蛇足 その夜の女子会? お悩み相談編
マリアに今日の卒業パーティーのことを
「いや、私もはしゃぎ過ぎたわ。何だかんだで、
私、すごく嬉しかったから、とにかく気持ちがウキウキして、自分が空を飛んでるんじゃないかってくらい浮かれてたみたいだわ」
喉が渇いたのと、少し落ち着くために紅茶を入れる。
紅茶を入れながらマリアに私の気持ちを話す。
「でもね、私、今日のように
私と
それでかな、自信がないの。
私は婚約してから段々
でも、
マリアの前に紅茶の入ったティーカップを置き、私はティーカップを持ちマリアが座っている長椅子に並んで座った。
「私と
結構長いけど、実際に一緒に居られた時間って、学園入学後のこの2年くらいよ。
私は婚約後は殆どハールディーズ領で、お母さまがずっと私に付きっ切りで淑女教育を施していた。
フライス村に来ている
社交シーズンもハールディーズ家は王都のタウンハウスにはほとんど行かず、遷都以降は王家のパーティに招待された時だけ出席していたくらいだから、全部合わせても3年とちょっとくらいしか一緒に過ごしていないの」
私は紅茶を一口飲み、喉を潤してローテーブルにカップを置く。
「マリアの方が、
だから正直に話すと、
マリアには、
だって、私にはそんな様子ほとんど見せてくれないんだもの。
結局一緒に過ごした時間が長いマリアの方が、
ああ、私、マリアが
普段、マリアに対してそんなこと思ったこともないのに。
さっき、帰りの馬車での話を聞いて動揺したのって、そういうことなんだ。
「ジャニーン様がそんなことを思ってらっしゃるなんて、意外でした」
「そう? 私、積み重ねてきたことには自信を持てるけど、そうじゃないことだと全く自信がないのよ。積み重ねだって時々信用できなくなるわ。
リズがいつまでも心配するのも仕方がないの。
だって、みんなが思っている私より、本当の私はずっとずっと弱いし情けないんだもの。
昔の私なんて、わがまま放題で
今日の卒業パーティでも、淑女らしくない振る舞いを幾つかしてしまった。
私の中の昔の私が言うのね。こんな情けないお前を
私は両掌で顔を覆い
……婚約破棄を切り出されて、相手をぶっ飛ばす令嬢なんて他にいるだろうか?
いや、いないだろう。
すぐに感情を表わしてしまうようでは、とても権謀術数渦巻く貴族社会の荒波を渡れる資格があるとは言えない。
ましてや王族の奥方など務まろうか。
マリアに話すことで、自分がどれだけ
それに、
あれだけお母さまが厳しく、根気強く教えてくれたのに、まだ淑女になり切れていない私。
私の中には醜い未熟な私が消えないでいる。
そのことに自分で自分が触れないように、気づかないようにしようとして、あれだけ浮かれていたのだ。
「……私も正直にお話しさせていただいてよろしいですか、ジャニーン様」
「ええ、いいわよ。この際だから何でも言って」
私は力なく言った。
私がマリアに対して勝手に劣等感を感じているだけだ。
そんな自分をマリアに知られたくない。
「私は確かにジョアン殿下と一緒に過ごした時間が長いです。8歳の頃にジョアン殿下が初めて身分を隠してフライス村を訪れた頃から数えると、10年近くなります。でも殿下が1年中フライス村にいたわけでもありませんから、実質6年くらいでしょうか」
マリアがティーカップの温い紅茶を一口含み、喉を湿らす。
飲みさしのティーカップをローテーブルに置き、枕を抱いたままマリアは話を続ける。
「1年目は代官屋敷に
新しく水車を設置し、使用税を村の小作も使えるようにと安く設定して下さったおかげで、作物の脱穀や粉ひきが安くできるようになりました。私達子供にとっては重労働だった水汲みが水車のおかげで随分楽になったのも嬉しかったです。
代官所持ちで牛馬とプラウや農機具を購入し、村人に低額で貸し与え、畑の耕作が随分楽になりました。村に余裕ができた頃に村人で作った管理組合に牛馬とプラウ、農機具を低額で払い下げてくれて、自分達で自分達の畑を作っていると誇りに思えるようにしてくださいました。他にも見たこともない刈り入れ機を使わせてくださったり。
それまで麦が殆どだった作物を、土地に合った物を植えた方が収穫が多くなると教えて下さり、ジャガイモ、
近隣の村までの街道整備や大きな公共整備を村人に賃金を払って工事を行い、おかげで村人が多少の金銭的蓄えができるようになりました。
山沿いのフライス村では獣肉でしか取れない栄養素を摂れる様にと海沿いの街から運河を経由して塩と一緒に干し魚や海藻などを持ってくる販路を作ってくれました。
おかげで料理のバリエーションが広がり、栄養状態も改善されました。
まだまだありますが、殿下はこれらをただ指図するだけでなく、一緒に汗水流して作業をして下さったのです」
「うん、全部は知らなかったけど、海産物の販路はハールディーズ領の漁村から出荷してたから知ってるわよ。運河が使えるようになる前は馬車鉄道で輸送してたこととか。他に幾つかの必要な物資もハールディーズ領から購入してたのよね、確か」
マリアが熱心に話すので、
……嫌だ、すっごく私、態度が悪い。本当に嫌な女だ。
「はい、フライス村は王家直轄領でも外れでしたから、ハールディーズ領の方が近かったのです。ジャニーン様とジョアン様が婚約して下さったおかげで、フライス村とハールディーズ領の領境の関所は関税がかからなくなったことが村にとっては本当に有難かったのです」
「私達の政略による婚約も役に立っている、そう言いたいの? マリア」
言葉がついトゲトゲしくなる。嫌な女だ私。
「そうですね、フライス村の一員として非常に感謝しています」
「そう。感謝される政略結婚で良かったわ」
私は力なく答える。
それがどうしたというのだ。
お母さまやお兄様と
今更マリアに聞かされなくったって……
フライス村に私が訪れたこともある。フライス村で
そんな凄い
そんな思いが消えない。
「ジャニーン様、前置きが長くなりましたが、つまり……」
マリアが言うのをためらっているのか口ごもる。
目をギュッと
しばらくして意を決したように口を開く。
「つまり、そんな私達と一緒に働く凄い人を、好きになるなという方が難しいんです!」
えッ!
「だって、だって仕方ないじゃないですか! 昼間は畑仕事を一緒にしたり道を作ったり、泥に塗まみれて一生懸命働いているのに、夜は夜で私達に読み書き計算を教えてくれたり、知らない知識を沢山たくさん教えてくれて……そんな人、好きにならない方がおかしいですよ!」
持参した枕をギュッと抱きしめながら目を
「ジャニーン様がフライス村に来られたのはいつでした⁉」
「え、えーっと、私が14歳の冬、だった気がするけど……」
マリアの勢いに、少し気圧されながら思い出して答える。
「そうです、私と殿下が15歳の冬、ジャニーン様がフライス村に来られました!
その時まで殿下はご自分の身分を隠したままだったんです! 殿下のお付きのハンスさんやダイクさんだって爵位持ちの方々だなんて私たちには知らされてなかったんです! 都会から来た代官の知人の商会の子、そう思ってたんです! だから、だから……
……もしかしたらって思っちゃうのは仕方ないじゃないですか!
この人と結ばれるかもって、ずっとずっと一緒にいたいって、そう思っちゃうのは仕方なかったんです!
だってもう殿下は村の一員だったし、一番頭が良くて一番一生懸命で一番カッコよくて……
……同い年で好きになるなって方が難しいじゃないですか!」
溜め込んだ思いを吐き出すように一気に
「ちょっと、落ち着いてよマリア、またお隣に壁ドンされちゃう……」
「申し訳ありません……絶対に絶対に誰にも打ち明けないつもりだったんですけど……あまりにも身分が違い過ぎて畏れ多いってこともわかってます……そんな想いを抱いていたということを、こうして口に出すことすら不敬だってことも……だからそんな想いを私が殿下に抱いていたということは絶対誰にも……
……殿下の婚約者のジャニーン様には特に、いくら親しくしていただいているとはいえ絶対に知られる訳にはいかないって思ってました……
でも、
でも!
ジャニーン様が、殿下とあれだけお似合いのジャニーン様が、殿下にあんなに愛されてるのに、私にははっきりそれがわかるのに、その自信がないだなんて……」
トーンダウンしたマリアが持参した枕を両手で抱きしめ、顔を枕に埋めて泣きだしてしまった。
何でマリアが泣くの?
私はしばらく背中を丸めて枕に顔を埋めて泣くマリアの背中をそっと撫で続けた。
今日の卒業パーティで、婚約破棄を宣言した
マリアが
でもマリアは
しばらくマリアの背中を撫で続け、マリアが泣き止んできたところで、冷めてしまった紅茶を、また温かいものに淹れ直す。
「ねえ、これ飲んで。落ち着くわよ」
とマリアに声をかけ、顔を上げたマリアに手渡す。
私もマリアの横に並んで腰かけ、熱い紅茶に口をつける。
「そっかー、マリアも
と内心の動揺を隠し、ポツリと呟くように言う。
やっぱり重ねた年月の長さって、重みがあるもんね。
身分が違っても、想いが自分の心の中から溢れちゃったら、仕方ないもんね。
たとえ神様でも、心の中までは縛れない。
「でも仕方ないんじゃない? 人を好きになるのって、自分の心のことなのに自分じゃどうしようもないんだもの。例えどれだけ身分違いだったとしても」
本当に自分じゃどうしようもないこと。
私にマリアを非難することはできないよ。
だって、だって私、私を心配するマリアに嫉妬するようなひどい女だもの。
マリアも紅茶を口に含み、少しづつ飲んでいる。
そして枕を腕で挟んだまま、両掌でティーカップを包むように持ち、口を開いた。
「そうじゃないんです」
「え」
「私はジョアン殿下が王子と判ったから、身分が違いすぎるから無理矢理殿下を諦めようとした訳じゃないんです」
「……そうなの?」
「私は9歳で殿下が村人と一緒になって村の為に働き出した頃から殿下を好きになりました……。少しでも近くに居られるように、他の子を押しのけてまでも殿下の近くにいました。嫌な子だったんです。
殿下を独り占めにしたくて、殿下に認めてもらいたくて、それで殿下と一緒の軽作業は頑張りましたし、勉強も殿下に褒められたくて頑張りました。
殿下と二人きりで楽しくおしゃべりして殿下が喜ばれたり、皆の前で殿下が頑張っている私を褒めてくれたりする時、凄く嬉しかった。本当に今思うと殿下を独り占めした気になってた嫌な子でしかありませんでした。
殿下が楽しそうに笑って過ごされていたり私を褒めてくれたりした時、目に見えないんですけど、金色の暖かい光が殿下から溢れてくる、そんなイメージでした」
両掌で包んだティーカップを捏ねるように動かしながらマリアが続ける。
「殿下は冬になると、毎月ハールディーズ領に出掛けるようになりました。
何をしに行っているのか殿下に尋ねると、婚約者がいて、その子に会いに行っている、とウキウキと嬉しそうに話してくれました。
私は殿下に婚約者がいるってことを初めて聞いて、すごく婚約者に嫉妬しました。
でも、殿下にそんなことは言えません。そんなこと言ったら殿下は悲しがるだろうし、私のことを避けるようになるんじゃないかって思いましたから。
私はいつも殿下と一緒に居たから、殿下の色々な話をお聞きしましたが、殿下はハールディーズ領の婚約者のことを話す時が一番嬉しそうで楽しそうでした。
私を褒める時が金色の暖かい光なら、婚約者の女の子の話をする時は淡いバラ色の暖かい光のイメージでした」
私のことを、そんなに小さい頃から話題にしてくれてたんだな
それにマリア、まだ見知らぬ私にやきもち焼いてたんだ。
今の私みたい。
私の知らない
「婚約者の女の子が自分の為に礼儀作法や優雅な所作を身に付けようと頑張ってくれている、先月より手の伸ばし方が整って美しくなった、紅茶の淹れ方が上手くなった、所作が左右揃ってまるで花が開いたみたいだった……
商人の奥方でも、以前お目にかかった殿下の母上のように所作は身に付けておかないと貴族の相手はできないんだろうなって思いましたけど、ハールディーズ領から毎月帰って来るたびに淡いバラ色の暖かい光のイメージをまとった話を殿下が何度も何度も繰り返し話すのを聞くのは、正直良い気はしませんでした」
そういえばハールディーズの私とお母さまが滞在して特訓している別荘に来るたびに、先月よりどこそこが良くなったって褒めてくれてたな。
「ある時、婚約者の女の子が厳しい訓練に耐えかねて部屋に閉じこもって出てこなくなったと殿下が話され、とても心配されていました。淡いバラの光のイメージに、少し薄墨を混ぜたような、そんなイメージを殿下から感じました。
私はそれを聞いて、口では心配するようなことを言いましたけど、本当はざまあみろって思いました。本当に嫌な子ですよね。
その時はいつもなら月1回のハールディーズ領へのお出かけが、一度戻られたのにすぐ間を置かずにまた出かけて行かれました」
私がお母さまの厳しい特訓にブチ切れした時だ。2日くらい部屋に籠ってたんだっけ。
「2回目のお出かけから戻られた殿下が、安心したように
殿下は婚約者のお母さまに『自分のために礼儀を身に付けるというのなら、自分は急がないから婚約者のペースで進めて欲しい』とお願いしたそうです。
婚約者のお母さまも娘のためと思って厳しくし過ぎた、と後悔しておられたようで、殿下のお願いを聞いて下さったそうです。
でも、部屋から出てきた婚約者の女の子が、ゆっくり進めようというお母さまの言葉を
殿下は、婚約者の女の子は自分なんか及ばない頑張り屋の子なんだ、とそれは嬉しそうに話してくれました。この時は淡いバラ色は変わらないんですが、光の量が多いイメージでした」
あの時は、お腹が減って厨房に食べ物を取りに行ったら途中の食堂で
そーっと見つからないように物陰に隠れて見てたんだけど、あの厳しいお母さまが本当に気落ちして悲しそうな表情だった。初めて見たお母さまのそんな姿に私は本当にびっくりしたのだ。それをアイツが10歳だか11歳だかで慰めてたんだよね。どんなおマセさんだ。
でその後
「私はそんな殿下の婚約者に対して、悔しいけど絶対に負けないんだ、と思って仕事の手伝いや勉強に打ち込みました。頑張っていれば殿下の心が私に向く時が絶対来る、そう思って。
相変わらず私を褒めてくれる時の殿下は金色の暖かい光のイメージです。
でも殿下は仕事中や勉強を教えている時、時々淡いバラ色のイメージになってる時があるんです。
私は多分、殿下が婚約者のことを考えてるんだなって思って、殿下が淡いバラ色のイメージを出してる時に、婚約者のことを考えてるんでしょ、て聞きました。
よくわかったねって殿下は驚かれて、ああ、やっぱりそうなんだなって切なくなりました。
ハールディーズ領に行く1週間くらい前から淡いバラ色の時間が長くなって、帰って来てからはずっと淡いバラ色の強い光のイメージで婚約者の話を聞かされるんです」
そうか、月に1回だけしか会えないと思って寂しかったけど、
「それで、ジャニーン様がフライス村に来られる1か月前、私たちは初めて殿下が王子だと知らされました。私達に身分を明かされた時の殿下は、やっぱり淡いバラ色の強い光のイメージでした。
婚約者のために殿下は身分を明かそうと思われたんだ、と思いました。
もうこの時には、私はわかっていました。殿下の心はずっと婚約者に向いてるんだって。
殿下が普段、淡いバラ色イメージの時、婚約者のことを考えてる殿下が嫌で、無理矢理私の話に変えたり、作業中だったらもっと集中して、って何度も何度も注意しました。
殿下はごめんごめんって謝ってバラ色は消えるんですけど、金色の光にはならなくて、私のことを気遣ってどうしたらいいのかなって困惑してるのが伝わってくるんです。
だから、殿下は私のことは仲が良く一緒に過ごすことも多くて色々頼み事も頼まれ事もするし、私に嫌われたくないと思ってくれてはいるけど、でも恋人としては見てくれていないんだって、わからされてしまいました。
だって、私には殿下のイメージが見えるんですから。自分が見えるものが間違っていないっていうのも殿下の表情や言葉が裏付けているんですから。
私の想いは殿下の婚約者がいる限り決して報われることはないんだって。
だから私の抱いた殿下に対する想いは、身分違いですし一生表に出すことなく秘めようって決めました。
でも、もし私から見て殿下の婚約者が贅沢に慣れて殿下と一緒に作ってきたこの村のことをバカにするようなひどい女だったら、私は非力だけど何としても自分の努力をバカにされてショックを受ける殿下の心を守らなければいけない、殿下の努力を否定することは許さない、例え身分の差があったとしても。
そう思ったんです」
フライス村行きは、私が
いつもハールディーズの別荘に
それをお願いしたら
そりゃあ誓ったわ。
「ジャニーン様がフライス村を訪れた時、私はジャニーン様を見るまでこの村のことをバカにするなら殿下のためにも絶対許さない、って決めてたんですけど、ジャニーン様の振る舞いや所作を見て、この方なら殿下が心奪われても仕方ないって、本当に素直にそう思いました。
あの時のジャニーン様は、身支度服装は私達とそんなに変わらないものをわざわざ選んで着て来られたんですよね?」
「ええ、そうよ。
「私達フライス村の村人は代官のマッシュ=バーデン男爵しか貴族を見た事がなくって、あ、殿下たちは別ですよ、身分を知らされてなかったので。それで貴族について私も含めて村人たちが持っていたイメージは、代官のマッシュ=バーデン男爵の太って禿上がった、尊大で村に滞在したくなさそうな、そんなイメージです。最もバーデン男爵も殿下が来られるようになってから言動や姿勢が変わりましたけど。
ジャニーン様は、私たちと大して変わらない服を着ておられるのに、スラッとしていて動きがとても美しくて。
雪で歩きづらい道なのに、伸ばした背筋がぶれないし、歩様も左右の足が一直線上を外すことなくシンメトリな動きで、力が入りすぎることもなく目線が下を向くこともなく自然に歩かれている。
村にいる誰も、あんな動きはやろうと思ってもできません。
殿下に聞かされていた婚約者の特訓も、なんでそんな無駄なことに力を入れるんだろうって内心バカにしていたんです。殿下の身分を知らない頃から。
でも、ジャニーン様の動きを見て、純粋に美しいって心が感じて、ううん、何て言うんだろう、貴族が尊ばれるのは単に偉いって決まってるからじゃないっていうか、
とにかく、もうジャニーン様の歩く姿を見ただけで私は気勢を削がれてしまいました。
でも、ジョアン殿下にジャニーン様の案内を申しつかった私は、ジョアン殿下が離れて見ていないところで、ジャニーン様が村の中を見てバカにするかも知れない、そう思いました。
そうして欲しいと期待してたかもしれません」
フライス村の人たちは最初私を見て緊張してたみたいだった。
けど、
パーティで受ける貴族の賞賛とは違って、素朴で本心から出た言葉だってわかったから、格別な嬉しさがあったな。
「村の色々な設備などをジャニーン様に案内して回りましたけど、ジャニーン様は結局何一つバカにすることなく私の説明を質問を交えながらしっかり聞かれて。特にジョアン殿下がそれにどう関わったのかは
でも私のやってる仕事を手伝ってみたいとジャニーン様が言い出されたのは、ジョアン殿下のことには興味がおありだからこの村のことはけなさないんだろうな、って暗い心で思ってた私を驚かすのには十分でした。
お断りしても強引に縫い物を一緒にされて、いつもやっている私の方が慣れている分速さは早いんですけど、ジャニーン様は縫い目もきれいに揃って、縫い目の隠し方もお上手でしたし、貴族女性は淑女教育で縫い物もお稽古するってことを知らなかった私はこれも驚きました」
村の施設を色々と説明してくれるマリアってしっかりしてるしどんな子なんだろうって興味がわいたから強引に仕事の手伝いをしたんだった。
思えばあれが私とマリアの初対面ね。
沢山繕い物があって、これを毎日やっているのか、って感心したんだ。
「夜の食事は代官屋敷で干し魚で旨味を出して魚や肉、野菜を煮込んだ大鍋料理でした。私達村人はジャニーン様が村を訪れるって決まった時に、貴族の方にどんなものをお出ししたら良いのかさっぱりわからなかったんです。
だから殿下に相談したんですけど、殿下が大鍋料理にして皆と一緒に食べればいいよって言われたので半信半疑で用意したんです。もし平民と一緒の鍋を囲むなんてありえないって言われた時のために、一応魚と肉の焼き物も準備はしていました。
大鍋料理をジャニーン様は全く嫌がることなく村人と一緒の鍋から取り分けて食べられて、機嫌を損なうんじゃないかって心配は
ジャニーン様は周りの村人が食べ終わったら空の器を受け取って率先してよそって渡したり、高貴な方なのに私達に対しても細かい気遣いもされる方なんだ、と思いました。
食後、村の子供たちはそのまま代官屋敷で勉強をしましたが、問題で悩んでいる子を見つけると解き方を教えて回られて頭もいいんだ、と、もうこの時には私はこの方には到底敵わないと思い知ったんです」
大鍋料理は楽しかった。またいつか食べたいと思ってる。自分の家だと料理人の仕事を奪ってしまう形になるからできないのよ。
「あれ、マリアと一緒にお風呂に入らなかったっけ?」
「勉強の後、ジャニーン様が昼間見た温泉の共同浴場に入りたいって言われてご一緒させていただきましたね。あれも私は驚きでした。貴族の方は入浴は侍女が付くとしても、基本お一人だと思っていたので」
「それは郷に入っては郷に従えよ。
外から訪れた者はその場所のルールに従わないといけないわ」
「ジャニーン様とお風呂をご一緒させてもらった時に、私が魔法学園へ特待生で入れるかも知れないから試験を受けてみないかってジョアン殿下に言われているって話をしたら、ジャニーン様は是非受けるべきだって後押ししてくれました」
「そうよ。だってマリアみたいなしっかりした子が行かなかったら、魔法学園を設立した狙いが半分くらいになっちゃうし、それにフライス村の今後のためにもマリアがしっかり学んで目標にならないと、マリアの下の子たちも自信が持てなくなると思ったのよ。どうせ自分たちの村は辺境だからって」
「あの時、私本当はもう魔法学園の特待生試験なんて受ける気なかったんです。
私が勉強や仕事を頑張っていた理由は、殿下に褒められたい、殿下に気に入られて殿下の恋人になりたい、そんなものだったんですから。
だから殿下の心がジャニーン様にしか向いていないのがわかった頃には、もう魔法学園の特待生の話なんかどうでもよくなっていて、むしろ面倒くらいに思っていました。
実際お会いしたジャニーン様は私から見たら非の打ちどころがない方で、もう私が二人の間に割り込むなんて絶対に無理だってこともわかって。
ジャニーン様に特待生の話をしたのは、貴族の子弟が生徒のほとんどを占めそうな魔法学園に、あなたが入るのは難しいわよって言われて諦める理由を作って欲しかったからなんです」
またマリアは枕に顔を埋め
「ジャニーン様は是非受けるべきって殿下と同じことを言われて、アテが外れた私は複雑でした。
暗い心でジャニーン様のことを妬んで、勉強の理由も殿下に気に入られたい、そんな自己中な理由しか持てない私に、そんな価値が本当にあるんだろうかって。
でもジャニーン様がさっき言われたみたいなフライス村の下の子たちのためにも、って理由の他に、ジャニーン様も1年遅れだけど魔法学園に入るから、一緒の立場になって学んで、一緒に楽しく過ごそうって言ってくれて……
こんな私のためにそうおっしゃってくれるジャニーン様に、私はすごく心がギュッと……モヤモヤしていてグニャグニャしていて自分でもどうしようもない私の心が、本当にギュッと力強く
私、ジャニーン様のような素敵な女性に少しでも近づいてみたい、自分を近づけて見たいってすごく素直に思えて……そのために頑張ろうって思えました」
……照れる。
「ジャニーン様は次の日の朝、ハールディーズ領に帰られましたけど、その前に沢山のお菓子を私たちに手渡して、皆で食べてねって。
あのお菓子が私の人生で初めて食べたお菓子でした。本当においしかった。
ジャニーン様が帰られた後、ちゃんと他の村人にも渡しましたよ。ジョアン殿下にもお菓子をお渡ししたら、ジャニーン様の手作りだよって教えて下さって。
あの時、魔法学園にジャニーン様が入学されたら、絶対にお菓子の作り方を教わろうって思ったんですよ」
その時の情景を思い出しながら話しているのか、マリアの表情が緩んで笑顔を作っている。
「良かった、美味しく作れてたんだ。まだあの時って、クッキー以外のお菓子作りを始めたばかりの頃だったから、上手くできてたか不安だったんだ。あとで
それに
「殿下はその時本当に喜ばれてましたよ。愛おしそうに少しづつ召し上がってました。
それでジャニーン様のおかげで自分の想いを吹っ切れた私は、殿下に私が見える殿下のイメージについて聞いたんです」
私と
「前に殿下にジャニーン様のこと考えてるんですか? って聞いたこと覚えてますかって聞いたら覚えておられて、私には殿下がジャニーン様のことを考えている時に、淡いバラ色の光が殿下の周りに見えるんですって言いました。
殿下は少し考え込んで、マリアみたいに見えると言われたのは初めてだけど、何となく殿下はこう思ってることを雰囲気に出して伝える力があるって言われました」
「マリアも
「私みたいにイメージで見えるって人は他にはいない。他の人には何となく安心する、とか敵意がない、とかすごく怒ってる、悲しんでる、程度にしか伝わらないからそんなに大した力じゃないって言ってました。魔法の1種でもないと。
それで殿下に絶対にそれは人には言わないでくれ、いつもジャニーンのことばかり考えてるって他人に知られたらもう恥ずかしくて生きていけない頼む、って頼まれました」
バカか
「実際に、学園の授業中でも殿下は結構ジャニーン様のこと考えてることが多かったんですよ。よくあれで主席になれたなってくらい。半分くらいの時間は考えてたんじゃないですかね」
本当に何なんだ
「それで、ジャニーン様。ジャニーン様は殿下と一緒に過ごした時間が私より短かったから殿下に愛されている実感がないって言われましたね。
けど、私に言わせれば、私はジャニーン様より殿下と一緒に過ごす時間は確かに長かったですけど、好きな人が私以外の人を好きだってことをずーっと目の前に突き付けられてきたんです。
一緒にいる時間が長いだけ苦しい思いをする時間も長かったんです」
……自分の好きな人が自分以外の女性にずっと惹かれている。それをずっと目に見える形でずっと見せつけられる……私なら耐えられるだろうか。
いや、無理だ。
私なら自分の感情を抑えきれず、下手すりゃ相手を殺して自分も死ぬくらい思いつめ、
マリアはずっと
本当にマリアは強い。強い女性だ。
「15歳でジャニーン様に出会って、ようやくその苦しさから解放されたんです。殿下にお似合いの誰よりも素敵な女性。この方だったら仕方ないって」
マリアが顔を上げて私を見て笑顔を向ける。
マリアは本当に強い。心が。
そんな強いマリアが、私が
気弱なわたしの弱気な心。
醜い私の嫉妬する心。
そいつらが言う「
どっちの言うことが信用できる?
無論、マリアの言うことが正しいに決まってる!
「ねえマリア、私がこんな言い方するのもどうかなって思うけど、私、知らないうちに
「ええそうですよ。すっぱり倒されました」
「だったらマリアに勝った私が
「そうですよ。私の恋心が浮かばれずに戻ってきたらどうするんですか。またあんな苦しい思いをするのは私、つらすぎますよ。また泣くかも知れません」
マリアを泣かせる奴は許さん。
つまり私の中の気弱な私。嫉妬する私。
宣戦布告よ。
あんたに負けたらマリアが悲しむ。
あんたは私の一部だから完全に滅ぼしたり消したりはできないけど。
少なくともあんたに振り回されない、あんたに乱されない。
結局お母さまが言ってた淑女になるってことと一緒だ。
美しく優雅に、自分の醜い心を決して表に出さない。
そういうことだ。
「マリアが泣いて、またお隣に壁ドンされちゃうと困るから勘弁してほしいわ。
うん、私がしっかりしないとね。
ありがとう、マリア。
私に気づかせてくれて。
私のためにつらい話をしてくれて。
あなたが友達でいてくれて本当に良かった」
「ジャニーン様、それは私のセリフですよ。ジャニーン様のおかげで魔法学園に入る決意がつきましたし。
入学してからもたくさんたくさん良くしていただきました。
平民で年上の私のことを対等に友人だって周りにも紹介して頂いて、この学園で過ごした楽しい時間のほとんどは、ジャニーン様のおかげでかたち作られました」
「それはこちらこそよ……ありがとうマリア。こんな私と友達になってくれて。
マリアとはマリアが卒業してからもずっと友達よ。これからも私が情けないことしてたら遠慮なく叱りとばしてね」
「ジャニーン様、そんな畏れ多い……ありがとうございます。今後も良き友として扱っていただけて……私は私の出来る限りの力添えをさせていただきます。
ただ……
卒業して新学期からは私、ここの助手ですから、授業はしっかり聞いて下さいね」
「当然その辺りのけじめはつけるわよ。信用してよね」
気が付くと時計が11時近くに差し掛かっている。
「話は尽きないけど、明日に響きそうだし、紅茶を淹れ直すからそれを飲んで今日はお開きにしましょうか」
「今日はジャニーン様にばかり淹れてもらってますから、最後くらい私が淹れますよ」
「じゃあお願いしようかしら」
マリアがティーカップを持って紅茶を淹れにいく。
コン、コン
控えめにドアが音を立てる。
今は然程騒いでないはずだけど?
寮母さんの見回りまではまだ少し時間がある。
コン ・ コン
また。
誰か確認しようとして扉に近づき、小声で「どなた?」と
ドアの向こうから小声で『合言葉ー』
と声が聞こえる。
なるほど。
私は告げる。
『今日はもう遅いから明日にしてよ。今からマリアも部屋に戻るんだから』
扉の外から
『ジャニーン様、ずるいですわよ、マリアさんだけー』
『そうですわよ。あんなホットなことがあった日の夜、当事者に話を聞くのは捜査の基本ですわよ』
こうゆう時は無視だ。
無視に限る。
………………
『ジャニーン様、そうゆうことでしたら、こちらにも考えがありますわよ』
『そうですわよー、今から廊下を駆け回って皆を起こし、ジャニーン様から今日の話の全てをお話しいただけることになったからジャニーン様のお部屋に集合ーって触れ回りますわよー』
……仕方ない。
『銀の空には』
『虹の月ー』と小声が帰って来る。
そーっと音がしないように鍵を開け、扉を開けると
リディアとメラニー、いつものお茶会メンバーが2人、足音を忍ばせ入室する。
扉を閉めて鍵を掛けてから小声で文句を言う。
『ひどいわよ脅すなんて。脅迫よ脅迫』
『仕方ないですわ、寒い廊下に友人を放っぽらかそうとする悪役令嬢がいるんですもの』
リディアが抜け抜けと言う。
『だったらもっと早く来れば良かったじゃないの』
『ようやく侍女が下がって休んだから抜け出してきたんですわ。侍女のエマも今日の顛末を興味津々にあれこれ私に聞いてくるものですから』
『マリア嬢だけ先に来てお話ししてるなんてずるっこですのー』
はあ。また
『ねえ、もう今日はちょっと騒いじゃって、大きめの声出せないわよ』
『ずるいずるい、ずるいですわー』
『ジャニーン様、マリアにはファーストキスの感想話しましたの?』
『そんなのする訳ないでしょう? どうかしてるわよ』
『良かった。間に合いましたわ』
『それより私、ジャニーン様に小説化の許可を頂きにきましたのー』
『許可なんかするわけないじゃないの何考えてるの? ちょっと勝手に私の紅茶飲まないでよもう…… あーマリアも何で人数分の紅茶入れてるの?』
『もう紅茶に手を付けたから暫く戻りませんわよ』
『ジャニーン様ー、ここで私達を追い出したら、寮母さんに言いつけにいきますわよー』
『あーもうわかったわよ 紅茶一杯の間だけよ』
……もう部屋に入れてしまったからには仕方ない。
リディアもメラニーもお手柔らかにお願いしたいものだわ。
二人が飽きるまで、長い夜になりそうね……
私はベッドに乗っかり、片肘をついて不貞腐れた態度で二人の質問に答えていくうちに、いつの間にやら睡魔に襲われ……
次の日の朝、布団にも入らずソファーやベッド上で倒れるように眠っていた私達を見つけたリズに、呆れられて小言を頂戴したのは当然の帰結である。
蛇足 その夜の女子会 おしまい
婚約破棄?上等です落とし前はつけますし逃がしませんよ。 桁くとん @ketakutonn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます