第10話

ユリイナの近くにいると常時精神に攻撃を受ける。

それはユリイナがユリイナではないから。


矛盾だらけでおそらくキアラ以外は魔女でも理解できないだろう。


数十年前に存在していたというユリイナ。

生きておらず、また死んでいるわけでもない。

ユリイナがユリイナでないのは――


キアラはすっと、一瞬目を瞑る。


ここまで言ってしまったのに既に半壊であると今更修正はきかない。

今回も諦めるしかないだろう。


次の時にまた。


「…ユリイナは、この世界の創造神が呼び出している手駒だ」

「…は?」


まだ疑問の様子のレンに全てを説明しようと口を開こうとするも、背後からの声に止められてしまう。


「キアラ様、私いいことを思いつきました。聞いてくださりませんか?」


――ニコニコの天使は既に悪魔の表情をしていた。


***


「キアラ様、私いいことを思いつきました。聞いてくださりませんか?」


脳内で結論を出したので、キアラ様に呼びかけます。

振り返ったキアラ様はどこか諦めたような表情で「分かった」と言い側の椅子に座ってくださりました。


レンさんは困惑と恐怖の入り混じったような目で私を見ながら私から一番遠い椅子に座りました。


どうしてでしょうね。まさか、これから起こることを勘づいてるんでしょうか。


ああでもそんなことより素晴らしい案を発表したい。

キアラ様はなんて言ってくださるかしら。褒めてくださるわ、きっと。


だって、こんなの、私が描いている理想への近道で――


「それでユリイナ。良いこととはなんだ?」

「そう、そうでしたね」


いけない。思わず自分の世界に入っていました。


コホンと軽く咳ばらいをし、腕を広げて高らかに宣言する。


「私が思うに――この世界の獣人を絶滅させることが世界平和への近道だと思うのです」


その瞬間、私の胸に魔法で作られた槍が突き刺さりました。


「っ!?」


余りの驚きに思わずバトンタッチをしそうになりますが、それは耐えて指してきた主…キアラ様を見ました。


顔は俯いていて表情は読めず、刺した状態から一ミリも動く様子を見せない。


「…何故ですか?何故私を殺そうとするのですか?あっ、もしかして獣人が痛い目にあうからですか?大丈夫ですよ、ちゃんと一撃で死んだことさえ分からないようにするので――」

「おい、創造神!」


私の言葉を遮るようにキアラ様が声を張り上げた。

同時に顔を上げ、憤怒に満ちた顔を私に見せる。


「お前の思い付きはいつも最低なんだよ!今回だって、前だって…いつもいつもユリイナばかり使って…この少女は、失敗作だといい加減分かれ!じゃないと…本当に世界が滅ぶぞ!」

「…あの、キアラ様?なんと仰っているのですか?」


先程から何かを言っているようなのに私の耳には何も聞こえない。

叫んでいるはず。伝えようとしているはず。なのになにも伝わらない。


ああとてももどかしい。私はまだ生きている。

いや、そもそも刺された痛みがない。既に死んでいるのかそれにしては生身の感覚がある。


「…あれっ?」


突然、抗いようのない眠気が襲ってくる。

睡魔は私の意識を完全に眠らせた。


***


ああ、やっとか。やっと来たか。


ユリイナがゆっくりと瞬きをすると瞳の色が正反対の色に変わる。

目つきが悪くなり、ふてぶてしさがその身からにじみ出る。


だけどその姿勢は決して油断しているという訳ではなく、今のユリイナと戦ったら、きっとキアラでも倒せないだろう。


「…なんだ?また私に言う事でもあんのか」

「おい、創造神。今度はどの用件でユリイナを送ってきやがった」

「なんだまた理由か?んなもの覚えてるわけねえだろ。…ああでも今回は世界平和とかだったようなきがするな…」


聞き出せたのは今回のユリイナの願いと全く一緒のもの。

やはり、と怒りを心の中で滾らせる。


「てめえ、世界平和何て不可能だと知っているだろうが!?人が人である以上、絶対に世界平和何て出来ねえんだよ!」

「うるさいハエだ。そんな喚くことでもないだろうに。そんなに滅びていくのが嫌なのか?」

「嫌なのか?じゃ、ねえんだよ。あんたは生み出せても以前に戻すことはできない。それにユリイナは不完全だ!それぐらい分かっているだろう、あれは博愛主義者が過ぎているが故、矛盾だらけだ!人を救いたいから人を殺す。世界平和を望むからそれだけの数の血を流す。それは間違っているだろう!」


ここで一息つき、キアラはきっ、とユリイナを睨みつける。

既にレンは蚊帳の外ではあったが、話している内容は聞こえているため段々と事情を飲み込んでいった。


…このユリイナというのは分身みたいなもので、なんどもこの世界で存在を繰り返しているのだと。


「ユリイナは必ずと言っていいほど暴走を起こす。その理由は愚かな人間に絶望であったり、強大な力を抑えられなくなったり、今回は平和を望む力が強すぎた。人選がそもそも間違っている。こいつは1の調整で100されてしまう。いい加減下界に干渉するのをやめろ。そして今後一切世界平和なんて馬鹿げた夢を見るな」


それはまさにこの世界で生きるものなら全員が糾弾する権利のあること全てを並べたことだった。

だが、それは生きているものだけ。創造神には理解する必要も、こともできない。


「ふむ、正論には正論で返そうか」


キアラの主張をすべて聞き終わり、ユリイナの姿と声で創造神は冷たく告げる。


「数十年前に同じように暴走した何度目かのユリイナが獣人を大量虐殺した。しかし、それは獣人が威張っていたからに過ぎない。良い見せしめになり、再び人の活躍する場が見れるようになった。人の為に作った世界で生きる害虫など必要ない。だが、世界平和を望むなという主張を聞き入れよう。人らしさを見れなくなるのは残念だからな」


どこまでも神様からの視点にキアラは歯噛みする。


最後に、創造神は決定的な言葉を告げた。


「貴様らのような一個人が叫んだところで何の力にならない。貴様が言う大勢が全く反対の立場いる以上、貴様の理想は叶わない。どうしても調整は必要になるし、私が干渉しないとみなユリイナのように暴走を繰り返すのだから」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さぁ、二つの心を切り替えましょう☆ 烏賊蛸 @Ikamayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ