短篇小説 「キラキラ」

 俺の名はひろし。中学二年生。男。

 さて、面倒な前置きをすっ飛ばして本題に移ろうと思う。俺は、学校でいじめられている。


 「ひろしって名前、今どきダッサイよな。ありえねー」


 昼休み。掃除ロッカーに俺を蹴飛ばして、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている三人の男。彼らは、本来ならば仲良くしなければいけないはずのクラスメイトだ。しかし、その金色に染められた頭と、短すぎるブレザーの裾は明らかに平和な教室内では異様で、現に教室の隅ではクラスの佐藤さんと鈴木さんが縮こまっているし、教壇の近くに居る委員長の斉藤くんは気の毒そうに俺を見ている。

 そんな目をするくらいなら、俺を助けてくれよ。


 俺はそう考えながら、いじめっ子の皇帝(かいざー)と、天照(あまてらす)と、全能(ぜうす)を見上げた。


 「懲りたなら、焼きそばパン買ってこいよ、ひろし」


 天照(あまてらす)が、掃除ロッカーにぶち込まれた俺をまた蹴り飛ばした。じんじんと背中が痛む。そんなことしなくても、金さえくれれば自分のを買うついでに買ってくるさ。日本神話の天照大神が引きこもりだったように、このいじめっ子天照もあまり動きたくない性分なのかもしれない。それなら、仕方ないだろう。

 うわぁ、ひろしくん、かわいそー。クラスのど真ん中から、性格の悪そうな女子たちの笑い声が聞こえる。彼女らはクラスの中心グループの天使(えんじぇ)と、萌瑠妃音(もるひね)と、永紅恋愛(えくれあ)。化粧品の匂いがきつくてすれ違う度に具合が悪くなる。

 女子たちは俺に対して悪口を言ったり無視をしたりと主に精神攻撃を仕掛けてくるが、直接危害を加えてこないだけありがたい。さっき俺を心配そうに見ていた佐藤砂糖(しゅがあ)や、鈴木雪女王(あな)のように、こんなクラスにも心優しい女子はいる。それが、俺にとっての僅かな心の救いだった。


 「ひ、ひろしくん!」


 天照や皇帝に蹴られて、足がうまく動かないながらも、教室を出ようとする俺に声をかけたのは、委員長の斉藤神様(いえす)。俺はそんな彼を無視して、教室のドアを勢いよく閉めた。見ているだけで、何もしない委員長なんて俺には必要ない。彼は悪い人物ではないのだが、委員長には向いてはいないな、と密かに思っていた。


 食堂はとても混んでいた。三年生のトップである唯我独尊(ひーろー)先輩と、暴走蛇神(ぼうそうじゃしん)先輩が、他校の不良も呼んでパーティをしているのが原因だった。床には缶チューハイのカラが転がり、タバコの吸殻にはほのかに火がともっている。

 やれやれ。俺は諦めて引き返すことにした。下手に動いて唯我独尊先輩のグループに殴られるよりは、教室で天照たちに殴られている方が痛くなさそうだ。

 食堂を出ると、困った様子で中をのぞき込んでいる小柄なふたりの男子がいた。よく見るとそれは、俺と同じクラスの生徒だったので、特に何の気もなしに声をかける。食堂で食べられないのなら、購買で売っている弁当を買えばいい。そのくらいの金なら、奢るつもりだった。


 「どうしたんだ? 光中(ぴかちゅう)、磁場娘(じばにゃん)」

 「あっ、ひろしさん!」


 俺より20センチほど身長が低いふたりは、必然的に俺を見上げることになる。本気で困った目をしているふたりを見て、放っておけなくなった俺は財布を取り出した。

 このふたりは、クラスでも目立たない、ゲームとアニメが好きな男子だ。だから、あの不良に混じって飯を食うのが怖かったのだろう。千円札を渡すと、ありがとうございます、恩に着ます! と磁場娘は嬉しそうに言った。


 「ところでお前、隣のクラスの可愛(ぷりきゅあ)ちゃんと付き合ってるってマジなのか?」

 「は、そ、そんなわけないですよ!」


 磁場娘が、慌てて否定しようとしたその時。後ろから悲鳴が聞こえて、はっと振り返ると、食堂が燃えていた。

 そうだ。さっきまだ、火がついたままだったタバコから発火したのだ。細かいことを考えている暇はない。何が起こったか把握出来ていない光中と磁場娘を連れて、俺は非常経路を走り出した。まずは、こいつらを逃がすのが先だ。

 避難訓練を真面目にやる生徒は俺くらいしかいない。廊下にいた生徒達は、どうしていいかわからずにひたすら火元から逃げている。だから人が多すぎて道を通れなくなって、転んだ生徒の元には着々と炎が迫る。

 誰も知らない非常階段を駆け降りていた時、苦しそうにしていた光中が咳き込んで動けなくなった。ちくしょう、煙にやられたか。いくら小柄とはいえ、男をひとり背負って逃げるなんて、さすがの俺でも無理だ。磁場娘が、「どうするんですか、ひろしさん!」と涙目で訴えかける。ああ、ここまでか。そう諦めかけた、その時。


 「ひろしくん! 諦めちゃダメよ。これ、持っていきなさい」


 非常階段の上に、一人のキリッとした美人な女性が立っている。彼女の切れ長な瞳は、しっかりと俺を見据えていた。

 彼女が俺に投げつけたのは、上品な柄のハンカチだった。これがあれば、煙を吸い込まずに済む。


 「ありがとう、愛穂(らぶほ)先輩!」

 「いいえ、礼には及ばないわ。でも、気をつけて。火はすぐそこまで迫っているわ」

 「わかってるさ。先輩」


 俺はふたりを抱えて走り出した。

 走る、走る。ここで死んでたまるか。やっとのことで玄関にたどり着き、グラウンドまで走ってきた時、後ろで耳を劈くような爆発音がした。振り返ると、我が第参中学校が爆発し、大きな炎を上げていた。


 「......危機一髪、ってやつだな」

 「ひろしくん! 三人とも、無事だったのね!」


 グラウンドから駆けてきたのは、担任の留美子(るみこ)先生だった。涙目で、もうダメかと思ったわと嘆く先生の後ろに、何人かのクラスメイトがいる。彼らも奇跡的に逃げてきたのだろう。


 「あの大爆発で、生き残ったのはこのクラスの生徒だけ。ひろしくんのおかげだわ」


 クラスメイトの無口な女子、女神(あてな)が言う。そんな大規模な爆発だったのか。確かに、グラウンドには俺のクラスのメンバーしかいなくて、後ろではまだ大きな炎が燃えている。やっと到着した消防が消火を始めているけれど、正直あそこで生き延びるのは無理だろう。


 「......あ、先輩! 先輩はどうした!?」


 いくらあたりを見渡しても、愛穂先輩はいない。女神が言うには、生き残ったのは俺たち、2年暗黒兵(だーくふぉーす)組の生徒だけ。

 つまり、愛穂先輩は、俺にハンカチを手渡して死んでしまったのだ。

 途方に暮れる俺の元にやってきたのは、さっき俺をさんざんいじめた皇帝と天照と全能だった。


 「お前、すげえよ。今までごめん」


 頭を下げて謝る三人。俺は、みんなを許すことにした。そうすることが、愛穂先輩への恩返しになると思ったからだ。俺にハンカチを渡して死んだ愛穂先輩の恩を、忘れてはいけない。


 「気にするな、俺だってお前らに酷いことをしたからな。謝るよ」


 友情の熱い握手を交わす。改めて俺の友達になった皇帝は、照れ笑いを浮かべながら言った。


 「やっぱり、緋露神(ひろし)はかっこいいや」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

惑星ぱゆぱぱ 三森電池 @37564_02

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ