第2話 勇者の正体

 トーリやタツコ達と離れて、討伐隊の人達に連れてかれた先は、広くて綺麗な部屋。


 窓からは、花などが綺麗に手入れされた中庭なんかが、よく見える。


 赤の家の本部って、連行されていく時に討伐隊の人達が教えてくれた。


 隊のお兄さん、お姉さん達も、トーリやリングみたいに優しくて良い人達だった。


 もっと普通の状況だったら、きっと僕は「討伐隊になりたい!」とか言って、魔法の勉強とかも大してしないのに言って、母さんや、村の人達に笑われたりしたんだろうな。


 そう、綺麗な部屋で、みんな良くしてくれても、さすがに僕でも分かる。


 普通じゃない。


 部屋は随分と、高い階にある。


 これは「幽閉」ってやつなのかな?


 部屋の扉をノックする音がする。警備の人が扉をあけて、ピンク色の髪をした威厳のある女性を部屋に通す。


 そう、トーリのお母さん。討伐一家の現当主の女性、リリーさんだ。


 トーリとシュガーのお母さんと分かっていても怖い。


 僕に対して、良い気持ちを抱いてないことは、確かに感じられるから。


 僕は小さな声で挨拶する。


「こんにちは……」


 リリーさんが、軽く頷く。


「今の状況を説明しに来た。お前自身が何者なのか。まったく知らないのか?」


 そう、何も知らないよ。本当に何も知らない。ただ変な剣を抜いちゃっただけなんだから。


「お前が何者かを教えてやる。少し長くなるがいいか?」

「はい……」


 聞きたくなんてない。そう、何も知らない。何も知らないけど、何かの予感はあったんだ……。聞きたくない。けど、僕は頷く。


 この状況を知らないわけにはいかない。


「勇者とは名ばかりで、お前はかつて人々を圧制で苦しめた権力者の直系だ。彼らは竜を使って人々を弾圧した。竜使いの末裔だ」


 圧制、弾圧? 竜使い? 竜使い……シロの顔が思い浮かぶ。

 僕は……シロ側の人?


「苦しめられた人々は魔法を学び始めた。竜使いの圧制から逃れるために、革命を起こすために。魔法の力はどんどん強化され、竜使いをしのぐ勢いだった」


 それが、討伐一家ってことかな。


「焦った竜使い達は、旧型の竜を改良して人食い竜を生み出した。それが、今も人々を苦しめている竜だ」


 今も人々を苦しめてる人食い竜を生み出した人達……。僕が、その子孫……。


 そんな遠い昔の人の子孫だって言われても全然ピンとこない。だから、幽閉されてるの? そんなの僕じゃないじゃないか。そんな昔の話知らない。


「そんな昔の話、関係ないか? 今のお前に大きく関係あるんだ」


 表情から読み取られてしまった。リリーさんは……シロみたいだ……。怖い……。


「人食い竜達は強力で、竜使い達自身も制御できなかった。永きに渡って竜使いと供に戦った旧型の竜さえ襲った。私達討伐一家は、巨大竜を封印し、竜使い達から世界を解放した」


 旧型の竜? タツコは人を食べない。僕はおずおずとリリーさんに聞く。


「タツコは旧型の竜ってことですか?」

「そうだ。旧型の竜は自分達を絶滅においやる原因を作ったにも関わらず、健気に最後の最後まで竜使い達に尽くしたそうだ」


 自分よりも大きな魔物や、人食い竜から僕を守ろうとしたタツコの姿が思い出される。


 タツコはダンジョンで独りぼっちだったって、トーリが言ってた。


 子供のタツコが独りぼっちなのは、タツコのお父さんと、お母さんを人食い竜が?


 僕は胸が苦しくなってくる。


「竜使いを倒したと言っても、巨大竜は封印しかできなかった。そして巨大竜は旧型だ」


 巨大竜は旧型? タツコと同じ……。


「そうだ。あの子供の竜がよく懐いているように、旧型の竜は、直系であるお前が使うことができるだろう。昔の話じゃないことが分かったか?」


 巨大竜が旧型……。タツコと一緒? じゃあ、希望が持てるじゃないか!


「僕! 僕、協力します!!!」

「巨大竜と仲良く暮らすか?」


 そんな平易な言葉で済むものではないと思ってるけど……、僕は頷く。


「旧型は積極的には人を襲わないはずだが、魔物には違いない。子供の竜とは威力が違う。ましてや子供の竜とて、お前以外には噛みつくだろう。そして話はそう簡単じゃない。人食い竜を操る術なるものを生み出した教団がある。その教団は政権交代を狙っている」


 人食い竜を操る……。シロだ……。


「教団は直系の勇者を神としてるそうだ。お前のことだ。巨大竜の力が教団に渡ることだけは避けたい」


 僕は首を振る。


「僕、教団になんて行きません!!! そんな、政権なんて!!! 討伐一家に強力します!」

「本当に、そう言い切れるか? お前は大きな力を手にするんだ。かつての竜使いのようになるかもしれない」


 僕は全力で否定する。


「そんなのにならない!!! 絶対に! 僕は絶対になりません!」


 リリーさんが、小さくため息をつく。

 

「お前が少しは話の分かる子供だと思って言う。……本当にそう言い切れるか?」


 言い切れる。言い切れるよ……。


 だけど…、僕は母さんや村の人、トーリと一緒の時はいつもの僕で、シロと一緒の時はシロの空気に一気にのまれてしまう。


 今はリリーさんの空気に……。


 僕は黙り込んでしまう。


「安心しろ。非人道的な扱いはしない。教育も受ければいい。時には息子達にも会えばいい」

「息子? トーリ達と!? 会っていいの!?」


 僕は一気に顔がほころんでしまう。


 そんな僕をリリーさんは少し驚いて見る。


 そして、「ああ、約束する」そう言うと足早に部屋を出て行ってしまった。


 トーリ……、会いたいな。


 少し前までは、バカみたいに毎日が楽しかったな。


 あんな感じには戻れないのかな……。


 僕は中庭の見える椅子に座って、外を見る。


 タツコ……。もう、どんな顔して会えばいいか分からない。

 トーリ達とも……。


 僕は討伐一家の敵……。シロの言葉を思い出す。


 僕は椅子の上で膝を抱えて、その中に頭を埋める。

 周囲を真っ暗にする。


 僕は……母さんと、父さんの子じゃないんだ。


 ずっと感じてたんだ。母さんみたいな、根っからの良い人じゃない自分を。


 僕は母さんの真似をしているにすぎなくて、本当は、本当は……。


 どこか自分は冷たい、酷い人間なんじゃないかって、感じてたんだ。


 もう嫌だな。


 何も聞きたくない。何も知りたくない。


 もう嫌だ。


 全部、全部、なかったことにならないかな。


 村に帰りたい。 


ーーー


 ソイ君が幽閉されてしまった後、母から説明を受ける。


 幽閉される理由になっていない。


 私は母の書斎に、母を説得しに向かう。机に向かっていた母が、面倒な顔をする。


「また、同じ話か」

「何度だってします。ソイ君を解放してください」


「いい加減にしろ。教団にあの子供が渡ったらどうする気だ。それと……、あの子供にすべてを話してきた」


 母の言葉を聞いて私は憤る。

 

「全部を!? まだ13才の子供なのに? あたなは統率力があると評価されているけど、そうじゃない! 相手を負かしてしまうだけだ! そうやって威圧的な態度で、人を負かして従わせてるだけだ!」


 母がため息をつく。


「遅れた反抗期か。シュガーの我儘はいつもだが、お前の駄々は珍しいな……」

「子供扱いしないでください!」


「そういうところが、子供なんだ。私は私個人である前に、討伐一家の当主だ。時には冷酷にならなきゃいけない時もある」

「私は……、私はあなたのようには、決してならない!!!」

「そうか、そうしてくれ」


 まったく、相手にされない。


「それにしても……」


 母が口を開く。


「それにしても、普通の子供だな……」

「当たり前じゃないですか。13才まで普通の子として、普通に村で育ったんですから」


「そうか……。竜使いの直系という潜入感からの気苦労というか、買いかぶりだったか……。子供自身に強い意志があったら、まずいと思ったんだ」

「? しっかりとした自分の意志のある優しい子ですよ」


「……そうだな。顔を見せてやるといい」

「いいんですか?」

「ああ、そうしてやれ」


 母の態度の変わりように少し驚く。


ーーー


 ソイ君の部屋の扉を開けると、「トーリッ!」と言って、私を見たソイ君の顔がパッと明るくなる。


 駆け寄ってきて、ぶつかるようにして、私の腰のあたりに抱きつく。


 こんな状況になって、嫌われてしまったと思っていたのに。


 こういうことは、恥ずかしがって、母親に対してでさえ、ためらう子なのに。


 不安なんだ……。当たり前だ。


「トーリ! 僕、全部を聞いたんだ! 僕、討伐一家に協力するよ! 変な教団になんて行かない!!!」


 ソイ君が、矢継ぎ早に必死に私に伝えてくる。

 

 すべてを知ってしまったソイ君に、母が伝えていないだろう、大切なことを伝えなくちゃいけない。


「ソイ君、聞いて。当主しか閲覧できない書庫に行ってきたんだ。竜使いの人達は本当に勇者って呼ばれてたんだ」


 ソイ君が不安そうに聞き返す。

 

「……人食い竜だらけにしたのに?」

「その、もっと前。魔物に苦しめられた人々を竜と一緒に守ったんだ」

「でも、その後に人々を苦しめたんでしょ……」


 ソイ君が悲しそうに顔をうつむける。



 このままじゃ、ソイ君の心は……、飼い慣らされてしまう。……討伐一家に。


 母の態度が変わった理由が分かる。


 私は首を大きく横に振る。


「魔物と一緒に恐れられてた竜に歩み寄って、竜と協力し合ったんだよ? 私の目標とする竜使いだよ! ソイ君は私の師匠だよ!」

「僕が? トーリの?」

「そうだよ!」


 ソイ君が私を気遣うように、小さく笑う。少しして、ソイ君の顔が曇る。


「トーリ、さっき当主しか、閲覧できないって言ってたけど、トーリは当主じゃないよね? 僕のために無理してない!?」


 ソイ君だ。こんな状況なのに、私の心配をする。


 ソイ君だ。


 だけど、このままでは、ソイ君がソイ君でなくなってしまう。


 その前に、なんとかしなくては。



 そして、ソイ君が今、この部屋に幽閉されているのは、討伐一家だけで巨大竜を倒す、もしくは封印できなかった時のため。万が一の場合、ソイ君の力を借りれるように。


 だけど、もしも討伐一家だけで巨大竜が倒せる確証が得られたなら……君は……。


 教団に渡る危険性を考えた時、君は……。



 絶対に、絶対になんとか、しなくちゃいけない。





 


 



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