レーズンとオウムとミイラのワルツ
いおり君の部屋は思っていたよりも広く、話を聞くと十畳ほどあるらしかった。小さなテーブルの上にはノートパソコンが一台畳んであって、窓際には清潔そうなパイプベッド。手前の壁には一人暮らしにしては大きすぎる本棚がぴったりと隙間なくくっつけられている。
「くつろいでて」
そういうと彼は私をその部屋へ置き去りに、ひとりキッチンにこもった。私はローテーブルの前に座り部屋中を見回す。
彼の言った通り、部屋はドライフラワーでいっぱいだった。四方の壁はそのほとんどが乾燥した花々で埋まっており、壁本来の乳白色を確認する方が難しい。天井に貼りついた薄いパンケーキのような大型の蛍光灯の周りには、ぐるりと一周シャンデリアのように逆さまの花がカラカラになってぶら下がりほんの僅かな振動で揺れる。なんとなく “祭儀場”という言葉が脳裏に浮かんでいた。
私はいおり君がこの部屋で日々生活し、執筆している様を想像してみる。けれどどうしても私は目の前の小さなパソコンを操作する人物の容姿をいおり君でイメージすることができない。私の脳内ではもっと化け物じみた、吸血鬼のように血の気のない全身黒尽くめの男が、彼の代わりに猫背でキーボードを叩いている。
「やっぱり、引く?」
彼が両手に大皿を持ちながら居間へ戻ってきた。皿の上には先ほどスーパーで買ってきた食材が几帳面に盛り付けられている。そんなことないよ、と返事をしながら私は彼からそれを受け取るると、再びいおり君は再びキッチンへ向かい、けれどすぐに彼は缶入りのアルコール飲料とグラスを二つずつ手にして帰ってきた。茜ちゃんはどっちがいい、と訊ねられ、酒に疎い私はとりあえず名前だけは知っていたカシスソーダを選んでみる。女の子らしいね、と言われ、その意味もわからないまま曖昧に頷いてみせた。彼は私のグラスにそれを注ぎたがったが、私は適当に断って缶から直にそれを含む。甘ったるい合成的な風味でやんわりと誤魔化されただけのアルコールが舌にじりじりと焼けつき、軽い吐き気を覚える。
ある程度酒が進んだころ、不自然に作られた会話の透き間を利用していおり君が私に顔を寄せる。ああキスをされるのだろうなあ、と思ったときにはもうすでに私達の唇は触れあっており、いおり君は私が抵抗しないことを感じ取ると妙に慣れた様子でそのまま行為を進めていく。
床にべったりと背中を預けながら、私は天井で煌々と光る蛍光灯の周りに並んだたくさんの花のミイラを眺めていた。ミイラは私達が振動を発生させるたびそのきしみと同調し、不規則なリズムで三角を描くようにふらふらと揺れる。
私の上半身はすでに何もまとっておらず、いおり君は私の乳房に付着するレーズンにも似た乳首を夢中で舐めながら、茜ちゃん、茜ちゃん、茜ちゃん、と何度もオウムのような独り言を繰り返していた。私は頭上で踊る草木のミイラをぼうっと見つめながら、
「うん、いいよー」
と、顔も思い出せない“父”に向かってそっと呟く。
レーズンとオウムとミイラのワルツ 柴田彼女 @shibatakanojo
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