プロローグ

 上枝綾太郎かみえりんたろうの物語は今より始まった。


 最初に彼を襲ったのは爆発だった。身を焦がさんばかりの熱と轟音に煽られ咄嗟とっさに防御の姿勢をとった直後、彼は数秒前まで自宅だった瓦礫の下敷きにされていた。

 上枝綾太郎は震えていた。地に落とされ噛んだ砂が不気味なほどに冷たかった。四方を無機質なコンクリートで封じられ、今にも圧されそうな暗黒の閉塞感に恐怖を覚えていた。背後からせまる火の手に殺意を覚え臆面もなく逃げ惑う彼の姿は、一種の生存本能に駆られる生物だった。

 彼は無駄な思考をせず、ただ眼の先に見える光を求めて振り絞った力で這っていた。

 

 永遠にも思える時間を地に腹這いになりながら、手負いの獣のように前へ前へと手を伸ばす。

 ついに、彼の指先を風が撫でた。

 彼は久方ぶりの外の世界を目指して、塵埃に塗れさせた手を伸ばす。


 瞬間、伸ばした手が強い力で引き寄せられた。

 「こっち!」

 そんな声が聞こえた気がして、彼は声に導かれるがまま力に従い、必死に外の世界へ出でようと藻掻もがく。


 彼の体は岩山から引き出された。肺腑一杯に空気を満たそうと息を荒げる彼の視界には、下の惨状など知ったことかと言わんばかりの、煌びやかな星月夜が彼を見降ろしていた。

 そして字面の通り、彼を見降ろしていた存在が一人。


「生きてる……よね?」

 綾太郎は声の主を見つめ、そして眼を離せなくなった。

 姿は変哲のない少女だ。背丈も彼の胸元程度しかない、衣類もワンピース一着を着流しただけ。だが彼の眼をいたのはその〈色〉。

 少女には〈色〉がなかった。

 肌はもちろん毛髪から瞳、爪の先も含めて、全てが。真っ新な紙に線で下書きしただけの存在がそのまま現れたような、一切の色彩がない少女がそこにいた。


「あなたが上枝綾太郎ね」


 何故少女が自分の名前を知っているのか、そもそも少女の体は何故白いのか。彼はそんなことより、自分が岩の隙間から見ていたのはこの彼女の光だったのかと、内心で納得していた。


「私の名前はサラ。あなたに、お願いがあるの」


 少女が手を差し伸べる。世界から不自然なほど浮いて見える彼女は、夜という覆いの中で一際輝く月輪に似ていた。


「この世界の『ライトノベル』を奪う、怪盗になって」


 彼は少女の一切の陰りがない手を取る。上枝綾太郎かみえりんたろうの物語は今より始まった。


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神へのぞむライトノベル 私誰 待文 @Tsugomori3-0

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