第5話



「ふぅ...良かった、間に合ったみたい」

同室にいた少女は、俺を連れてやや小さめの部屋へと辿り着いていた。


「5分前行動って苦手。分単位で行動を決められるのって時間に厳しすぎだよ...」


失礼しま〜す、と小さな声と共に少女はゆっくりと扉を開けた。



「遅いぞ。既にみんな集まっている」

部屋の中からやや低い女性の声が聞こえた。



「げげっ、隊長!?でも一応時間には間に合っていますし...」



「常に5分前行動を心がけるよう言っている。有事の際における迅速に行動できるよう日頃から鍛えなければならないからな」



「うぅ...ごめんなさい。以降気をつけます」

少女は申し訳なさそうにしながら席に座った。



「よろしい。ところで、君が新たなAPFパイロットで間違いないかな?」

先程「隊長」と言われた女性が俺の方へと視線を向けて話した。


俺は軽く頷いた。


「私は当社、ガーディアンドッグス極東支部のAPF部隊の部隊長を務めている。浅見レイだ。コールサインはDリーダーだ。よろしく頼むよ。まあ立ち話もなんだし、座ってくれ」


浅見 レイと名乗った黒髪の女性の他に2人の人物の姿が見える。隣にいる少女と先程の隊長格の女性、それに自分を合わせて5人の部隊というわけらしい。


「話すのは苦手か?良ければ自己紹介をしてもらおうか。なに、簡単なもので構わないさ」


自己紹介、と言われても何を話せば良いのやら。しかしここで何も言わないのはまずいだろう。


「北方支部から転属となりました、レオニード・アドゥーナーです。...よろしく」


それだけ言うと、俺はとりあえず少女の隣の席に座った。一応、この中では1番知っている人物だから妥当な選択であるだろう。


「お、ようやく男の隊員が来たか、待ってたぜ!俺は深山リョウジ、コールサインはD3。部隊ではミドルレンジを担当してる。よろしくな!」


対面に座っている短髪の男はどうやらミドルレンジのポジションを担当しているようだ。

人当たりが良さそうな爽やかさを持つ顔立ちをしており、その顔の通り人付き合いは得意そうに感じる。


「次はアタシかな。アタシは村雨カオル。コールサインはD2、部隊ではショートレンジを担当してる。たしか、君も前衛なんだっけ?お仲間みたいだし、よろしく」


先程リョウジと名乗った男の隣に座っている茶髪の女性は前衛担当らしい。眠たげな表情で、一見物事に無関心なようにも見えるが、俺が言った自己紹介の内容を覚えている辺り、そうでも無いのかもしれない。



「次は私だね。私はアドリアーネ・エルテノワ。君と同じく、北方方面から転属してきました。コールサインはD4で、部隊ではロング&ミドルレンジのスナイパーを担当してるから安心して背中を預けてね!」


隣に座っている薄青色の髪の少女は後衛担当のようだ。ロングレンジ担当者の中でも【スナイパー】は射撃の能力の高いパイロットから選抜されると聞いたことがあるので、その腕は信用に値するだろう。


ただし、今朝の一件やマイペースな様子を見ると少々不安を感じてしまう。


「さて、とりあえず全員の紹介は済んだみたいだな。では、こちらに注目してくれ」


隊長のレイの後方にスクリーンが現れた。


「我々、ガーディアンドッグス極東支部の主任務は所属不明機による襲撃の際、迅速に迎撃に当たり本土へと近づけさせないことが主任務だ」


スクリーンには部隊の規模や担当領域が示されており、先ほどのレイの発言を表すかの如く各地へと部隊を展開するシュミレーション映像が流れていた。


「...とは言っても、編成したばかりで練度も十分とは言えない。当面は部隊の練成に励むこととなるだろう」



「ま、要するにしばらくは隊長の地獄のシゴキが待ってるってことさ」


あー、やだやだと肩をすくめながら短髪の男リョウジが皮肉を言った。


「その通り。いきなり実戦ということではないからそう身構えなくてもいい。あ、D3貴様は次の訓練の際はみっちりとシゴいてやろう。楽しみにしておくように」


「えっ、マジ?」


途端にリョウジの顔が真っ青になった。今朝の少女、アドリアーネの反応からも察するに隊長のレイは非常に厳しい人物なのだろう。


「冗談はさておき、改めて歓迎するよ。今日から君は我が隊の一員だ。君には、今後作戦行動中はコールサインとしてD5と名乗ってもらおう」 



そう言いながらレイと名乗った黒髪の女性は懐から小さなプレート状の物を取り出した。


「それと、これを受け取ってくれ。これは君の認識標(ドックタグ)だ。当施設を利用する際の認証や個室の鍵代わりにもなる物だから紛失しないでくれよ」



「D5、了解です」

俺は認識標(ドッグタグ)を受け取った。



「問題無さそうだな。私は上層部への報告をしなければならないのでこれで失礼させてもらうよ。何か分からないことがあったら都度私や隊員の皆に聞いてくれ」


それでは失礼、とレイは部屋を去っていった。


「...ふぅ、お咎めなしでよかったよ」


アドリアーネが溶けたアイスのように脱力して姿勢を崩した。


「いやぁ...やっぱ隊長の前で冗談言うのはやめた方が良いな」


「二人とも大変だねぇ。あ、薄々気がついていると思うけどうちの隊長はか〜なり厳し目だから気をつけた方がいいよ新人くん」


「あぁ、ご忠告どうも」


レイが立ち去った途端に会議室の緊張した空気が行方不明になった。


「そうだ、レオニードお前確か北方から来たって言ってたよな?突然だけど、美人な女の子の友達とかいるか?もしいたら紹介してk...イッテェ!?」


カオルのゲンコツが話を遮るかのようにリョウジの頭へと叩き込まれた。


「はいそこ、モテないからって今度は国外の子にナンパしようと画策したらダメよー」


やや気だるいような声とは裏腹にカオルのゲンコツは相当な威力のようだ。


「イッテェなぁ...何も本気で殴ることないだろ、軽い冗談だっての!!」


美人はおろか、紹介できるような知り合いがいない以上あのゲンコツには感謝しなければならない。リョウジからしてみればとんだ災難なのだろうが。


「...まあ、冗談はほどほどにこれからよろしくな、レオニード。改めて、もし良かったらこのあと一緒にメシでもどうだ?」


いつのまにかリョウジが隣に来ていた。どうやらこの男は他人との距離感が近い人物らしい。


「いや、もう用意してるから問題ない。お構いなく」


俺はポケットから栄養剤の注射器を取り出した。


「えぇ...なんか味気なくないか?」


「必要な栄養は入ってるからな。すぐに摂取できるし便利だ」


俺は無針タイプの注射器を首元へと打ち込もうと親指をボタンに添えようとした。


しかし、ボタンを押し込むより早く手の中の注射器の感覚が消え去った。


(...消えた?)


不思議に思い、視線を横に向けるとそこには注射器が存在したであろうスペースを残したまま何も所持していない手があった。


「栄養注射は常用しちゃダメだよ!これはあくまで補助的な物であって...」


何やら解説をしているアドリアーネの手には俺が使用する筈であった注射器が握られていた。どうやら先程の一瞬のうちに没収されてしまったらしい。



「作戦行動中でも接種することができるし、嵩張らないから便利なんだけど...」



「だとしても、薬に頼ってばかりじゃダメ!バランスよく栄養を摂らないとここぞと言う時に力が出ないよ!!」



食事如きで能力が変動するのか?と疑問に思ったがレオニードは口に出さなかった。


普段なら「うるさい、余計なお世話だ」と一蹴するのだがなぜか今は大人しく受け入れていた。正確には拒絶できなかった、という方が正しいか。


まるで彼女は自分の子供に言い聞かせるような、そんな雰囲気だからなのだろうか。


「まあ〜確かにそれだけじゃ体にも良くないし、それは同意見かな。アタシもリョウジも朝食まだだし、どうせならここ4人で食べに行く?」


相変わらずマイペースなままカオルがそう言った。


「そういえば、私も朝から何も食べてないからお腹減ったなぁ...今日のメニューは何だろ?」


カオルの言葉を聞いたアドリアーネはお説教モードから普段の雰囲気へと戻っていた。


「ま、色々と聞きたいこともあるし、ちょっと付き合ってくれよ。メシはこのリョウジ様が奢ってやるからよ!」


瞬く間に話が進み、どうやら全員で行くことになったようだ。


「...別に奢らなくていいよ。付き合えってなら付き合うからさ」



「じゃあ決まりだね。それじゃ一緒に行こ!」

いっぱいおかわりするぞ〜とアドリアーネは喜んでいるようだ。



「相変わらず食べ物に目がないなぁ、アドリアーネは。よっしゃ、部屋に財布取りに行くからお前ら先に行っててくれ」



「んじゃ行こうか〜リョウジ、アンタ約束通り奢りなさいよ〜」


「へ?」


「あ、じゃあ私も〜!!ゴチになります!!」


「ファ!?4人前かよ!!給料日前でピンチなんだが...」


「...俺、自分で払おうか?」


「心配すんな、ここは黙って奢られとけよ!!」


「...はぁ」


「それに、万が一一文無しになったとしても買い置きやゲーセンの景品でカップ麺やお菓子は山ほどあるから飢えることはない!!」


そう言い、ドヤっているリョウジだったが額から汗が出ているようにも見える。


そんな姿を見たアドリアーネとカオルから

デザートも追加しようかなと更なる追撃が加わりリョウジの顔は徐々に青くなっていた。


「...随分と賑やかだな」

レオニードは思わずそう呟いた。


かつて所属していた北方方面支部にいた時とかなり雰囲気が違うが、これが普通なのだろうか?



北方支部にいた時はもっと殺伐としていたというか、こんなに誰かが笑っていて騒がしいなんてことはそうそう無かった。


皆が疲れているような、周囲を警戒しているような感じだったのだ。


だが、ここでは不思議とこちらまでその輪に入ってしまいそうな雰囲気が漂っている。


とは言え、各々ある程度気を遣っているのだろう。本心からこの雰囲気を楽しむことはできない。


(...まぁ、拒絶されている訳ではないんだろうな。少なくとも今のところは)


全く不安がない訳ではないが、一先ず信用しても問題ないだろう、と考えながらレオニードは席を立った。

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