第6話 復元される右腕
漆黒の人狼は再び咆哮をあげた。
呼応するかのように7体のヘイムダルが攻撃を開始。
爪、牙、触手、溶解液、レーザー、多様な攻撃が一斉に漆黒の人狼を狙った。
漆黒の人狼は大地を蹴り、近くにいた一体のヘイムダルに膝蹴りを加えた。
そのまま、そのヘイムダルを踏み台にして距離をとった。
ヘイムダルを見据える漆黒の人狼。
その視界には7体のヘイムダルすべてを捉えているだろう。
漆黒の人狼は大きく左腕を振りかぶった。
その腕はガムのように伸び、鞭の様にしなった。
7体のヘイムダルを横切るようにして放たれた腕の一閃。
あるものは吹き飛ばされ、べつのものは身体を抉られた。
ただし傷は浅かった。
一体も倒れることはない。
即時再生がはじまった。
漆黒の人狼は再生する様子を頭部だけ前に突き出し眺めていた。
それも束の間、再び大地を蹴ってヘイムダルに突撃した。
向かう先は豹型ヘイムダル。
豹型に対して、ないはずの右腕を振り下ろした。
——当然、何も起きなかった。
それに動揺したのか。
中空で右腕があるはずの虚空を見つめ、わずかに首を揺らしていた。
その隙をつかれ、漆黒の人狼は豹型の前足によって大きく吹き飛ばされていった。
『……おかしい。
腕がないことすら気づいていなかったとでも?』
「サタンもそう思った?
あれ絶対彼女じゃないよね。
気づかないなんてありえない。
……ってことは、精霊?」
『アイツの力は感じる。だが弱い。
あんな戦闘はできないだろう。
それに、身体の欠損を見逃すはずがない』
じゃあ誰が?
守はそう口にしようとしたが心の中に押しとどめた。
答えを知っているならサタンが教えてくれる。
それがないということは、わからないのだ。
この状況に魅入っているサタンの思考を不必要に遮るのはためらわれた。
一方で、戦闘の状況は悪化する。
豹型は漆黒の人狼に追い打ちをかけ、他のヘイムダルもそれにつづいていた。
滅多打ちにされる漆黒の人狼。
飛び散るネメシス装甲。
漆黒の人狼は激しい暴力に、ただ身をゆだねていた。
『っく。仕方ない。守、たすけ……』
「っつ!」
サタンが叫ぶと同時。
守はユニーを繰り、遥か
守は反射的に身の危険を感じた。
その原因は急激に膨らんだ禍々しい殺気。
殺気の主は——漆黒の人狼。
守がインフィニティによって感じる激しい怒り。
それはまるで火山の噴火のようだった。
地響きのような声をあげながら、漆黒の人狼は動き出した。
身体を跳ね起こし、勢いのまま豹型に襲い掛かった。
他のヘイムダルから放たれるあらゆる攻撃を無視。
ネメシス装甲を削られることなど意に介していない。
獣が獲物に喰らいつくかのようだった。
漆黒の人狼はの左腕が豹型の首元に
完全に狼の頭部であるそれは、そのまま豹型を喰いちぎった。
そこからは無惨だった。
ひたすら繰り返される獣の暴力。
口と左腕により喰い千切られていく豹型。
再生はとても追いついていなかった。
そして、緑色に輝く楕円体が飛び出てきた。
漆黒の人狼は、その楕円体をくわえた。
ば、きり。
巨大な音が響いた。
そして続く咀嚼音。
漆黒の人狼の口からあふれ出る巨大な光。
わずかに頬を膨らませるも、光を完全に抑えこみ、飲みこんだ。
その瞬間、黒板を爪でひっかくような不快な音が世界を包んだ。
「……ぐっ!」
『あ、ああああああああああああ!』
守は耳をふさぎその場に伏した。
サタンは頭を抱え、苦しんでいた。
ヘイムダルたちも、この音に苦しみ身悶えしていた。
サタンは守の存在を忘れたかのように何もない虚空を見ていた。
口をだらしなく開け、苦悶の表情を浮かべながらいった。
『——こ、れは魂の産声……いや逆か? どうやって……。
干渉した? いや、アタシたちが定義された魂に干渉する権限は……』
——サタンがここまで困惑するなんて。
サタンの心の動揺をダイレクトに感じた守は、逆に冷静さを取り戻していた。
そして、漆黒の人狼を観察する。
「えっ……」
守は目を見張った。
「右腕が、ある」
『…ああ!?』
サタンは漆黒の人狼を見て固まった。
漆黒の人狼は右腕がちゃんと動くことを確かめるように拳を開けたり閉じたりしていた。
『あり、えない。踏み入れたとでも……』
サタンの狼狽した声。
守にはそれが理解できなかった。
「……たしかにすごいけど。
ネメシス装甲で右腕をつくっただけじゃないの?
明星と同じようなものでしょ」
『大違いさ!
あれはネメシス装甲でただ欠損を補ったわけじゃない!
本物の右腕が——人体が復元されている』
「フェムトマシンの義手ってあったよね?」
『ちがうんだ!
あれはそんなものじゃない。
魂が繋がっている。アタシには見える』
「……精霊って、すごいね?」
『バカ!
精霊の力じゃない。
可能性が失われたものを元に戻すことなんてできるわけないんだ』
「そう、なの……」
わからなさすぎて、なにも返すことができなかった。
そして感じる。
目まぐるしく変化するサタンの感情。
混乱と疑惑、その中に生じる懐古心。
失望と諦念、それを覆すような歓喜。
——なんなんだ、これ。
あまりに入り乱れる感情に当てられ、守はめまいを感じた。
しかし、そのめまいはさらに悪化する。
種を喰らい終わった漆黒の人狼。
再び響く雄たけび。
守はその中にあるいくつもの感情を受け取ってしまう。
怒りと哀しみ、そして……懺悔?
守がそれらを感じたとき、ヘイムダルが動きを取り戻し、一斉に漆黒の人狼へと襲いかかった。
漆黒の人狼は、激しく繰り出される攻撃を圧倒的な速さで打ち落とした。
まるで両腕にいる漆黒の狼が踊り狂っているかのようだった。
漆黒の人狼が口を裂くように、にいっと笑った。
そこからは、蹂躙だった。
ヘイムダルの身体が見る間に喰い千切られていく。
再生など、とても追いつかない。
6つの緑色に発光する楕円体が宙を舞った。
漆黒の人狼は楕円体をつぎつぎと殴り壊した。
巨大な爆発が連続して起こる。
それはさながら花火のようだった。
守はただ茫然とそれを見ていた。
「は、はは。なにこれ」
『なあ』サタンの声がユニーの外へと響いた。
『アンタなのかい? ベルゼブブ』
サタンの問いに答えるように、漆黒の人狼はユニーに向きあった。
『なあ、ベルゼ……?』
漆黒の人狼は急にその身を縮ませた。
それは、四足獣が獲物に襲いかかる直前の姿。
弾丸のように放たれた漆黒が、ユニーへと迫ってきた。
覚醒神化 デジャイヴァー ~並行世界を喰らいあう機動兵器は、精霊と科学技術の結晶~ 椿堂 もぐら @chindo_mogura
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