第4話 ユニコーン

 がしゃん、という音とともに化け物の口が閉じた。


 ぼきり、と骨が砕ける音が連続して響く。

 その音とともにマリは後方に飛ばされていた。


 一方の化け物も、マリとは別の方向に吹き飛ばされていた。


 化け物から遠く離れた場所に一瞬で到達したマリ。

 それをもたらしたのは巨大な人型機動兵器だった。


 白をベースに金色の装飾がほどこされた美しい機体。

 鋭く巨大な角が頭部から伸びていた。


 その機体の腕にマリはぶら下がっていた。


「あ、うあ」


 マリから漏れ出る音。

 わずかに身じろぎしているのは、なんとか逃げ出そうとする意志の現れだろう。


 機体の中からそれを見た早川まもるは、急いでマリに声をかけた。


「ごめん、暴れないで。僕は味方だよ」


 その声が届いたのだろう。

 マリは動かなくなった。

 

 強い人だ。守は素直にそう思った。 


 片腕を喰われ、あばらがいくつも折れているにも関わらずこの状況を脱しようと動く。


 僕だったら、痛みでそれどころじゃないだろうな。


 守が沈痛な面持ちでマリに見入ってしまったとき、目の前にホログラムのように現れる精霊——サタン。

 頭に2本の角が生えた美しい女性の姿だった。


『守、早く。このままじゃ死んじまう。あんたがやらないならアタシがやるよ』

「ごめん、サタン。

 任せてもいい? 手元が狂いそう」

『はん。情けないね。

 まあ、意地を張らないところは褒めてやる。ユニーの制御を渡せ』


 マリを抱えていた人型機動兵器ユニーの腕の一部が開く。

 出てくるのは複数のマニュピレータ。

 その中の一本は注射器を持っていた。


 マニュピレータは素早くマリの頭部を抑え込み、くびすじに注射器を指して中の液体を注入した。


 直後、マリの身体が跳ね上がった。

 その勢いでユニーの腕から落ちてしまったマリをサタンは地面すれすれでなんとかキャッチする。


『あっぶな……』

「サタン。これは……大丈夫なの?」


 ユニーの掌の中でびくびくと痙攣するマリを見て守は不安を隠すことができない。


『あー。たぶん、大丈夫だよ。

 アタシの眼には馴染んでくのがわかる』

「らしくないね。たぶん・・・だなんて」

『……こんな方法で宿るなんて初めて見るからな』


 精霊の本体は精神体であり、物理的な制限を受けることはない。


 宿主に入るときも、直接その魂に語りかけ肉体に入っていく。


 わざわざ注射器の中の液体と混ざって宿主の肉体に入る必要などないのだ。


『アイツはだいぶ弱ってた。

 アタシも百万年くらいは声を聞いてない。

 だからなのかもな』

「ひゃ、く、まん?」

『気にすんな』


 サタンは、はっと気づいたかのように視線を機体の外に向けた。


『守。ヘイムダルが動き始める。この子は置いて。応戦だ』

「彼女……目覚めないかな?」

『こんな瀕死のやつを頼ろうとすんなバカ』

 

 大きく嘆息したサタンはユニーを操作する。

 マリをガレキの少ない場所におろし、守に制御を渡す。


『守、まず離れよう。余波だけでアイツが混ざりにくくなる』

「うん。早く戦えるようになってもらわないと」

『……なっさけないね~』


 守は、ユニーを操りその場をそっと離れた。


 新たな場所に陣取ったと同時に、ヘイムダルが動き出した。

 駆けてくるヘイムダル。

 ユニーも相対して走り出した。


 その勢いのままかち合う。

 ヘイムダルが伸ばした触手とユニーの右腕が衝突する。

 触手はわずかに壊れるものの、すぐに再生。

 再びユニーに襲いかかった。


 守はユニーを巧みに操り、触手を左腕一本でいなす。

 そのまま触手をつかみ、強引に投げ飛ばした。

 轟音とともにヘイムダルは地面を削りながらとんでいく。


『守さ、センスの塊のくせになんでそんなビビりなわけ』


 サタンは片手で額を抑え、あきれ顔だ。


「だって、こわいものはこわいから」

『まあいい。明星みょうじょうを使わないかい?

 アイツ頑丈なタイプだよ。他のが出てくる前にすませたい』

「調整、済んでたっけ?」

『うんにゃ。

 ただ悠長なことしてたら、あの子に危険が及ぶよ。

 後悔ってのはね、全力を尽くさないほど強くなるもんさ』


 そう話すサタンは苦虫でも潰したような顔をしていた。


 迷うまでもない。

 最悪、武器ひとつ失うだけだ。

 なにより、武器を使えば恐怖は薄れる。

 サタンの提案は、守にとっては予想外の幸運だった。


「サタン。生成イメージ手伝ってくれる?」


『あいよ! そうこなくっちゃ』と、サタンは拳で自分の胸を打った。

『フェムトマシンの圧縮率を変更。

 畏怖断刀“明星みょうじょう”生成。

 未調整っても、こいつ1体くらい問題ない。思い切りいけ』


 巨大な刀が人型機動兵器ユニーの手の中に形成されていく。

 外装甲とはまったく異なる配色。

 銀色に鈍く輝く黒色の刀。


 明星が生成された直後、ヘイムダルの唸り声が響く。

 地震のように、底から這いあがってくる低い声。


『ははっ。やっこさん、そうとうお怒りみたいだ』

「あれに感情なんてあるの?」

『あるのさ。やつらはある意味、人間の鏡なんだから』

「……あれが僕らの代表か。あいつらだけでやりあってくれればいいのに」


 守は心の底からそう願う。

 できることなら、戦いはすべて誰かにやってもらいたい。


 サタンは「ふんっ」と鼻を鳴らしいった。


『ま、アタシに宿られたのが運の尽きだね。

 それに、あんな雑兵じゃあたしたちの代表のか、あちらさんの代表かわかりゃしないさ』


 守は慌てて答える。


「感謝してるよ。サタンがいなきゃ僕は死んでた」


 サタンの頬と口元がわずかに緩んだ。


『くるよ』


 ヘイムダルがユニーに向かって突進してくる。

 明星を手にしたユニーも地を蹴り、ヘイムダルへと接近した。


 接敵した瞬間、ユニーはそのまま横薙ぎの一閃を放つ。


 ヘイムダルの身体が上下に切断される。

 しかし磁石の反発のように飛び上がったヘイムダルの上半身から触手が伸びて、下半身と再び結合しようとした。


「種は上半身ってことかな」

『だな。じゃあ、ちゃっちゃと切り刻もうか』


 横薙ぎの勢いで距離をあけていたユニーは、すぐさま反転した。


 ヘイムダルの身体がつながる前に再度上下を分断。

 上半身に追いうちをかける。

 唐竹から返す刀で切上げ、袈裟斬り。

 芸術と呼べる域の斬撃を縦横無尽に繰り広げた。


 サタンがぼやいた。


『もったいないね。これで性格が追いつきゃあもっといけるのに』


 切り刻まれたヘイムダルの破片。

 その一部に巨大な楕円体が埋もれていた。

 それは、まるで脈動の様に緑色の発光を繰り返していた。


 視界に楕円体を捉えた守はつぶやいた。

「あった。これが種だよね?」

『いちいち確認すんな。ちともったいないが、さっさと壊そう。再度咲かれても困る』


 ユニーは種に明星をつきたてた。

 傷口から太陽と見まちがえるほどの激しい光があふれでる。

 光の輪が一瞬で同心円状に広がり、ビデオの逆再生のように収縮。

 落雷のような轟音とともに種は崩れさった。


『よしっ。さっさとアイツの所に戻るぞ』

「うん。サタン、明星は……」

『! まずい。タイプαアルファの反応を多数確認。アイツの近くだ』


 サタンは守の声を遮って告げる。

 その声の中には明らかな焦燥が混じっていた。

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