15

 転移魔法でマンションまで行くのはズルだろうなと思いながらも、凌は魔法を使った。

 学校から美桜のマンションまではそれほどの距離ではないのだが、寒くて、とてもじゃないが普通に歩いて行きたいとは思えなかった。

 エントランスで美桜の部屋のボタンを押し、名前を告げると、キッチリ解除してくれる。エレベーターに乗り込み、八階の美桜の部屋へ。呼び鈴を押すと、美桜が顔を出した。


「上がって」


 美桜は制服姿だった。

 学校に行く準備はしていたらしい。

 リビングに通され、ソファに座るよう促される。


「具合悪いの、朝から?」


 美桜は何も答えない。

 家政婦の飯田さんは未だ来る時間ではないらしく、美桜は一人きりで過ごしていたようだ。

 よく見ると、彼女の身体に白い鱗が浮かび上がっていて、耳の形も変わり、額には小さな角、スカートの下からは白い尾が見える。学校に行くことができなかった理由は、どうやらコレらしい。


「……戻らなくて」


 凌の隣に腰掛けて、美桜はそのまま膝を抱えた。


「ここしばらく、凌のことばかり考えてた。嫌われてるんじゃないかとか、私は凌にとって何なんだろうとか、そればかり考えてた。考えすぎて、自分の気持ちにコントロールが利かなくなって、気が付いたら、姿まで。こっちの世界に居る間は、私は一人の女の子でいようって決めたのに。難しいね」


 単なる風邪なのかと――コンビニで栄養ドリンクを調達し、渡そうと思っていた凌は、ポケットに入れたそれを生地の上からさすった。とても渡せるような雰囲気ではなかった。

 まさか自分が原因で。そんなに、美桜を追い詰めていたなんて。


「須川さんに、もっと甘えたらって言われた。『凌が神様になりきる前に』って。私たちってさ、付き合ってるの……かなぁ」


 顔を上げた美桜は、涙で濡れていた。

 けれど凌はまだ、かける言葉を見つけられないでいる。


「表に居る間は、今まで通りで良いんだよね。凌は私のこと、ちゃんと見てくれてる? ちゃんと彼女として認識してくれてる?」


「それは」


 凌の言葉が詰まる。

 美桜はそっと目線をずらして何かを見た。凌も一緒に目線を動かすと、ダイニングテーブルの上に可愛らしい紙袋があった。


「――生まれて初めて、須川さんに手伝って貰ってケーキ作ったの。凌に渡そうと思って、頑張って角や鱗引っ込めようとしたんだけど、考えれば考えるほど浮き出てくる。不安なの。いつ凌の意識が全部消えて、完全なレグル神になってしまうのか。いつまで凌が表で動き続けられるのか」


 美桜の視線がまた、凌に戻る。

 長く細い手をそっと凌に伸ばした美桜は、凌の手を握り、ゆっくりと自分の胸までたぐり寄せた。凌は徐々に近づいてくる半竜の彼女の顔を、ただ無言で見つめ続ける。


「私のこと、今でも好きですか。もし好きなら、チョコ受け取って貰えますか」


 青の混じったグレーの瞳に涙が浮かぶ。

 彼女の長い茶髪が乱れて、表情を歪ませる。


「泣くなんて、卑怯だ」


 凌の口からはそんな、気の利かない言葉しか出てこない。

 参ったなと小さく微笑んで、凌はグッと美桜の身体を抱き寄せる。


「答えなんか聞かなくても、知ってるくせに」


 彼の吐息が頬にかかると、美桜の竜化は少しずつ溶けていった。


「好きだ。俺が俺でいるうちは、絶対に離さない」


 美桜の白い頬に、一筋の涙が零れた。



<終わり>

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それは、甘くて苦い―― 天崎 剣 @amasaki_ken

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