第6話 これは、とある常連客のお話
「…………お疲れ、様でした…………」
「空中庭園」に戻ってきた俺たちを、アルテミスは神妙な顔つきで出迎えてくれた。
時刻は日曜日の午前3時。長いようで短かった俺の初の異世界転移は、こうして終わりを迎えた。
はっきり言って、最後の戦いは見ていられなかった。あまりにも、あまりにも……。
一方的にレイラさんが叩きのめすだけで終わってしまったのだ。
取り巻きの女性たちの攻撃など、あってないようなものだった。片っ端から無力化され、それを人質に取られたカイトはチート能力で助けようとするも、それを利用して敢えて人質を傷つけさせた。
その時点で、カイトがレイラさんに勝つことは不可能となった。そして、国王カイトは一人の女に全面降伏し、王国は陥落したのである。
「……結局、カイトを殺しはしなかったんですね、あの人は」
「ええ。魔力と身体能力を押さえ、チート能力であった精霊との契約は、彼に自主的に解除させました。……あとは知らん、とのことです。王都も国王が突然出奔したことにするって、後継者を用意するとのことでした」
「人間、なんだかんだでたくましいですからね。国が亡びはしないでしょう。カイトのステータス関連は私があとで調整を掛けます。チート能力も……すでに契約した精霊との絆を完全に切るのは難しいですが、無条件で力は使えなくなるかと」
「……そうですか」
俺はカウンター席に着くと、顔を伏せた。
あまりにも自分の価値観と異なっていた。異世界での冒険は、もっとワクワクドキドキするものだと思っていたのに。
だが、内心ではわかっていたはずなのだ。「始末する」仕事をするというのだから。
自分はそれに勝手に着いていき、勝手に殺されかけ、そして、勝手に傷ついただけなのだ……。
「う、うう……」
涙があふれて止まらなかった。絶望なのか、安全なこの場所に戻って来た安堵なのか、様々な感情がごちゃ混ぜになっていた。
「お疲れさん」
顔を上げると、目の前には煮魚が置かれていた。ショウガの香り漂うそれは、嫌でも食欲をそそる。
カウンター前で、レイラさんがにこやかに「食いなよ。賄い」と言う。その表情は、異世界にいた時の彼女とはまるで別人だった。
「……どっちが」
「ん?」
「どっちが本当のレイラさんなのか、俺わかんねえです」
鼻水をすすりながら、俺は煮魚を食べた。柔らかく、中にまで汁が染み込んでいて美味い。ショウガ混じりで、身体は自然と温まり始める。
「…………んー、まあ、どっちもあたしなんだけどねえ」
「まるで別人ですよ。こうして料理してるのと、あっちで戦ってるのとじゃ」
「……そりゃそうでしょ」
締めのほうれん草のお浸しを置いて、レイラさんはふっと笑った。
「それで、どうする?あたしの副業。手伝う気になった?」
俺はほうれん草を口に運び、美味さに頬を緩ませながら答えた。
「異世界なんか、二度と行かないです」
レイラさんはそれを聞いて、にかっと笑った。
***********************
ふと腕時計を見た時、すでに夜の10時を回ろうとしていた。完全に残業超過だ。俺はがっくりと肩を落とした。目の前の仕事はまだ終わる気配がない。
会社に申請してもせいぜい1時間ほどしか残業にはみなされないだろう。すべてをサービス残業にされないあたり、うちの会社はまだ良心的な方かもしれない。それが俺がこの会社を辞めたくてもやめられない理由だ。
俺以外誰もいないオフィスに、腹の虫の鳴き声が響いた。
「……今日はあそこに行くかあ」
仕事を終え、駅近くの繁華街、その裏路地にある小さな看板。ドアを開けると、またけったいな格好の女性が店主に向かって土下座していた。
「お願いします!!! お願いします!!! なにとぞ!! なにとぞぉぉ!! 」
すっかり見慣れた光景をやり過ごし、俺はカウンターの席に着く。
「いらっしゃい、注文は?」
「じゃあ、ドラ肉丼大盛で」
「あいよー」
そして料理を待っている間に、店主に俺は話を振る。
「それで、今度はどんな世界に行くんですか?」
「聞きたいかい?まーた面倒くさそうな世界だよ?」
店主はけらけら笑いながら、次に行くであろう世界の話をしてくれる。
ファンタジーは、やっぱり人づてに聞くのが一番なのだ。
異世界なんて二度と行かない!! ~異世界転移1DAYインターンシップ~ ヤマタケ @yamadakeitaro
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