第71話 たまきん完結

 走るよしおの目に写るのは、たった一人の白血球に次々と丸呑みにされていく精子たち。

 目から零れ落ちる涙は止まらない。


 白血球のはるか左側を駆け抜けるよしお。

 そのよしおを感知しているしぐさを示す白血球に、仲間たちが絶対に行かせまいと群がる。

 一人当たり1秒も持たないながらも、数の暴力で白血球の足止めに励む仲間たち。

 仲間たちの雄叫びは全てよしおに届いている。


 仲間たちのバラバラになった体が吹き飛び、血しぶきが舞う空間を横目に見ながら走る。

 もう頭の中には受精を達成するという考えなど無い。

 仲間たちの死を無駄にするわけにはいかない。その一つしかない。


 いよいよよしおが本格的に逃げ切れそうになった時、白血球が動いた。

 ターゲットを自分に向かってくる無数の精子たちからよしおに変更し、跳躍の兆候を見せる。


 よしおもそれを確認し、足を止め、戦闘の覚悟を決める。

 おそらく瞬殺されるだろうが、最期まであがくつもりで。


 しかしその覚悟は無駄になる。

 白血球が跳躍する直前、命がけで白血球の足にしがみつく者がいた。

 バディだ。


「行かせねえよ。バカ」


 その行動を見た周りの精子たちも白血球にしがみつく。


「よしお! 行けえぇぇ!」


 他の精子たちに埋もれて姿は見えない。それでも声は聞こえてくる。

 入学から寝食を共にし、共に死ぬ覚悟を決めた無二の親友。声を聞き間違えるはずもない。


 一瞬後、白血球にしがみついていた精子たちが吹き飛ばされる。

 それでも、バディだけは手を離さない。

 白血球の足を抱え込むようにして、全身から血を流している。


 だが、バディの頑張りも白血球の前では無力だ。

 白血球によってバディの体は片手で簡単に持ち上げられ、大きく開いた口に運ばれていく。


 白血球の跳躍に備えて足を止めてしまっているよしおは、一部始終を注視していた。


 バディは血だらけで苦痛に顔をゆがめていたが、よしおと目が合うと笑顔になり、口を動かした。

 もう声を発することもできないのだろう。

 声がよしおに届くことは無かったが、よしおには確かに聞こえた「走れ」と。


 よしおはあふれ出す涙を一度ぬぐい、これまでよりも微かに速いスピードで走り始める。

 もう振り向かない。何があっても受精する。死んでいったバディのためにも。


 その瞬間、爆発音が後ろから聞こえた。

 その音はまるで箱の中で手榴弾を爆発させたかのような音。

 バディは飲み込まれる瞬間、自分もろとも白血球の体内で手榴弾を爆発させた。


 そのことを理解したよしおは、一層あふれ出る涙を気にすることもなく足を動かす。

 また後ろから雄叫びが聞こえ始める。


 体内から爆発したにも関わらず、口から黒煙が立ち上っている以外の変化が無い白血球。

 バディの捨て身の特攻すら通じない。

 そんな怪物に仲間たちがまた立ち向かう。自分を先に行かせるために頑張ってくれている。


 よしおはただひたすらに走り、白血球を振り切った。

 まだ足を止めずに走り続ける。白血球がいた空間を後にし、次の空間に足を踏み入れる。


「あら、お一人ですか?」

「…そんな」


 よしおの目に映るのは、無数の白血球だった。





 ーーーーーー






 キュリーは自分の倉庫として扱っている冒険者ギルドの寮の自室で積み重なった荷物を漁っている。


「無いですね」

「何がですか?」


 キュリーについて来いと言われて同行しているルイスの返事が静かに響く。

 さっきの言葉はルイスに向けたものではなく、ただの独り言だからだ。

 キュリーの意識がルイスの言葉を拾い上げるまでに数秒かかった。


「妊娠検査の魔道具です」


 ルイスの顔が引きつる。


 子どもができれば子育てに時間を取られてレベル上げにかける時間が大幅に減るだろう。

 かと言って子どもができてしまえば可愛いだろうし、責任を取ってしっかり育てるつもりだ。


 ただ、キュリーと結婚するのは本当に嫌だ。

 キュリーとの生活なんてかかあ天下どころの話ではない。王様と奴隷くらいの差があるだろう。

 子どもの責任は取るから結婚はしたくない。それがルイスの偽らざる本心だ。


 というか、昨日のことをあまり覚えていない。少年に娼館に連れていかれて、媚薬だと言われた物を飲んだ後からうろ覚えだ。

 ぼんやりとした記憶しかない行為の責任を取って結婚するのはなんか違う気がする。

 そもそも鼻から薬を無理やり流し込んでそういうことをするのは、犯罪なのではないだろうか。


「ありました」


 ルイスがぼんやりと「この街に警察とかあるのかな? 見たこと無いけど」などと考えていると、キュリーが探し物をするために下を向いていた顔をこちらに向ける。手には350mlの空き缶のような物を持っている。


「これをお腹に当てると妊娠の可否を判定できます」


 ルイスは言葉を発さず、笑顔になることで返答した。


 キュリーがいそいそと服を捲り上げ、お腹に妊娠検査機を当てる。

 妊娠検査機からブブーと音が鳴り、側面に大きくXマークが表示された。


 キュリーの顔に信じられないというような表情が浮かび、ルイスの顔には心底安心した表情が浮かんだ。





 ーーーーーー





「たまきん」完結

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