第3話 ちょっとカッコつけさせて!

 続けてソイ君がボソボソと話し出す。


「それに何だか、昔から分かっていた気がするんだ。僕は母さんのように根っからの良い人じゃないって。母さんの真似をしてるにすぎないって。何か少し納得したところもあるんだ」


 そうか……。当然、そこにも気付いてしまう。


「ハハっ! 違うよ、ソイ君!!!」


 突然、笑いだした私に、ソイ君がキョトンとする。


「こういったらお母さんに怒られちゃうかもだけど、お母さんはソイ君の前でカッコつけてた部分もあると思うよ!」

「え……、ウソ……」


 私はうんうんと、頷く。


「私とリングがソイ君の前で、カッコつけなすぎるだけで……。そーだ! 船で会った小さい男の子、ソイ君もその子の前でちょっとカッコつけなかった?」

「……そうかも」


「ね? それと一緒! ソイ君の優しいところはお母さん譲りだよ!」

「……僕が? 優しい?」


「優しいでしょ!」

「……トーリ。……ありがとう」


 ソイ君が小さく笑う。


 今は、少しでも、少しでも、ソイ君の心を汲み取ってあげることしかできない。


「ソイ君…他に、他に何かない!? 私に、聞きたいこと!」


 少し考えた後に、ソイ君が辛そうに話し出す。


「タツコ……。ダンジョンで、独りぼっちだったんでしょ? まだ子供なのに。それは多分、人食い竜のせい……。最後まで竜は竜使いを守ったって。タツコ……いつも僕のために大きな竜にも……」


 率直にいうのが辛いのか、ソイ君がボソボソと断片的に話す。


「違う、違うよ、ソイ君!!! ソイ君だってタツコを守ろうとしてたじゃない!!! 村の時なんて、人食い竜の前で、ソイ君がタツコに覆いかぶさって!!!……そうだ!」


 私は胸ポケットから書庫で見つけてきた、文献の紙をソイ君に渡す。


 その紙には、竜と竜使いが描かれている。協力して魔物を倒す姿や、一緒に生活する姿。


 竜使いが政権を握る前、魔物から人々を守った竜使いの人々の姿が描かれてる。




 そして、ソイ君くらいの年頃の子供と、タツコくらいの大きさの子供の竜がじゃれあってる姿も。





「肝心なものを忘れてた! これね、書庫にあった文献! 見て! これなんか、ソイ君とタツコにソックリでしょ!?」


 ソイ君はおもむろに、その紙を見つめる。


「ね!? ソイ君とタツコは私の憧れだよ!?」


 ソイ君は目の当たりを腕で拭う。


「これは、ソイ君が持ってて」

「いいの? ていうか、これ本を破ってきてない?」


「いいの、いいの、他がほつれないように、キレイに抜いてきたから!」

「……トーリ。僕のために無理しないで……」


「大丈夫! 全然、大丈夫!!! ちょっとはカッコつけさてよ!」



 そう言うと、ソイ君が小さく笑う。そして、また「ありがとう」と言い、嬉しそうに、でも少し悲しそうに文献を見つめている。


 早く、早くしなくちゃ。


 少しでも、ほんの少しでも早く、ソイ君をこの部屋から出さなくちゃ。


ーーー


 ソイ君のことを相談するために、リングの家に行く。


 リングの部屋には昔からよく行ってるけど、調度品やらなんやら、相変わらず立派な部屋。


 家にいる時のリングは髪を下ろしてて、服もタンクトップじゃなくて、普通のシャツだ。こうしてると……ちょっとイケメンの枠に入る!? ……悔しいから黙っておく!!!


 リングもだいたいの話は知ってる。


「そうか……ソイ……俺らのこと嫌いになってないのか。もう顔も見たくないと思われてるのかとおもった」


 リングも大分、気に病んでいて、少し痩せたようにも見える。


「でも、それは喜んじゃいけないことなんだ……。もう、僕らを嫌う心の余裕がないんだよ。僕らしか、もう頼る人がいないから」


 そうか、と、リングが深刻な顔になる。さらに、リングが知らないことを伝える。


「それに、もしも討伐一家だけで、巨大竜に対処できる方法が見つかったら、教団に渡る危険性を考えてソイ君を……。そんな計画もある」


 リングが愕然とする。


「嘘だろ? そこまで、するか???」

「森と海上戦での竜使い達の力。それだけで既に、討伐一家をしのぐ勢いだ。それに加えて巨大竜まで手に入れられたら……。完全にパワーバランスが崩れる。王都を、国を守り切れない」


「だけど、いくらなんでも……。それを……ソイは……知ってるのか!?」

「これは私が勝手に機密事項を閲覧したから、直接は知らないはず。でも繊細で敏感なところがある子だから。どこかで感じとってしまってるかもしれない」



 私はソイ君が矢継ぎ早に『討伐一家に協力する』と必死で言ってきた姿を思い出す。

 あの姿は、恐らく勘付いているから。



 本当に、本当に、私は何をしてきたんだ。親の、組織のことを完全に信用して、言われるがままに、そのまま動いて……。


 私は立ち上がる。


「しかし! だからと言って、こんなの絶対に間違ってる! 監禁? 軟禁? 幽閉? 絶対、違う! より制限的でない別の方法を考えるべき!!!」

「おお!!! さすが、トーリッ!!!」


「要するに教団に渡らなければいい。で、ソイ君が教団側には絶対に協力しないって確証があれば幽閉もしなくていいわけだ」

「で!?」


「とりあえず、強行突破でソイ君をあの部屋から解放して、確証とかその辺は、それから考える!!!」

「おいッ!!!」


「大丈夫、大丈夫!!! 剣さえ持たせなければ、幸い、普通の子供にしか見えないから! どこか小さな村でヒッソリ。そうすれば教団に見つからない」

「そりゃ、そうだけど」


「リング、ソイ君の心は限界なんだ。なるべく早く、一度お母さんに会わせてあげたい」

「……そうか、実の子じゃないっていうのも……。一気に、一気に降りかかってきてるんだな」


 リングが拳を作る。

「分かった! トラウマから解放された俺も、もちろん協力するぜ!」


 私は首を振る。



「私、一人でやる。赤の家の本部、精鋭部隊の能力、警備の配置も全部把握してる。私一人で大丈夫」

「は? またまた! 俺に協力して欲しいから、こうして話に来てるんだろ?」


「違うんだ、リング。本当に。リングは私に、何かあった時のために、控えてて欲しい」

「嘘だろ? ここまで聞いて控えてるだけなんて! 俺のこと……信用してないのか?」


 リングが悲しそうに私に問いかける。


「本当に違うんだ! リングは凄いよ。海上戦の時も、すごい魔法だった。ちょっと、私……、モヤモヤしたから!」

「モヤモヤ?」

「……、リングに嫉妬したんだよッ!」

「お前が!? 俺に!? ハハハッ! そんなことあるんだな!」


 やっぱり、リングは笑い飛ばすな。何か少しいつもの調子が戻ってホッとする。


「リング、ソイ君の心はもう本当に限界なんだ。このままじゃ、討伐一家に飼いならされてしまう。その時、それを救えるのはリングだけだ。ソイ君の13年間の小さな世界で、お母さんや、村の人、その次に頼れるのが私と、リングだけなんだ」


 リングが黙り込んで、少し考える。


「わ、分かった……」

「それに、10年間のトラウマから、やっと抜けたと思ったら、今度はクーデターって、リングの親父さんのことを考えたら笑えないから!」

「いや、本当に笑えないな!!!」


 私達は、大して面白くもないのに、空元気で、笑い合う。


 大丈夫。


 絶対になんとかする。


 ちょっとはカッコつけさせてね、ソイ君。


 



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