レジスタンス・飛行艇

第1話 竜好きでも人命第一

 赤の家の本部を、次期当主でありながら攻撃し、ソイ君を解放するため部屋に向かう。



 飛び散ったガラスの破片。



 大きな衝撃があったと思われるその部屋には、誰もいなかった。 




 あれから、3年の月日が経つ。



 ソイ君がいなくなってしまった、あの日から、すべてが変わってしまった。



 教団からの竜によって、王都が襲撃を受けるようになった。



 私は政治犯として収監されるものの、その対策のため、移動制限付きの犯罪者のまま、討伐一家として、前線で戦っている。




 教団は『勇者解放』を大義名分として、王都を攻撃している。



 教団は『勇者が討伐一家に捉えられている』と思っている。建前ではなく、本当にそう考えているようだ。


 そして、討伐一家の諜報部隊の調査によると教団に『シロ』という名の人はいない。


 シロという人は何者なのだろう。教団関係者ではないのだろうか。


 あの海上戦。もしも、シロという人が討伐一家からソイ君を救うために行ったことだったとしたら。


 乗客全員を不安に陥れることは褒められたことじゃない。


 だけど、シロという人が船を最初から沈没させる気などなかったとしたら。



 討伐一家である私達ですら傷付けることなく、ソイ君を助けることが出来る。



『自分で判断しろ』



 ソイ君へのあのメッセージが、選択肢を奪った上での脅迫でなかったとしたら。


『討伐一家を疑え』


 率直にそういう意味だったとしたら。


 しかし、森での攻撃との整合性がとれない。あの時は確実に私達を殺そうとしていた。


 それに、ソイ君をあの部屋からさらっていったのが、シロという人なのかさえ確実ではない。


 竜の目撃情報があったというだけ。


 巨大竜を操ることができるソイ君を奪う好機を、私が敵に作ってしまったことには間違いない。


 国や、討伐一家に対する大きな裏切りだ。


 しかし、ソイ君に討伐一家があんなことをした以上、ソイ君は『さらわれた』のではなく、『救出された』のではないのだろうか。


 もう、何も分からない。


 ソイ君への罪悪感。私のただの希望的観測かもしれない。


 移動制限がかかっているため、ソイ君のお父さんと、お母さんに王都に来てもらって事情を説明する。


 お母さんには泣かれてしまって、お父さんには殴られてしまった。

 ……当然だ。


「実の子じゃないと思って軽くみたのか」


 そう言われて、殴られてしまった。そんなことはない。そんなとこはないはずだけど、もう、自分のことさえ、よく分からない。


 ソイ君のお父さんと、お母さんは、最終的には、気に病む私を、気遣ってくれた。本当に情けないと思う。


 今、私に出来ることといえば、竜使いに対抗するための魔法の開発と、王都を守ること。


 教団から攻撃を受けているが、実際には港町付近の緩衝地帯で食い止めることができている。


 赤の家の攻撃を避けるためか、海からの攻撃が多い。


 しかし、海は青の家が守っている。前線でリングが隊の指揮をとって守っている。


 リングは教団と戦うことがソイ君を救う唯一の方法だと思って、迷いがない。


 トラウマを抱えていたリングは、私よりもっと早くから、討伐一家に生まれたことや、討伐一家として戦うことを長く考えて来たのかもしれない。



 開発している新型の魔法は、まだまだ汎用性が低い。


 精鋭部隊がやっと使いこなせるようになったくらいだ。

 

 さらに最大の軍事力を常に集中させていては持たない。

 最小限での対応が求められる。


 常に情報戦だ。


 今までの人食い竜は集団で王都を襲うなんてことはなかった。


 かなりの威力だが、そこは諜報部隊の活躍によって事前の防衛を行っている。

 教団の暗号の解読に成功した。


 次回の攻撃は大きいものじゃない。


 恐らくまた、青の家、リングが食い止めてくれるだろう。



 裏切り者の私にみんなついてきてくれている。感謝しかない。


 『私の名で生きる』そんな風に考えたが、そんな傲慢なことを言えた立場ではない。そんな大それたことを考えたが、私は今、討伐一家として戦うことしかできない。私の名で生き、考えることが出来る日などくるのだろうか。


 万が一に備えて、青の家が取りこぼした場合のため陣形を取る。精鋭部隊に休息を取らせるため、小規模なものだ。


 教団からの攻撃が来たとの青の家からの連絡が入る。


 緊張が走るが、ここ3年はよくあること。


 しかし、いつもと様子が違う。明らかに、ここから見えるだけでも、竜の数が多い。


 部下が私に伝える。


「事前情報よりも、竜の飛来する数が倍以上あるとの連絡が青の家から!!!」


 私は息を呑む。倍以上……。


 部下が、さらに伝える。


「こちらの暗号を読み取って、間違った情報をこちらに送りつけてきた可能性が」


 敵は攻撃力だけでなく、内部統制や、作戦面でも日に日に、力を増していく。

 しかし、原因を考えるのは後だ。


「すぐに精鋭部隊に、前線につくように連絡を!」


 私は部下に伝える。


 更に他の部下が伝えてくる。


「青の家から連絡が! 対応仕切れなかった竜が多く飛来するとのこと」


 その連絡を聞かずとも、晴れ渡った空に、無数の人食い竜がこちらに飛んでくるのが見える。


 私は叫ぶ。


「総員、攻撃に備えろ!」


 部隊全員の魔法陣を人食い竜の前に作る。


「引き付けて一気に攻撃する。これなら少ない部隊でもいける! 大丈夫! 絶対勝てる!」


 精鋭部隊なしに対応できるか、ギリギリだが、精鋭部隊がたどり着くまで、持たせるしかない。


 大丈夫だ。万が一に備えた陣形は取ってある。


 竜が集まってきたところで、私は叫ぶ。


「撃て!!!」


 魔法陣から一度に大量の火が放たれる。さらに囲うように、魔法陣を作る。


 更に魔法を放つ。


 竜がまとまって攻撃を受け、なすすべがないようだ。


 討伐隊から歓声が上がる。


 私はそんな部下達に、叫ぶ。


「まだだ! 備えろ!!!」


 魔法陣を乗り越えて竜が更に飛んでくる。作戦は成功したが、竜の数が、あまりに多い。魔法陣が間に合わない。


 通常の部隊だと、大きな魔法を使った後は発動までに時間がかかる。


 私だけで対応するしかない。


 この量の竜に新型の魔法で対応するには、1回が限界。しかも近距離で発動する必要がある。


 私が取りこぼした場合の対応、精鋭部隊への指示を部下に伝え、人食い竜の群れへ向かう。


 引き付けて、引き付けて、1回だけ。絶対に焦るな。


 大丈夫だ。対抗すべく開発した魔法だ。


 絶対にやれる。


 こんなに大量の人食い竜の前に立つのは初めてだ。


 さすがに「恐怖」という感情が湧き上がってくる。


 群れが大群となって、上空を飛んでくる。


 私は一瞬で大きな魔法陣を作り、一気に砲撃する。


 魔法陣が出来てからの、魔法の発動が極めて短い。これなら、避けたり、対応するスキを相手に与えるのを防げる。


 放たれた炎が一網打尽に竜を倒す。


 やった。成功した。


 新型の魔法で十分に対応できる。

 もっと、もっと汎用性をあげて、普通の部隊でも使えるように改良を加えれば……


 安堵と、喜びに溢れて、先のことまで私が考えると、遠くに小さな黒い影が見える。


 竜だ。


 後方から一匹だけ、物凄い勢いで人食い竜がやってくる。


 待って……マジで!?


 その竜……、出遅れちゃっただけじゃないッ!? 竜使いの人が、ちょっと出遅れちゃっただけじゃないッ!?


 作戦とかじゃなくて、完全に隊列から乱れてるだけじゃん!!! のろいのに美味しいとこ、もってっちゃうタイプの人じゃん!!!


 でも、もう新型の魔法を使った私に力は残ってない。


 討伐一家、次期当主のトーリの首をとるのは、出遅れた奴か……。


 誰が私を倒そうとも、死んじゃうわけだから、何でもいいっちゃ、いいんだけど…。


 え? 私、死ぬの??? 


 ソイ君を助けないで? そんなの……出来るわけないッ!!!


 私はうっすーい、魔法陣を上空に作る。ペラッペラッ。こんなので、防御できるわけない。


 こんなペラペラの魔法陣、竜使いの人も笑ってるよ。


 余程、命が惜しいんだなって。


 惜しいさ! ソイ君にもう一度会うまでは!!!


 足掻くしかないじゃない!!! クッソッ!!!


 とりあえず、私は人食い竜に向かってメンチを切る。


「バーカ! バーカッ!!! 出遅れたお前に、私の首なんかやるもんか! 取ったら、呪うからな!!! 化けて出るからな!!!」


 だけど、容赦なく人食い竜は向かってくる。


 当然、風でも飛んでしまいそうなペラッペラッの魔法陣から、魔法が発動できるわけもなく、もちろん防御できるわけもなく、竜は簡単に飛び越えてくる。


 獲物に喜ぶように、人食い竜がうねって、私の目前に来る。


 もうダメか。おめでとう。出遅れた人。



 突然、背後から人の気配を感じる。


 その人は私の横を、サッと走っていく。


 去り際に小さく「ごめんね」と、声がした気がする。


 ごめんね?


 フードを被った人影が私の前に踊り出る。


 その人影は高く舞い上がったかと思うと、剣で一瞬にして、人食い竜の首を、バッサリと斬り落とす。




 その人が、くるりと回転して着地した後に、ドサッと大きな音を立てて、竜の首が落ちる。


 フードを被った人はゆっくりと、倒したその竜の頭の近くに歩いき、そして深く頭を下げる。


 「ごめんね」という言葉は竜に大して言ったんだろうか。


 その人が、そのまま走って立ち去ろうとする。


 た、助かった……。


 命拾いしたことや、その人が剣一本で竜を倒したこと、あらゆる突然のことに呆気にとられたものの、私は、その背中に叫ぶ。



 私は胸の鼓動が抑えられない。


 走って行ってしまう、その背中に叫ぶ。



「待って! 待って! 行かないで!」


 それでも走って行ってしまおうとする、その人。


 私は、はち切れそうな心を抑えて、泣きそうな声で叫ぶ。


「待って! 行かないで!!! お願いだからッ!!!」


 その人が立ち止まって振り返る。

 フードが外れて、その顔がよく見える。


 肩まで伸びた髪、その髪のサイドだけを無造作に束ねた人。その髪のクセには覚えがある。


 精悍な若者の顔に覚えがある。




 その人が言う。



「竜好きでも、人命第一……」



 そしてニコっと笑う。


「トーリが教えてくれたんだよ!」


 そうだ、間違いない。


 まだ、あどけなさの残るその顔は、その笑顔は、あの時のままだ。


 私の両方の目から涙が溢れ出てくる。


「ソイ君ッ!!!」

 

 






 








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最後の竜使い おしゃもじ @oshamoji

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