第3話 狭間の世界
身体が重い。
けど、目の痛みはなくなった。
そんなことをぼんやりと思いながら、
なんで、空が見えるの?
あずさはどうなったの?
目が強烈に痛みだしたと思ったら、あずさを切断するかのように走った空間の亀裂。
続けざまに響いた、鏡が割れるような音。
いったい、なにが起きたの。
まどろむ思考を十分ほど続けたあと、ようやくマリの意識は明確になってきた。
地面に横たわっていた身体を起こす。手には土の感触。
見渡すと、すべり台とブランコが目に入った。
「公園?」
まぎれもなく公園だった。
なぜこんなところにいるのか見当がつかない。
とにかく動かないと。
だれか探そう。
そう思考を切り替えたとき、はたと気づいた。
「——音がない」
この状況の異様さに拍車がかかる。
口から紡がれた言葉だけが虚しく響いた。
直後、静寂を破るかのように甲高い音が鳴った。
キシャッ……パリィン。
鏡にひびが入り、そのまま砕け散ったような音。
音の方を見ると、遠い空間の一部に亀裂が入っている。
そこから出てくる白い物体。
「あれは……足?」
まるで獣の前足のようなフォルム。
けれど決して動物ではない。
機械のように見える。
足だけでマリの身長をゆうに超えるほどの巨体。
目の前の光景にくぎづけになっていたマリは自分の顔を両手でたたいた。
逃げないと。
あれはきっとよくないものだ。
漠然とした不安がマリを襲い、その場から逃げようと身をひるがえした。
逃げようとした視線のその先。
そこでも空間に亀裂が入った。
同じような白い巨体の一部が見える。
動物というより昆虫を連想させるフォルム。
マリはすぐさま別方向に駆けだした。
そして2体の白い巨体はその全容を現す。
刺々しいフォルム。
白い巨体の全身に這う回路のような線。
線は緑色にちかちかと光っていた。
獣型は虎に似ていた。
頭部が異様に大きい。
昆虫型は蜘蛛のように見えた。
頭部が異様に小さい。
目は共通していた。
頭部の半分を占める巨大な目。
目の中にある複数の瞳。
ルビーに似た深紅色の瞳が不規則にせわしなく動いていた。
出現した2体の化け物はともに駆けだした。
2体は一瞬でその間合いをつめ、マリの後方上空で衝突。
牙や爪、触手のようなものを動かして互いを削りあった。
「——!?」マリは巨体が衝突して発生した突風によって10mほど吹きとばされ、背中から地面に倒れた。
上空から、余波で吹き飛んだガレキが降り注いでくる。
マリは身をぎゅっと固めた。
ガレキが砕け散る音が響いた。
運よく直撃はなかった。
しかし、破片により全身が打たれた。
全身、傷だらけでホコリにまみれた。
マリは小さくため息をつく。
よかった。
死ななかった。
運がいい。
なんとかこの場を逃げ出そうと身体の状態を確かめる。
左腕の傷が一番大きい。
脚は大丈夫。
これなら走れる。
足音を気にする必要はなかった。
化け物どうしの激しい戦いは、マリの足音などかき消してくれる。
どのくらい走ったかわからない。
ただ、化け物はもうだいぶ遠くに見える。
マリは化け物から見えないように身を隠し、深く大きなため息をついた。
「パパ……。助けて」
叶わぬ願いとわかりながらも、祈らずにはいられなかった。
息をついたのも束の間、大きな断末魔が聞こえた。
化け物の声。
決着がついたんだ。
残った化け物が吠えている。
けれど、ただの叫び声ではない。
何か意味を持っているような——。
“マァァァ……リィ“
ちがう。
たまたまだ。
そう聞こえただけ。
“マリィィィ……”
マリは、両手で耳をふさいだ。
しかし、化け物の声を遮ることはできなかった。
幾度となく叫ばれるマリの名前。
狙われている。
確信したマリは、自分の顔を両手でたたいた。
心で負けちゃだめだ。
逃げよう。
走るんだ。
「っは……っは、は」
息を切らしながらマリは必死に考える。
どこに逃げればいい。
建物の中に隠れる?
だめだ。
建物ごと壊されたら確実に死ぬ。
でも、地下ならもしかして。
その思考もむなしく、また甲高い音が鳴る。
キシャッ……パリィン。
「——!?」
マリは喉から漏れでる声を必死に抑えこむ。
——あの音だ。
鏡にひびが入り、そのまま砕け散ったような音。
また増える。あの化け物が。
マリはとっさに近くのガレキに隠れた。
空間に生まれた亀裂。
その亀裂からゆっくりと巨体が湧いてでてくる。
さきほどの2体とはまた違う形だった。
白い巨体の全身を這う緑色のライン。
植物に人の足がはえたかのような生理的嫌悪をもよおす外見。
花弁の部分にあるのは巨大な深紅の瞳。
嗅覚があるのだろうか。頭部をすんすんと動かし、においを探っているかのようだ。
“マァァァ……リィ”
機械音と獣のおたけびがないまぜになった音。
その中に、ハッキリとわかる。自分を呼ぶ声。
——なんで、私なの?
まだ気づかれていない。
そう信じながら、マリは次の逃げ場所を考えた。
「——?」機械音がぱたりとやんだ。
いなくなった?
確認したい衝動が湧きあがる。
見てはいけない。頭ではわかっていながら、見えないことの恐怖に勝てなかった。
マリはガレキの横から顔を出す。
顔を出した瞬間、時が凍ったように感じられた。
マリの姿が深紅色の瞳に映っていた。
「い……いやぁぁぁ!」
叫ぶことしかできないマリ。
白い巨体は容赦なく襲いかかる。
反射的に突きだされたマリの右手。その肘から先が一瞬で無くなった。
熱い。
痛みより強烈に感じる熱さ。
次の瞬間。
白い巨体の大きな口が見えた。
マリの顔には恐怖が張り付き、目は涙でにじんだ。
「パパ……」
——がしゃんという音とともに化け物の口が閉じられた。
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