第2話 期末テスト


 鏡に映った自分の姿を見て、神喰かんじきマリは大きなため息をついた。


 パパにやってもらった三つ編みハーフアップ。

 これだけでやる気は上がる。

 顔のどこにもニキビはない。

 試験勉強だってやれるだけのことはした。


 だけど、

 ——目が異様なまでに血走っている。


 白を基調としている制服を着ると、その赤さがより強調されてしまった。


 日課となっていた鏡を使った笑顔練習も今日はやる気が起きない。

 目がただ充血しているだけでなく、ずきずきと痛む。


 マリは思わず口ずさんだ。


「ついてないな~。期末じゃなかったら休むのに」


 その言葉に反応したようにマリの父——神喰かんじきユウキがぬっと鏡に姿を映らせた。


「マリ、大丈夫か? 目の痛みひどいんだろ?」


 マリは鏡越しにユウキを見ながら頷いた。


「ありがと、パパ。でも行くしかないから。ね、見てみて」


 マリは両手で自分の眼を開いてユウキに見せた。


「赤いだけじゃなくて、紫っぽくない? そこが気持ち悪くて嫌な感じ」


 ユウキは眼を見開いてマリの眼を真剣に見つめた。


「そうだな、ちょっと紫色だ」


 ユウキの眼がわずかに潤った。


「大丈夫?」マリは首をかしげた。「声震えてるよ」


 ユウキは笑顔でこたえた。


「大丈夫だよ」


 いつものパパの笑顔。

 だけどなんだろう、どこかぎこちない。


 少し気にはなる。しかし、もう家をでなければ間に合わない。


 マリも笑顔でこたえた。


「それじゃ、いってくるね! 帰ってきたらなんでそんな顔したのか教えて」


 ユウキはどこか悲しそうな瞳で苦笑した。


「ああ。気をつけて、いってらっしゃい」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 今日のテストは3限でおわり。

 学校に残って勉強する約束をしていた2人、マリと石山あずさはお弁当を食べていた。


 あずさがおどけていった。


「目はどう? 邪眼覚醒しちゃった?」


 マリは少し首をかしげて答えた。


「うん」マリは目にそっと触れる。「だいぶ痛みはひいたよ」


 後半部分はわかんなかったか。


 中二病を患っている自覚症状をもつあずさはそう思いながらマリを見た。

 脚はすっきりと長い。

 肌は卵のようにつるんとしている。

 ゆるい内巻きのロングヘアに小顔が縁どられていた。


 しかも今日はハーフアップ。

 おじさまにやってもらったのだろう。

 あいかわらず、マリのためならなんでもできる人だ。


 お弁当もいつもどおりおじさまのお手製。

 マリは一口ほおばるたびに破顔して、幸せそうに食べている。

 その姿がなんとも愛らしい。


「マリってほんと、赤ちゃんみたいで愛くるしいよね」


 マリはほんのり頬を赤く染め、口をとがらせた。


「もう、またこどもあつかいしてる」

 

 その反応がおこちゃまなんだよな~。

 あずさは思わずにやにやしてしまう。


 マリはジト目であずさを見た。


「悪い顔してるね」


 あずさはにんまりとして答えた。


「いや~。マリちゃん・・・は本当にかわいいなって思ってさ」


 マリはその言葉を聞き流し、お弁当にはしを運んだ。


 これくらいで膨れっ面になっちゃって、マリってホント面白いな。


 あずさはマリが目玉焼きを食べているのを見ていった。


「おっ。おじさま特製目玉焼きね。ほんと才能よね。たかが卵がなんであそこまでうまいのか」


 以前マリの家で食べたときは感動して涙が出そうになったほどだ。


 マリは父親が褒められたことですぐに機嫌を直した。


「だよね! 黄身は半熟だけど、裏側は焦げつくくらいしっかり焼かれている。その焦げの部分と半熟の黄身を混ぜ合わせていただくこのハーモニー。パパにしか作れないよ!」


 マリは口の端からほんのりよだれを垂らしながら力説する。


 それを見てあずさは肩をすくめながらも、思わず微笑んでしまう。


「もう、本当にパパが大好きね。いっそのこと目玉焼きと結婚すればいいんじゃない?」


 マリは一瞬考えるそぶりを見せ、また口からほんのりとよだれを垂らす。


「パパの目玉焼きならありかな」


「いや、ツッコめよ」


 あずさは思わずマリにチョップをくらわした。


「そこは、『パパじゃなくて!? いや、パパでもダメだけど』とかいうところでしょ」


 きょとんとするマリを見て、あずさは嘆息した。


 おじさまのことと食べることに関しては本当にぶれないなあ。

 それにしても天然のボケ殺しはやめていただきたい。

 ひとりで道化になってしまうではないか。




 お弁当も食べ終わり、おしゃべりも堪能した。

 そろそろ勉強しようとなったとき、マリはお弁当を鞄にしまおうとした。

 しかしマリが椅子ごと倒れ、けたたましい音が響く。


 椅子に足でもひっかけたのだろう。相変わらずだな。

 あずさはそう思いながらマリに声をかけようとした。


「ちょっと、だいじょう……」

「あああああ!」


 マリの絶叫が、あずさの声を遮った。

 あずさは急いでマリに駆け寄る。


「いっいいいいいい!」


 マリが両目を手で抑えてうめき転がった。

 暴れすぎていて、うかつに近寄れない。


「誰か、先生よんで! 早く!」


 あずさは、教室に残っていた生徒に大声で懇願する。


 マリの身体はまるで痙攣しているように、ときおりびくんと跳ねていた。

 絶叫はさらに大きくなる。


 声になってなってないけど、何かを言おうとしている?


 マリと目が合う。

 真っ赤に、いや紫色に充血している。


 激しく動いていたマリの身体がピタリと止まった。


 「あ……ずさ。かが……? だいじょ……」


 その言葉を最後にマリは気絶した。

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