第5話 チート能力者との邂逅

 カイトと言う王様が買った奴隷の親子は、すぐに見つかった。二人仲良く城の掃除をしているところだった。


 レイラさんは音もなくそんな彼女たちに近寄り、お母さんにあて身を食らわせた。恐ろしく早い手刀で、やるとわかっていた俺ですら見逃すほどの速さだ。誰が見ても突然倒れたようにしか見えない。たまたまレイラさんが後ろを通るタイミングで、だ。


「お母さん!? 」


 奴隷らしい、その女の子は猫耳が生えていた。そして小さな尻尾も。お母さんはそれをそっくりそのまま大人にしたような姿である。


「おっと、大丈夫?」

「お母さん、しっかりして!! 」


 レイラさんは倒れるお母さんの身体を支えていた。自分で気絶させて自分で抱えるとは、とんだマッチポンプである。


「これは……誰か回復魔法をかけられる人がいた方がいいんじゃない? 」

「回復魔法?……なら、お姫様がかけられるよ!! 」

「じゃあ、お姫様の所に行こうか。案内してくれる? 」

「うん!! 」


 けなげに案内する娘の姿に、俺は良心がズキズキと痛むのを感じずにはいられなかった。対してレイラさんは、母親を背負って彼女についていく。


 やがて彼女の案内で、俺たちはすんなり玉座の間へと到達したのだった。


「お姫様!! 大変なの、お母さんが……!! 」


「まあ、どうしたのですか?……その方たちは……」


 そうして、お姫様がレイラさんの抱える母親を診ようと近づいた、その一瞬だった。


「はい、捕まえた」

「え?」


 レイラさんがするりと姫様の背後に回り、関節を極める。


「あっ…………!? 」


 支えがいきなりなくなり、宙に浮いた母親を、俺は慌てて抱きとめた。


「なっ……!!」


 その場にいた兵士たちが一斉に武器を構えてどよめく。


「うーごーかーなーい。お姫様の腕へし折っちゃうよ?」


 レイラさんはそう言いながら、玉座に座った。お姫様を膝にのせて。


「まあ、命まで取る気はないから。王様呼んでほしいんだよね」

「か、カイト様を……?」

「そう。そんで、アンタたちは交渉材料ってわけ」


 つまりは、人質か。なんてことするんだこの人は。


「あ、出入り口閉めてもらっていい?あんまり大っぴらにできないからさ」


 空気は、完全に凍り付いていた。


(どうすればいいんだよ、この状況……!!)


 まさか、こんな正面から堂々とやるなんて思っていなかった俺は、完全にどうしていいかわからなくなっていた。


 だから、後ろに来ていた兵士に気づかなかったのだ。


「うわ……っ!?」


 兵士が俺を取り押さえる。俺が抱えていた母親は、別の兵士が抱きかかえた。涙目の娘の元へ、母親は戻っていく。それを見て、俺はどこか安心した。


「ひ、姫様を離せ!! 貴様の仲間がどうなってもいいのか!? 」


 すごい力で首を絞められ、身動きが取れない。しかもわき腹に短剣が付きつけられているのがわかる。俺の全身から血の気が引いた。


 薄れゆく意識の中、レイラさんを見やる。彼女の表情は相変わらず崩れない。だが、そんなことを考えている間に、俺を抑える力が急に弱まった。


「グあ……っ!!? 」


 俺の顔に赤い液体がこべりつく。それは俺を取り押さえる兵士の目から流れるものだった。


 彼の目にはナイフが突き刺さっていた。目を押さえて倒れる兵士から離れ、俺は慌ててレイラさんの背後に回った。


 あのナイフは、俺がホームセンターで買ったものだ。いつの間に取られていたのだろう。


「いいこと教えてあげようか。人質っていうのは、相手を選ぶんだよ? 」


 つまり、彼女にとって、人質などあってないようなもの、ということか。


 別に来てもいいけど、と言っていたのもうなずける。いてもいなくても大して変わらないのだ。手伝いが必要云々のレベルではない。


「それで、君たちにとってこの人質は有効でしょ?」


 お姫様の腕を軋ませながら、レイラさんは言う。「ううっ」と痛みをこらえるお姫様の表情と声に、兵士たちの動揺は隠しようもなかった。


「あたし別に逃げも隠れもしないから。王様と話がしたいのよ。急ぎで」


 レイラさんはそう言って、ようやっとけらけら笑った。

 この笑顔がどれだけの人に恐怖をもたらしたかは、想像に難くない。


***********************


 この国の王、カイト=フォン=シュナイゼルが飛び込んできたのは、玉座での立てこもり事件発生からわずか5分である。異世界とはいえ、情報伝達は異様に速いようだ。


 そして、ワイバーンで2時間かかる距離を5分でかっ飛ばしてきたあたり、このカイトと言う男も相当の怪物である。


 見た目は黒髪黒目で中肉中背の何の特徴もない優男だったが、その顔は怒りのあまり真っ赤になっている。そして、彼の特徴ではないにしろ、取り巻きのクセが凄かった。


 まず、全裸に岩を纏っているような姿の女が一人。これが俗にいう大地の精霊だろうか。同じような感じで水を纏うのが海の精霊、なんだろうなあ。


 そして、それ以外にも剣やら杖やらを持っている、いわゆる美少女がわんさかと入ってきた。驚きなのは、男がカイト以外誰もいないことだ。


「早いねえ、流石」


「フィーナ……!! 」

「カイト様……!! 」


 レイラさんはお姫様の手を離すと、カイトの方へと突き飛ばした。


「いやあ、せっかく順調に魔王軍と闘えていたところ悪いねえ、急いで来てもらっちゃって」

「……貴様ら、何者だ……!! 」


「あたしはレイラ。で、彼は見学。……早い話なんだけどね?アンタを殺してほしいって話があるわけよ」


 レイラさんは膝に手を付いて、カイトをじろりと見る。


「で。あたしとしては、別にどっちでもいいわけ。アンタが死のうが死ぬまいが。要はあんたがやろうとしていることを危惧している奴がいるわけだから」


「僕のやろうとしていること……?」


「魔物の全滅。……さらに言えば、自分のいうこと聞かない魔物のね」


(ハーレムの建設じゃないのか……)


 俺はふと思ったが、それを口に出すことはなかった。そもそも、この世界に来た時点で、

口出しできることなど何もないことを痛感していた。


「……僕は僕の信念に基づいて魔王を討伐しようとしている。それがまずいとでも?」

「バランス崩しすぎなんだってよ?詳しくは分からないけど」

「……何を勝手な……!! 魔物によって、多くの人が苦しんでいるのですよ!? 」

「お互い様じゃないの? 獣人だってくくり的には魔物でしょ? 奴隷じゃん」


 レイラさんの言葉に、俺は奴隷の親子を見やった。


「そ、それは……! カイト様は、彼女たちが虐げられていたから解放しようと……! 」

「その獣人奴隷の元締めってさ、他にも持ってたんじゃないの?獣人奴隷」


 レイラさんの言葉に、反論しようとしていたお姫様は詰まった。


「まま、この話は平行線だろうしそれはいいんだわ。要は仕事なんだよね。報酬がもらえるからやるわけで」


「……報酬?それがもらえればお前は何でもやるのか!? 」

「何とも浅ましい奴よ! 」

「まさに、外道……!! 」


 カイトたちは怒りに震えながら叫んだ。でも、正直俺もそう思う。


 異世界だから、と言う軽い気持ちでこの世界に来たが、彼女のやることの残酷さに俺は耐えられそうもない。


 だが、レイラさんが表情崩さずに放った言葉は、その場全体を凍り付かせた。


「生言ってんじゃないよ、ガキどもが」


 レイラさんの表情は、一切変わらない。暗くも、明るくもない。ただただ平坦だった。


「アンタを殺さずに済ます方法が2つある。1つはあんたの能力……チートを、あたしに渡して、これ以上の戦争をしないこと。もう1つは、あたしが先に提示された報酬以上の報酬を提示して、あたしに仕事を依頼すること。……ちなみに、この国の国家予算の3倍くらいかな?この仕事の報酬は」


「なっ……3倍……!? 」


 その場にいた全員がどよめく。カイトはじっとレイラさんを睨みつけていた。今の一瞬で、おそらく上下関係ははっきりした。それは俺にも見て取れる。それで、どうするか……。


「……考える時間を」

「悪いけど今日中に帰らなけりゃいけないんだよね。時間取れないわ」


 少し間をおいて、カイトが立ち上がった。そして、レイラをまっすぐ見据える。


「……結論は出た」


 そう言うと、2人の精霊が姿を変え、彼の腕に纏われる。


「……お前を倒す……それが俺の【答え】だ!! 」


 大地の精霊は巨大な灼熱の剣になり、海の精霊は水の盾となる。


「精霊武装エレメンタライズ……陸海制覇グランシャリオ!!」


 カイトが構え、彼の姿に色めき立つようにほかの女性陣も思い思いの武器を構える。それは剣だったり槍だったり杖だったり、様々だ。


 レイラさんはため息をつくと、玉座から立ち上がった。


「やっぱ、こうなっちゃうかあ」

 そして、首の骨を鳴らすと、俺に視線を向ける。


「そこから動いちゃだめだよ?」


 そして、次の瞬間、すさまじい猛攻が俺たちに向けて放たれた。

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