第9話 忠誠
龍人族との一件から魔王が目を覚ましてから一週間が経った。
無傷であった魔王に大事をとっての休息の時間だったが、医師や神官としても問題はないとされてようやく外出が許可された。
身体に槍が突き刺さった末、三日間意識を失っていた事を思えばそこから1週間での外出許可は異常とも取れる早さである。
……実際のところは魔王が大ゴネした結果であるのだが。
起きてから1週間、毎日朝から晩まで魔術概論の講義が行われていた。
魔王自身の関心が最も高い魔術に関しての座学を中心的に行っていたが、魔王が想像していたようなものと違い、思いのほか文学や数学に近い単語と法則の暗記が多かった。
関心があるとは言え三日も続けばダレてしまい一週間も続けば魔王は大ゴネであった。
朝から晩まで勉強時間をみっちりと病み上がりの人間にあてるというのも異常ではあるのだが、側近であるベルご指名のお目付け役を誰も止めることはできなかった。
そうして今日、久々の休息日として勉強会のない日が与えられ、最初は喜んでいた魔王出会ったが――
「…………」
「…………」
場所は魔王城玉座。
魔王を守る近衛兵達とヴォルフ。そしてひれ伏すドラゴ・フブリス男爵とその親衛隊。
魔王の表情は険しく、フブリスはひどく震えていた。
どちらも口を開かない重い沈黙が続く。
(どうしてこうなった……!!?知らずのうちに更なる粗相をしてしまったか……!?)
フブリスはただ城からの召喚状が届き、その通りに召喚に応じただけなのだが。
落ち着いた事で一週間前の謀反について改めてご立腹なのか!?やはり陛下がご休息している間も毎日こちらから行くべきだったのだ!!……と震えながら魔王の言葉を待つフブリス。
(アイリの奴……!!休めるかと思ったら体よく公務差し込むとかふざけやがって……!)
一方の魔王は、メイドへの怒りを向けていて、なぜフブリスが来ているのかもよく考えていなかった。
「で、ブブブリスは何しに来たんだ……?」
「はっ?」
長い沈黙から解放されたものの呼び出された側のフブリスは、来た理由を問われ困惑している。
問われるであろう内容やそれに対しての準備をある程度してきていたつもりだが、『何しに来たのか』と問われるとは考えていなかった。
「陛下……こちらの方はドラゴ・フブリス男爵です……」
「え?ブブブリスじゃないの?名乗ってたよ?」
「あの時の彼らは陛下に怯えてましたから……」
魔王の横にいたヴォルフが小さな声で訂正を促してくる。
そんなやり取りに対して気を取り直したフブリスは恐縮したように声をあげた。
「ブブブリスです!本日は陛下に先日の……謀反についての謝罪とその後の対応についてお伺いのために参りました……!」
「いやフブリス男爵、乗らなくていいから……間違えてすまんな。別に謝罪とかはオレにはいいから……対応もこの前言った通り、この前死んだ奴らへの償い方の方が大事だ」
「はっ!その件につきまして、私の指示により死なせてしまった者達のリストをご用意しました」
フブリスの後ろにいた者の一人がヴォルフへ手渡している。
そのリストを見てみたが、役職に年齢、親戚の有無などが書かれている。
「ヴォルフ、こういう時ってどういう対応をするのがいい?なんか金をポンと渡すのとかって手切れ金みたいでイヤなんだけど」
「そうですね……先代の魔王様はそういった対応にて済ませておりましたが、今代の魔王として陛下が別の対応をしたいというのであれば何か考えてみましょう」
先代の魔王は悪逆非道という言葉が似合う魔王ではあったが、その際に失われた兵士や親族へは弔慰金をして終わりだった。
徴兵された時点で死地は決まっている、と言われるような当時であったため弔慰金が支給されるというだけでもまだマシと言えた時代だが、今も冷戦状態とはいえ時代は変わった。
そして魔王の民衆デビューをした中で先代魔王と同様の行動を取るのは、まだ民衆にとって先代と今代が混同されている状況下では望ましくないとお考えなのか、とヴォルフは考えていた。
実際の魔王はそこまで深い事は考えておらず、先代魔王と何かと比べられるのが不快なだけで同じことを行いたくないだけであったが。
「い、いえ!今回のクーデターはこちらが起こした事……!一族全ての命を差し出せと言われても仕方のない中でお許しいただいたというだけでもこの上無い温情……!!」
弔慰金が支給されるのはもちろん自軍の兵士に向けてのもの。
今回で言えば自軍とはいえ謀反を企てた彼らは敵軍の為、弔慰金のような対応自体がありえないのである。
内部で起きた不忠実行為に対しての罰は罰として与えなければならず、ましてや魔王が手ずから何かを与えるというのはありえないと思えることであった。
「お前たち龍人族は、先代様がひどい仕打ちしたからクーデターしたんだろ?オレはオレとして対応するだけだ」
「……わかりました。温情、痛み入ります……」
フブリスの親衛隊の一人が布に巻かれた長尺のモノをヴォルフへ差し出した。
ヴォルフが布を解くと、全てが白銀の三叉の槍だった。
「それは総隊長であったオルムガンドの持っていた槍です。陛下、どうかお使いくださいませ」
「オルムガンド……ね」
最初に一騎打ちを望み、命を落とした総隊長の龍人槍。
龍人族の槍は、過去一人の英傑が生み出した百本の折れることの無い不壊の槍である。
竜人の槍を持てる者は精鋭とされ、龍人族の誉れとされている槍だった。
その中でも総隊長が持つ槍には不壊と浄化の
「お前たちの種族の中では大事なモノなんだろう?もらうわけにはいかないだろ」
「その槍は我々龍人族を導く者に託される槍です。我々は陛下について行きます。どうか我々を導いてください」
元々龍人族が謀反を働いた理由は、魔王の復活とともにかつてと同じような使い捨ての未来が待っていると思っていたからだった。
それも失敗に終わり、魔王の超大な魔力と殺気をその身に感じた龍人族と代表のフブリスは、強さの次元の違いと恐怖を植え付けられてしまった。
だが魔王は龍人族の皮を剥ぐことも、命を奪うこともせず、死んでいった者達への償い共に、と言った。
魔王の本心や意図はフブリスにはわからなかったが、魔王の激昂に偽りは無いと感じた。
王としての資質で考えれば甘すぎるが、そんな魔王をフブリスは支持したいと考えた。
「我々龍人族は魔王様の槍。どうか手脚の様にお使いください」
「「「我々の命は魔王様と共に!」」」
改めて頭を深くひれ伏すフブリス。そしてそれに追従する親衛隊の兵士たち。
これまでの龍人族は魔族派閥ではあったが、高い戦闘力と制空力を持つ彼らは魔族側の中でも抜きん出た存在であり、それだけの誇りとプライドが彼らにはあったのだ。
そんな高いプライドを持つはずの龍人族の宣誓はその場にいたヴォルフはもちろん、兵士達に驚きをもたらしていた。
龍人族の不壊の槍は龍人族の命にも等しい。それを贈った上で命を捧げるというのはこの上ない忠誠の証であった。
固唾を飲んでその場の者達は魔王の言を待つ。
短い沈黙の後に、魔王は口を開く。
「――――いやいや……クーデターから一週間ちょっとで忠誠を誓うみたいに言われてもな~」
魔王は間の抜けた口調で答えるが、玉座の間は新たな沈黙に包まれた。
凱旋のプロローグ 浅井恭平 @azai_kyohei
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