諦めと希望~親友の場合~
美環が眠りに落ちたのを確かめてから、鷹乃は深く息をつく。美環が飲み残したワインを呷りながら、だらしない彼女の寝姿を見つめる。
「……勘弁してよ、ほんとに」
結婚式の前に泊まりで飲みに行きたい、と美環に言われたとき。了承しながら、「もうこうやって飲むのも最後だね」という言葉を準備していたのに。今日の美環に言われたのは正反対だった。
美環も鷹乃、ずっと仲いいよね、お互い大好きだよね、と。共通の知り合いはみんな言うし、外から見ても、美環から見てもそれは間違いない、けれど。
鷹乃にとっては違う。だって、みんなが思うのは友情で、私にとっては恋愛だ。友情だってあるけれど、それ以上に性愛だ。
美環の前で鷹乃が、くっつかれると邪険にするのも、酒を入れないのも、衝動を抑えるためだ。女子の友人間に特有の狭いパーソナルスペースに甘えて性の領域まで押し入る、そんな自分は許したくなかった。
もう距離を置こうなんて、こんな内心で付き合うのは駄目だって、何度も思った。それでも美環を放っておけなかった。一生懸命なのにどうにも不器用で、人の悲しみには敏感なのに悪意には鈍感で。放っておくと社会の闇に呑まれそうな美環の手を、ずっと引いてきた。違う進路になっても、できるかぎり美環の周囲に目を配ってきた。
鷹乃が独りでも――男に頼らなくても生きていけるような進路を選び、登り続けていく中で。美環は少しずつ、誰かと生きていく道を目指すようになった。結婚を前提に付き合いを始めたと美環から聞いたとき、鷹乃が安心したのも確かなのだ。
彼の夫は。魅力的かはともかく、穏やかな人だというし、収入も実家も盤石そうだ。ロマンチックな幸せは薄くても、きっと不幸にはならない、そんな人だ。
それでいい。社会での強さを追い求める、鷹乃のような生き方だけが幸せじゃない。面倒臭くて古臭くて、けど温かくて強固で尊い家族の在り方、それだって幸せだ。
けどね。本当は、どんな優しい人だろうと、美環が男に抱かれるのなんて嫌なんだよ。私の手が届かなくてもいいから、誰にも触れられてほしくないんだよ。
だから、結婚式を区切りにするつもりだったのだ。綺麗な晴れ姿を目に灼きつけて、祝福して、片想いは終わり、そうするつもりだったのに。
ずっと友達でいてね、と。
友達。それ以下にならないための祈りで――それ以上だなんて思いもしなくて。
人の気も知らないで、と思いたくもなるけれど。断れないのだ。
彼女の隣は。叶わなくて、もどかしくて、それでもずっと楽しくて心地いいのだ。
結婚は、恋の終わり。鷹乃にとってもそうなのだろう。
それでも。夫婦より、きっと恋より、大切で心強いと美環が思ってくれるふたりの関係だって。ちゃんと幸せなのだろう。
「わかったよ。
病めるときも、健やかなるときも。そんな誓いが役に立たなくなっても。
ずっとそばにいるから」
何十年か先。やらなきゃいけないこと全部やったし、女どうしで気楽に暮らそうか、なんて言い出せる自分ではいよう。
バージンロードは恋の終点 市亀 @ichikame
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