第45話 青春よ ありがとう
「お二人とも凄かったですー」
戻って来るアレックスとニコラスに、エメラインが声を掛けた。
「ありがとうございます、エメラインさん。なんとか上手くいって良かったです。ね、アレックス!」
「ああ。ぶつけ本番で何とかなったな」
二人がエメラインに答える。
二人とも若干16歳の若者だが、俺にはとても頼もしく見えた。
「なあ。アレックスとニコラスって古い付き合いなのか? 連携スキルって信頼し合ってないとダメなんだろ?」
俺は彼らの関係が気になって聞いた。
「まあ、そんなところだ」
「子供の頃はよく一緒に遊びましたからね!」
「へえ、そうなんだ」
幼馴染みってことのようだ。
俺が思っているより強い絆があるのだろう。
「おい、ちょっと待て! なんだか囲まれてやがるぞ!」
突然ブラッドリーが辺りを見回して言った。
一瞬、モンスターでもいるのかと驚いたが、周囲から現れたのは15人ほどの人影だった。
「あれれ? なんだよ! なんでオーガゾンビがやられてんだ!?」
聞き覚えのある声が、その中から聞こえた。
「チェスター? 今日は参加しないんじゃなかったのですか?」
ニコラスが誰か気づいて、声を出した。
「ニコラス……。そうか、お前がいたから倒せたのか。ったく、邪魔しやがって」
集団の中から、魔王クラスのチェスターが前に出てきた。
よく見ると、チェスター以外は皆、大人ばかりで学園の生徒ではなさそうだ。
以前、ダンジョンで出会ったときに、チェスターと一緒にいた顔もいるようだ。
「チェスター! てめえ、なんでオーガゾンビがいたことを知ってやがる!!」
ブラッドリーがチェスターに向かって叫んだ。
「ブラッドリー、久しぶりだな。もちろんデール先生に聞いていたからさ。お前らの死体を確認しに来たんだが、まさか生き残ってるとは。クズってのはしぶといぜ」
「んだと、てめえ!!」
「まあ、そんな怒るな。ちゃんと殺してやるからよ!」
チェスターが短剣を抜くと、周りにいる者も皆、武器を構えた。
まさか、人間同士で襲ってくるというのだろうか。
戦闘が一度終了しているためユニークスキルの効果は切れており、MPも残り少ない。
このまま戦うことになったら、とても勝てそうにはない。
「ちょっと待ってください! チェスター、まさか君も貴族至上主義者なのですか!?」
ニコラスが割って入るようにチェスターの前に出た。
「ああ、そういうことだ。そんなとこにいないで、貴族のお前はこっちに来い。俺たちの目的は平民のクズだけだ」
「何を言っているんですか! そんなこと許されるわけないでしょう!」
「ニコラス、お前こそ貴族のくせに何を言っている。俺たち貴族が、平民のクズを殺そうがどうしようが、許されるに決まってるだろう!」
「チェスター、君まで……」
「チェスタァァァァァァッ!!」
俺は我慢できず大声を上げた。
「あ? 誰だテメエ? クズの中のカスが、気安く俺の名前を呼ぶんじゃねえよ」
「クズ、クズって、何度もうるせえんだよ! 俺から見れば貴族に生まれたってだけで、偉そうにしてるお前の方がクズだ!!」
「なんだとテメエ! カスの分際で何言ってんだ!!」
「貴族だろうが平民だろうが、同じ人間じゃねえか! 同じ人間同士、みんな平等じゃねえのかよ!!」
俺は興奮して自分を抑えられなくなっていた。
この世界に転生し、勇者クラスに落ちてからは何度も差別されてきた。
そのせいで、誰かが誰かを一方的に差別することを、許せなくなっていたのだ。
「同じ人間同士だと? 笑わせるな! テメエは人間と家畜が平等だと思っているか? 違うだろ? 人間と家畜を区別してるよな? それと同じで貴族と平民は違うに決まってるじゃねえか!!」
ダメだ、何を言っても通じるような相手ではなさそうだ。
魔王クラス担任のデールといい、この世界はこういう奴が多いのだろうか。
俺は永久に平行線を辿るような気がしたが、それでも抑えられず話を続けた。
「同じ人間なんだから区別なんて必要ない! 貴族と平民に違いなんてないんだ! アレックスとニコラスを見ろ! 平民と貴族だろうが、お互いが信頼し合ってるから連携スキルが使えるんだ!!」
「なんだと!? アレックスとニコラスが? デタラメ言ってんじゃねえ!!」
「デタラメなんかじゃねえよ! 俺たちがオーガゾンビなんて倒せるわけないだろ! 二人の連携スキルが俺たちを救ったんだ!!」
「くっ……、テ、テメエなんかと話してても仕方ねえ。どうせここで死ぬんだしよ!」
「なんで分かんないんだよ、お前は!!」
俺は思いが伝わらず、悔しさが込み上げてきた。
この世界の人間ではない俺には、貴族や平民なんて、ほんの些細なことでしかない。
なんでそれが分からないのか。
なんでそんなことに拘るのか。
俺には理解できなかった。
「テツヤ、どうやら俺たちの勝ちのようだ」
急にアレックスが肩に手を置きながら言ってきた。
「え? それはどういう……」
俺は学園長の姿を見つけ、言葉を止めた。
現れたのは学園長だけではなく、今回の遠征には参加していなかった学園の講師陣10人も。
話を聞きつけ集まったのだろう。
「これはどういうことだね? チェスター君!」
「ト、トバイアス学園長……」
「一緒にいるのは貴族至上主義者の方々ですね? チェスター君、きみなら知っていると思いますが、冒険者学園は貴族至上主義を受け入れていません。たしかに学園の運営は貴族からの寄付によって成り立っています。しかし、貴族の方々すべてが貴族至上主義者ではなく、むしろ不要な差別を生む考えを、良しとしていません!」
勇者クラスを作ったくせに、よく言うよ。
俺は心の中でそう思いながら、学園長の話を聞いていた。
「学園長、その言葉……忘れるんじゃねえぞ」
「立ち去りなさい! 貴族至上主義者よ!!」
「クソが……。おい、テメエの顔は覚えたからな!」
チェスターはそう言って俺の顔を指差した後、仲間を連れて姿を消した。
悪党みたいなセリフを吐く奴だ。
それにしても、これで何とか今までのことが解決したようだ。
危険な目に合った原因は、全て貴族至上主義者のデールの仕業だった。
色々あったが、とりあえず学園長のことは信用できそうだし、これからは平和に学園生活が送れそうだ。
この世界から平民への差別がなくなるわけではないが、学園長が言うように、デールやチェスターみたいな貴族だけではない。
アレックスとニコラスのように、平民と貴族が信頼し合える関係になればいい。
俺はそんなふうに思うようになっていた。
「テツヤ、てめえ相変わらず熱い野郎だな」
「ブ、ブラッドリー? 急になに言ってんだ!?」
俺は思ってもみないことを言われ、返事に困った。
俺はお前たちなんかより、ずっと年上だ。
本当に若かった頃だって、クラスの中でも一歩引いた学生生活だったと思っている。
なので、熱さなんて程遠い、冷めた人間と言っていいはずだ。
「本当に、今回もテツヤ君らしかったわ」
「いつも通りのテツヤさんでしたー」
「セシリアもエメラインも、何を言ってるんだか……」
美少女二人が向けてくる笑顔に、俺はたじろがずにはいられなかった。
「はは! アレックス、良いパーティだね!」
「ああ、そうだな」
ニコラスとアレックスの会話が聞こえる。
転生してから、もうすぐ一年が経過する。
あっという間だった気もするが、振り返ると色々な事があった。
命の危険や、嫌な目にもあったけど、それを全部ひっくるめても、充実した一年間だった。
とくに、アレックス達に出会い仲間になれたことが、俺にとっては最高の出来事だった。
何故こんな異世界に転生してきたのか分からないが、俺はもう一度チャンスを貰えたことに感謝していた。
青春は異世界でもう一度 ~冒険者学園だって学園生活には変わりない~ 埜上 純 @nogamix
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