第三話

 本を開いてページをめくる。

文字を目で追っていく。

難しい漢字にはふりがながふってあるから、読めないわけではない。

けれど、言い回しが難しかったりなじみがなかったりで、書いてある読むのが精いっぱいだった。

週末にチャレンジした時と同じで、すぐ眠くなったり、同じ部分を何度も読んだりした。

ものすごく苦労して明け方近くまでかかって、なんとか読み終えることができた。

『桜桃』だけ。

他の話も載っているみたいだったけれど、読まなかった。

(読んだ……私でも読めた)面白い、とは思わなかった。

ただ、読み終わることができたという達成感があった。

(あ~。もしも阿部君に感想聞かれたら、きっとこう言うだろうな。『この主人公ってネクラ』阿部君は、どんな感想持ったって答えてくれるだろう)

 

 あれから一年。

阿部君から借りた本は、私の部屋の本棚にたててある。

もちろん置きっぱなしではなく、ちゃんと読み返している。

『桜桃』だけではなくほかの小説も。

太宰以外の作家の本も若干だけど読んでいる。

そこまで本好きというわけではないけれど、一年前よりは読書をするようになった。

「今日で二年生も終わるね」

去年の今ごろ隣の席だった由香は、今は私の後ろの席。

二年になるときのクラス替えでも離れずにいれて、喜び合ったことが昨日のことみたいだ。

今年も担任がワダセンだったから、毎月のように席替があった。

そしてうちの学校は、二年生から三年生にあがるときには、クラス替えはない。

だから由香とは、また来年も一緒にいられる。

 

 「そうだね。なんだかあっというまだったね。もう三年生になるとか、信じられないよ」

「ほんとに。あ~あ来年は受験よ。今から憂鬱」

由香と二人してガックリしているとチャイムが鳴り、ワダセンが教室に入ってきた。

「おはよう。今日は最初に、みんなに知らせることがある。去年転校した阿部が、戻ってくることになった。なんでもお父さんの転勤は、一年限りの期間限定だったらしいが、こっちに親戚がいないので、仕方なく転校という形をとったらしい。それで、あっちの学校はウチよりも一日早く終了したからと今日、ここに来てくれたぞ。阿部、そんなとこに立ってないでこっちに入ってこい!」

「マジ!」

「きゃ~」

「やった!!」

クラスのみんなが口々に喜びの声を上げる中、ドアが開いた。

そこに立っていたのは───阿部君!

クラス中の拍手を浴びながらすすみ、教卓に立つ先生の隣に立った。

「阿部!おかえり!!」

何人かの男子が口々に言う。

 

 「ただいま!みんなと一緒に三年生を過ごしに、戻ってきました。また、よろしくお願いします」

そういうと照れ笑いをしながら、一礼した。

「あ~。阿部はもう、今日はこれで帰るが、四月からは、みんなと同じクラスになる。前と同じように仲良くしていくんだぞ」

「はい!」クラスのみんなは声をそろえて返事をした。

「じゃあ、四月に」そういって手を振りながら教室をあとにする阿部君を見送りながら(学校がはじまったら、絶対阿部君に本の話をする!そして……同じ高校をめざす!)

私は心の中で誓い、机の下で小さくガッツポーズをした。

 

 



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チェリー 奈那美 @mike7691

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