第4話 さようなら、トーリ

 あれから、数週間。

 勉強を教えてくれる人や、トーリや、リングが部屋にやってくる。


 部屋から見える中庭で、運動なんかをさせてもらえる日もある。


 リングが腕立てをする時に、僕が乗っても大丈夫っていうから、乗ったら、1回もできなくて笑ってしまう。


 日中はそうやって比較的、賑やかに、みんなと過ごす。


 でも夜は眠れない。


 みんな、優しい。みんな、良い人。


 でも、誰も僕がこの部屋にいる理由は話さない。核心には触れない。



 僕も、聞くことができない。


 いつまで、この部屋に居なければならないのか。


 僕はどうなるのか。


 頭の中で、言葉にすることも怖くてできない。


 夜になると、僕は椅子に座って窓辺で外をボーッと見る。

 

 月明かりに雲が照らされていて、夜だけどとても良い天気なことが分かる。


 突然、屋内、階下から大きな物音がする。


 僕は慌てて立ち上がる。


 外が騒がしい。


 ふと、外に目をやると、一匹の竜がどんどんと、僕の部屋に近付いてくる。


 どんどん、どんどん、竜が近付いてくる。


 ウソ……、突っ込んでくる。


 僕は慌てて、部屋の隅に駆けて逃げる。


 竜はガラスを物凄い勢いで割って入ってくる。


 衝突は避けられたものの、ガラスが降りかかる。


 僕の頬を飛び散ったガラスが斬りつける。


 落ち着いたところで、おそるおそる頭を上げる。


 竜から、一人の男性が下りてくる。


 華奢な体に、綺麗な顔立ち。灰色の髪を、した、その人。


 シロだ。


「森での身体能力を考えたら、簡単に避けると思ったんだけど。ごめんね、怪我してるね」


 大して、すまなそうにする様子もなく。シロが言う。


「討伐一家に渡ってしまったら、さすがに手が出せないと思って、海上戦でなんとかしたかった。もう、ダメかと思ったよ。だけど、トーリがこういう動きをしてくれるんじゃないかな?と思って。赤の家は強いからね、トーリに今倒して貰ってる」


 今、この騒動はトーリが? 多分……トーリが僕を助けるため、僕をここから逃がすためにやっている?


 そして……、それを利用して、今、シロが僕の目の前にいる……。


「取り返してきたよ」


 そういうと、シロが僕のすべてを変えてしまった、あの剣を僕の方へ投げてくる。


 僕はその剣を受け取ることなく、後ずさって避ける。


 僕の前で、ガシャンと大きな音を立てて、剣が落ちる。


「そんなもの、いらない。欲しかったらシロにあげるよ」


 シロが納得したように、頷く。


「すべてを聞かされて、討伐一家に飼い慣らされてるんだね、可哀想に」

「前にも言ったけど、僕はシロとは、一緒に行かない。僕はシロみたいな間違った側の人間でいたくないんだ。勇者になりたかったら、シロにあげるよ。シロがなればいい」


 シロは……、怒ったようだ。

 顔を歪めて、僕に近寄ってくる。


「ただの子供っていうより、とても、つまらない人間だ。なりたくても、なれない。嫌な子だね?」

「僕は君とは違う。トーリやリング、村の人、正しい側の人間でいたいんだ。シロは僕のことが嫌いでしょ? 僕も君が嫌い。シロが嫌いなんだ」


 僕はとにかく、シロを退けたい。怖いとかでなく、自分はシロみたいな人間じゃないと、自分に言い聞かせたい。


「君が僕を嫌いなのは、君が僕の中に自分を見るから。君と僕は、この世を人食い竜だらけにした竜使いの子孫。僕は端の端、君は直系の王子様」


 また、シロは、人の心を勝手に読む。


「討伐一家は立派だよ。竜使い達の失敗を繰り返さないように、文民統制をはかるため、政治からは距離を置いている。この国は僕みたいな人間を除けば、平等で平和だ」

「だから! だから僕は討伐一家側でいたいんだ。シロとは違う」

「森で会った君とは別人だな。僕を分かろうとして、怯えながらもきちんと、会話してくれた君とは。あの時は強いお兄さん達の後ろ盾があったからだったのかな?」



 シロがうんざりした顔をする。そして、続ける。



「討伐一家のお坊ちゃんの方が、まだマシだ。ちゃんと考えて自分で動いてるんだから。こんなクーデターみたいな真似をして、ただじゃ済まないのに」


 その言葉に僕は動揺が隠せない。


「ただじゃ済まない? トーリが……ウソ。跡取りなのに?」

「そりゃそうだよ。この国の政治犯の罪は重いからね。平和で平等な法治国家だから」


 飄々として、アホで、いつも笑って部屋に来てくれたトーリの顔を思い出す。


「……。僕のために無理しないでって言ったのに」


 僕がそういうと、シロが怒りに満ちた顔で、突然、僕の胸ぐらを掴む。


 怖い、痛い、苦しい。

 

 シロが僕に向かって叫ぶ。


「僕のために無理しないで!? こうして欲しかったんじゃないのか!? 無理させたんじゃないのか!? トーリに無理をさせるように仕向けたんだろ!? 子供らしい健気さを振りまいて! 媚びを売るしか、助かる方法がないと思って!」

「ち、ちがっ、違うっ」


 僕は苦しいが、必死で否定する。




「じゃあ、お前! ここから、自分一人で抜け出す方法を考えたのか!?」





 その言葉に、僕は驚く。一人で? この討伐一家から抜け出す? 考えても……みなかった。


 僕はまた、なんとか言葉を繰り出す。



「だって、だって! 抜け出せるわけない! シロだって、できないから、トーリを利用したんでしょ。僕一人でできるわけない!」

「出来る、出来ないじゃない! 考えたかどうかって聞いてるんだ!!!」


 シロが怒りに任せてさらに、首を締める。


「竜に守らせて、トーリに守らせて、そして全部ダメにする。ヘタレで自己保身しか考えない、まさに竜使いの直系だな!」

「なんで? なんで、シロは、そんなイジワルばかり言うの!?」


 痛い、苦しい。


 助けて……、トーリ。


 僕の目から、涙が溢れてくる。ボロボロボロ、涙が溢れ出てくる。



 シロがパッと、僕から手を放す。


「おいおい、泣き出すのかよ……。本当にただのガキだな。あの怖そうな当主のオバサンも肩透かしだったんじゃないか?」


 そう言うと、シロは僕を置いて竜の方へ歩き出す。


 僕は咳き込みながらシロを呼び止める。


「シロ」


 シロは振り向かない。歩きながら僕に言う。


「完全に興味が失せた」


 僕はもう一度、シロを呼ぶ。


「シロ! 勝手に期待して、勝手にあきれて、なんだよ!」


 シロは振り返らない。


 また、僕はシロを呼ぶ。



「シロッ! ……分かってる。シロは、また大切なことを僕に伝えようとしてくれているんでしょ? そのために、こんな危険なことまでして来てくれたんでしょ?」


 その言葉を聞くと、シロが振り返る。


 僕は、その言葉を口にする。


「このままここに居れば、僕は討伐一家に殺される。……そうでしょ?」


 頭の中で言葉にすることも、ためらわれた言葉。


 その言葉を口にしてしまうと、小さいころから、目の前にかかっていたモヤのようなものが、晴れる気がする。


 不思議な爽快感だ。


 見える景色が、色が、変わる。


 鮮やかになる。


 僕は床に落ちた剣を、拾い上げる。

 そして、しっかり握る。


 シロが僕の方に、歩いてくる。


「遅かれ、早かれ、人は死ぬ。どんなに栄華を極めようが、その結末は変わらない。それが、僕のような人間には、唯一の平等のようで、救われる気になる」


 シロが僕の方へ、更に歩いていくる。


「だけど、ソイ。君と少しでも何かを変えられたらと思ったんだ」


 僕はその言葉に笑ってしまう。


「少し? シロにしては謙虚だね」


 僕は剣を、持ってない方の手をシロに伸ばす。


 母さん? 村の人? トーリ? いつも、そんなことばかり。


 トーリ、助けて? 僕は何を言ってるんだ。


「シロ、僕を連れて行って」


 シロが笑う。


「いいの? 僕も君を殺そうとしたのに?」


 シロが僕を殺す? 違うな。状況が変わったのか、心境の変化か。


「シロは僕を殺さない。あんな大掛かりな海上戦までして討伐一家から奪って、僕を手に入れようとしたんだ。どの道、討伐一家に殺される可能性のあるヤツにそこまでしない」


 シロが伸ばした僕の手をしっかり握る。


 僕はさらにシロに伝える。


「それに、自分で決めたんだ。おめおめと殺される気はないよ。……連れてって、じゃない。シロと一緒に行く」

「いいよ。初めまして、ソイ」


 シロと竜の背中に乗って、脱出する。


 日当たりがよく、綺麗な花の咲く中庭が見える部屋から。


 ありがとう、トーリ。


 そして、


 さようなら、トーリ。





 





 

 


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