バージンロードは恋の終点

市亀

諦めと希望~新婦の場合~

「結婚はゴールインじゃないよねって、前に鷹乃に言ったじゃん?」


 彼との挙式を数日後に控えたある夜。親友の鷹乃たかのの部屋でワインを揺らしながら、美環みわは語りかける。


「なんだっけ、ゴールじゃなくてスタートだろって話でしょ?」

 答える鷹乃の手にはノンアルコールビール。彼女は酒が苦手らしく、自宅であっても序盤しかアルコールを入れない。それなのに、酔ったまま管を巻く美環にずっと構ってくれるのだから、つくづくありがたい親友だ。


「そうそう。けどさ、結婚がゴールっての、見方によっては正解なんだよね。目標達成、とは別の意味で」

「何それ」

 独身の鷹乃に「新婦」が言うことじゃない――という思考が頭を過ぎるが。鷹乃は結婚できないんじゃなくて、結婚しないことを積極的に選んでいる人間だ。


「大事な人と結婚してさ、籍が同じになってさ、色んな権利が手に入る、世間にも認めてもらえる。けど……全部がそうじゃないけど。大体の場合、それって恋の終わりだと思うの。仲悪い姿しか知らないうちの両親みたいに、さ」


 つらつらと語る美環を前に、鷹乃は顔を曇らせる。

「……彼と何かあったの?」

「いや、喧嘩とかモラハラとか、はっきりしたのじゃないんだけど」

 鷹乃を安心させるように髪を撫でる。美環よりもずっと優秀で自立した女性なのに、心配そうな表情には出会った頃のあどけなさが覗くのだ。


「入籍して式挙げて、となるとさ。色んな皮が剥がれてくるじゃん。今まで繕ってた雑さが見えたり、お互いの家族との付き合いも深くなるし。今ちょっと気になる部分が積み重なって、嫌いが芽生えて、そうやって冷めていくんだろうなって分かるし。子供できたら、もっと忙しないんだろうし」


 改めて口に出すと、なんて平凡な悩みなのだろうと思ってしまうが。

 平凡でも、地味でも、人生最大であろう晴れの場に水を差すには十分な違和感だ。


「鷹乃みたいに、ちゃんと強くなれた女じゃないから。何もかも人並み以下だった私には勿体ないくらい良い夫だって分かるし、この人となら子供持てそうって思うし、みんな祝福してくれるの嬉しいし。何より、結婚まで辿りつけて安心してる。

 けど、やっぱりこれから、少しずつ冷えていくから。いつか、うちの親みたいに、ネットとか職場で聞く愚痴みたいに、好きは嫌いに追いこされていくんだって、思うの。

 だから、結婚は恋の終わり、恋人のゴール。夫婦っていう、社会の一部に変わる瞬間」


「……全員が冷え切っていく訳でもないでしょ。ずっと心地いい間合いの人とか、こじれかけたけど却って絆が深くなった人とか、知ってるし」

「私も知ってるよ。けど、私はそうなれないんだよね……好き嫌い以前に、結局、他人だって思っちゃうから。根っこが違う、っていうか……まあ性別違うから当たり前か……」

「美環、変な酔い方してるでしょ」

「知ってる、けど変な酔い方させてよ鷹乃の前でくらい。家じゃやりにくいし」


 夫の前よりも。それこそ、両親の前よりも気を抜けるのが鷹乃だった。中学で出会ってから十年間、正反対の道を歩みつつも、ずっと親友でいてくれた彼女だ。


 酒量を見かねてか、本格的に片付けを始めようとする鷹乃。その変わらなさが愛しくて、背中から抱きつく。


「なに美環、動きにくいんだけど」

「これからさ。彼とどんな夫婦になってもさ。鷹乃がこんなに好きなの、ずっと変わらないと思うんだ」

「……なに急に?」

「だから。妻になっても、お母さんになっても、ずっと友達でいてねって言ってるの。こうやって飲んだり、海外旅行もしたいじゃん。鷹乃なら英語できるし海外詳しいしさ~」

「他力本願な……まあ、絶縁宣言されない限り友達だよ、当たり前じゃん」

「えへへ。鷹乃、だいすき」


 頭を撫でる鷹乃の手が、何より安らぐ温もりが、とろんとした脳をさらに溶かしていき……


「こら、寝るならベッド行け!」

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