甘やかな毒と牙の

下村アンダーソン

甘やかな毒と牙の

「蛇が蛇を噛むとどうなるか、知ってる?」

「毒蛇がってこと?」

「そうそう。毒蛇どうしが喧嘩かなにかしたとして、相手を噛んだら」

「種類によるんじゃないの。そのへんにいそうな蛇と、砂漠やジャングルにいるような猛毒の蛇とでは、やっぱり違う感じがするじゃん」

「毒の強さによって違う?」

「まあ――そうなのかなって。動物番組とかでたまに出てくるじゃん、世界の危険な毒蛇ランキングみたいな」

「ああ、うん」

「それで観た気がする。なんだっけ。なんとか毒」

「出血毒と神経毒」

「よく覚えてるね、そんなの」

「出血毒は血液が凝固する作用を阻害して――要は血が止まらなくなるってこと。神経毒は神経の伝達を遮断する。つまり体が痺れて動けなくなる」

「専門家?」

「そんなわけない。たまたま知ってただけ」

「にしては超詳しいじゃん。両方の毒を持ってる生き物もいるのかな」

「いると思うよ、けっこう身近なところにも」

「へえ。私のスマホどこ?」

「調べるの?」

「ちょっと気になった。枕元に置いた気がしたんだけど、そのへんにない?」

「ないなあ。ポケットに入れっぱなしだったとか?」

「さすがに脱ぐ前に出すよ。一緒に洗濯しちゃったらやだし」

「ちゃんとしなよ。下着とかだって、平気で床に脱ぎっぱなしにするし。電気点ける?」

「めんどいからいい」

「充電、テレビの横だっけ? 見てくる?」

「いいや、いま探さなくて。たぶんそこらにあるでしょ。それに出ていかれると寒いし」

「暖房入れる?」

「まだ隣で寝てろってこと。分かんないかな、余韻とかないの?」

「そういうの大事にするタイプなんだ」

「逆にそっちはどうでもいいわけ?」

「どうでもよくはないよ」

「ほんとに?」

「ほんと。疑ってる?」

「ちょっとね。いきなり蛇の話とか振ってくるし。こういう場面にふさわしくないじゃん。前に付き合ってた子にもしたの?」

「蛇の話?」

「ベッドの中ですべきじゃない話全般」

「忘れた。あんまり長続きしなかったし」

「どのくらい?」

「本当に短かったよ。正直に言ったら呆れられるかも」

「勿体ない。貴重じゃん、同性で付き合ってくれる子」

「そうだけど。でも後悔はしてない。短かったけど充実した関係だったから」

「ふられたの? ふった?」

「…………」

「ねえ、どっち?」

「あの子はずっと私の中にいる」

「そうやっていい感じに誤魔化そうとする。なんだっけ。蛇の話か」

「そこに戻る?」

「そっちが始めたんじゃん」

「ただちょっと思い付いただけだって」

「そうかな。いまちょっと考えたんだけどさ――これって言っていいのかな」

「なに?」

「あんたって、ちょっと変な癖があるんじゃない?」

「服を床に脱ぎ散らかしたりはしません」

「そういうのじゃなくて。分かるでしょ? したいことがあるなら、言ってみれば」

「…………」

「言っちゃえって。嫌だったら素直に嫌って言うから」

「……引かない?」

「内容によるけど、嫌って言って即引き下がってくれるなら、それで嫌いになったりはしない。約束する」

「…………」

「まだ勿体ぶるか。じゃあいいよ、私が当ててあげる。噛み癖があるんでしょ?」

「う」

「正解? 正解?」

「……それ、蛇の話から推理したの?」

「まさか。してるとき、何となくそうじゃないかなって。で、どうなの? 噛みたいの?」

「実は、うん、そう」

「正直でよろしい。前の子には噛み癖でふられた?」

「前の子の話はやめて」

「はいはい。でもいいよ、私は噛まれても」

「噛んでいいの?」

「あんまり痛くしないなら」

「本当にいいの?」

「いいよ。でも本当に、あんまり痛くはしないでね。それと、嫌って言ったらすぐやめること」

「…………」

「分かった?」

「……分かった。あんまり痛くしない。嫌だって言ったらやめる」

「痛かったら右手を上げるから」

「歯医者みたいに?」

「そう。もうちょっと我慢してくださいね、とか無しだからね」

「了解」

「じゃあどうぞ。どこ噛みたい? せっかくだから、触って教えて」

「……ここ」

「いきなり? でも噛むって言ったらそこか」

「今、いいの?」

「だからいいってば。早くしないと寝ちゃうよ」

「……行くよ」

「ちょっと、息荒い。くすぐったいんだけど」

「ごめん」

「いいよ、来て」

「……ん」

「あ、待って、ちょっとこれ、やばいかも」

「やめる?」

「やめなくていい。もう少し強くしていいよ」

「こう?」

「やばい。歯、もっと立てていいよ。もっと強くていい」

「まだ大丈夫?」

「本当にやばい。頭真っ白になりそう」

「これは?」

「あ……う……」

「痛くない?」

「…………」

「ねえ、聞こえてる? 痛かったら右手を上げて」

「…………」

「上げない?」

「…………」

「そっか。じゃあまた雑学ね。マムシの毒は出血毒で、マムシがマムシを噛んでも死なない。コブラは神経毒で、コブラがコブラを噛むと死ぬ。人が人を噛んだら――それは趣味によるのかな。痛かったり気持ちよかったり、頭真っ白で動けなくなっちゃうこともあるのかもね。私にはよく分からないけど」

「…………」

「本当に分からないんだよね――人だったことがないから。そういえばミディアンっていう生き物の毒には、両方の作用があるらしいよ」

「ミディ……アン」

「大丈夫、心配しないで。溢れてくるあなたのこと、ぜんぶ飲み干してあげる。そうすればあなたも、ずっと私の中で生きつづけられるから」

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