第二話

 翌日。

自分の席に座って、スマホでお気に入りのケータイ小説を読んでいた私の机の上に、一冊の文庫本がふと置かれた。

見上げたら阿部君が立っていた。

「あ。お、おはよ」

「おはようさん。昨日言ってた小説、これに入ってるから読んでみなよ。横書きの文章も悪くはないけどさ、たまには縦書きの文も読んでみな」

「え?昨日のって、もしかして『桜桃』?」

「ああ。その本貸してやるから、ちゃんと読めよ」

「う……ん。わかった。ありがとう」

(うわ、阿部君から本、貸してもらっちゃった。抱きしめたい!!けど変に思われちゃいそうだから我慢我慢。けど、借りたってことは、ちゃんと読まないといけないじゃない。読まずにしらばっくれてやりすごそうと思ってたの、バレてたのかな。でもショージキ言ってめんどい~)

「じゃあ、お借りします~。ゆっくり読みたいから、帰ってから読むね」

私は(嬉しいけどめんどくさい)という心の声と一緒に、本をカバンの中に入れた。

 

 そのまま週末をむかえ、そして月曜日。

私は足取り重く、学校への道を歩いていた。

理由はひとつ。

本を読めていないこと。

ちゃんと本は開いたし、文字も読んでみた。

でも、数行読んだだけで眠気に襲われる。

気を取り直して読み進めると、前に書いてあったことを忘れる。

もう一度初めから読み返してみると、眠気に襲われを繰り返し、正直最初のページすら読み終えていなかったのだ。

二日間もあったのに。

(あ~もう、阿部君になんて言おう。まさか、たったの一ページも読めなかったなんて言えないし。面白かったなんて言ったら、どの部分が?と尋ねられそうだし)

教室に入り、机にカバンを置く。

ふと見た阿部君の席には……何もない??

まだ登校してきてないだろうから、カバンがないのは当たり前としても、机の中もからっぽ?

頭を?マークでいっぱいにしているとチャイムが鳴り、担任のワダセンが入ってきた。

 

 「おはよう。あ~、今日はまず、みんなに知らせないといけないことがある。阿部のことだ。急な話だが、転校することになった。というか先週末で転校した。お父さんの急な転勤でな。本来なら終業式まで通うつもりだったらしいが、出発の予定が早まったらしい。みんなに何も言わないままなのは心苦しいけれど、よろしく言っておいてくれと言われたよ。それでは、今日の予定を確認す……」

ワダセンが何か言い続けていたけれど、私の耳には何も聞こえなかった。

ううん、聞こえてたけど、ひとつも理解できていなかった。

ただ『阿部が転校した』その言葉だけが頭の中で、耳の奥でぐるぐる響きつづけていた。

その日は一日中上の空で、どうやって授業を受けたのか、だれとどんな会話をしたのか、どうやって家に帰ったか、まったく思い出せないまま気がつくと、自分の部屋のベッドの上に横になって天井をぼんやりと眺めていた。

(本、返せなくなっちゃった)

ショックが大きかった。

来年も同じクラスになれたらと期待していた。

同じクラスになって、今度こそ近くの……できれば隣の席に座れたらと。

そうでなくても同じクラスで、いつも視界に入ってくれるだけでいい。

違うクラスになっちゃっても、姿を見ることだけはできる──そう、思ってたのに。

でも、不思議と涙は出てこなかった。

 

 (こういうのも失恋っていうのかな?告ってもいないけど)

ベッドの上に起き上がった私はカバンをひきよせ、中から阿部君が貸してくれた本を取りだした。

ぎゅっと抱きしめる。

(なんとなくだけど。今なら、読めそうな気がする。ううん、今読まないとぜったい読めないと思う)

 

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