットワークの正体が人々の『集団意識』であるという仮説を立てた菅藻は、橋間と接触。橋間は海外の医療関係のコネを利用して菅藻の仮説を実証する。人々の心と心を引き離す「精神距離拡大戦略」をとらない限り感染拡大は止まらないと考えた菅藻は、現実空間を基に個人が自由に最適化可能な仮想空間を生成するARプラットフォーム「BALI」をプログラマブルマターのソフトウェアに応用し、人々の現実認識を分断する統合現実の都市空間──「統合都市」を創る計画を立案。橋間の協力により行方を暗ませていた「BALI」のクリエイター・小砂子こさごに接触することにも成功するが、実現可能性の低さを理由に協力を拒まれてしまう。

 一〇月──橋間が感染、隔離状態に置かれる。途方に暮れる菅藻は突如〝Q〟と名乗る技術者チームからコンタクトを受け、『ウイルスの分析が進んだ結果、プログラマブルマター開発を可能にする技術が確立され、統合都市建設計画が実現に向けて動き出した』と知らされる。翌一一月──Qの地下研究施設を視察した菅藻は、小砂子と共にQのメンバーとなって「立体素ボクセル(BOXEL)」と呼ばれるプログラマブルマターの開発に携わる選択肢を与えられる。家族の元へ向かう夜の高速道路で菅藻は、Qの申し出を受けるべきか葛藤する。


 三〇数年後の主役となるのは、立体素の管理者/統合都市の責任者の座に就いた小砂子。

 朝──目を覚ました小砂子は、隣で眠る学生時代の恋人の姿を発見する。それは睡眠中の小砂子の脳信号(夢)を基に作られた立体素の被膜マスクだった。

 昼──統合都市管制センターで周囲の職員たちに被膜を被せ視界から遮断しつつ小砂子は、「BALI」の発表から二年後の大学三年次の記憶──写真加工アプリの補正がかかった恋人の友人を恋人と誤認したことが原因で振られたときのこと──を回想し、朝方に発見した恋人の被膜が本物の恋人の姿を反映していないという事実に苛まれる。

 夜──再び恋人の夢を見るのではという不安から寝付けずにいる小砂子は、老いた自分の姿を鏡で眺めるうち、それが自分の「本当の姿」とは断定できず、恋人の「本当の姿」も本来存在しないことに思い至る。不安の晴れた小砂子は恋人の被膜を自ら被り、都市の次の世代は他人に由来する不安と無縁になるだろうと、〝集団以後アフタークラウドの世界〟に思いを馳せる。

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アフタークラウドの世界 不來舎セオドア @Furaisha_Seodoa

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