反逆の爪牙

第6話 抗う光

 懐かしい温もり。


 光を知らない十年間。


 独自の父性で時には父、時には師匠、時には友として寄り添ってくれた。


 俺が最も信頼するヒト


『〇〇、お前には世界が濁って見えるだろう。もしかしたら永遠に愛を知ることはないかもしれない。でも。知ることはできなくても知ろうとするの止めないでほしい。』


 この言葉は今でも胸に残る。鬱陶しいようなほっとするような不思議な言葉。


「俺にはやっぱり難しいよ、親父。」




 その答えを残して俺は目を覚ます。否定的な言葉を零したのに、自然と笑みがこぼれていた。


 辺りを見渡す。雲の上だ。勝手にどっか行った白いチケットを回収した後、大好きな昼寝を目いっぱいした。ナントカって小国を助ける形で大量虐殺をしたが、何も感じない。ただ殺しただけ。人の皮を被った獣を狩っただけ。資源を目的としない狩人かりうどの所業。


「そう考えるとリウドって名前は我ながらいい名前だよな。」


 誰も何もない空間で軽く体を伸ばしながら独りごちる。そこで唐突に脳内に見知らぬ映像が流れる。




 華美な正装に身を包む青年。何かを叫んでいる。その前には青年に顔が似た五十代くらいの男。おそらく彼の父だろう。かなり高圧的な言葉を浴びせられているようだが特に響いた様子はない。これ以上は無駄だと悟ったのか、歯噛みしつつも部屋から出る。


 それから自室らしいところに帰ってきた青年は立ったまま近くのテーブルに拳を叩きつける。


「くそっ!!なぜ気づかない!!!このままでは破滅の一途だというのに。」




 ここで映像は止まる。前回は力を振るえば解決する簡単なお仕事だった。今回もそんな簡単な作業であってくれ、そう願うリウドだった。




「全く、現実をまるで見ようとしない父上にはほとほと困ったものだよ。」

「この国は自立しなければならない。」

「ねえ、君もそう思うだろ?」


 目の前には脳内に流れた映像に出てきた青年。映像の時の険悪さは鳴りを潜め、溌溂はつらつとした笑顔でこちらに愚痴をこぼす。


 ………なんでこうなった?






 脳内で見たくもない映像が流れたことで白いチケットが勝手に一人旅していることを悟ったリウドは重い腰を上げて地上へと降りていく。空中でありながら階段を駆け下りるように空を歩き、無事地上へと辿り着いた。


災灯わざわいともりは本来絶望の淵に立たされた奴のもとに行くはず。だが今回のはそんな感じじゃなかったよな?」


 今回イレギュラーな映像を見せられたことで自然と疑問が生まれる。つまり「自分がわざわざ出る必要があるのか」ということだ。


 争いが常のアングルフォールという世界、絶望している人間はそこら辺を歩くだけで簡単に見つかる。だからこそ特別絶望の淵に立たされている者でないとキリがないのだ。


 災灯わざわいともりは今現在最も絶望している者のもとに訪れるように。最も絶望しているということは最も救いの手が必要であるということ。


「あれぐらいだったら他にもいるだろうに。災灯あいつはいったい何を考えているんだ?」


 訳も分からずこき使われていることに思うところがないわけではないが、そもそも普段から物事を深く考えないリウドは「行けばわかるだろう。」と場当たり的な結論で無理やり納得し、さらに歩を進めるのだった。




 リウドが目的地へ向かっているころ、ある一室には一人の青年、その手元には一枚の白いチケットがあった。口元には自然な笑み。


「御伽噺のたぐいだと思っていたが、実在したんだな。」


 最初はただの紙切れがどこからか入ってきたのかと思っていたが、災灯それから発せられる独特な気配がそれを否定する。


 そしてこのチケットが自分の手元に来たということは自分の状況を打開してくれる何かが起こるのではないかと期待してしまう。しかしそんな不確定なものに頼る気はさらさらない。


「これが吉兆であることを願うよ。」


 笑みを浮かべてはいるものの、目には覚悟の光が灯る。それはつまり自国に変革を起こすという覚悟であった。


「アルバ様、お食事をお持ちしました。」


 そんな風に改めて自分の決意を再確認していたところ側仕えのメイドがドア越しに声を掛けてくる。手に持っていた白いチケットを反射的に懐にしまい、メイドに入室を許可する。


 彼は自身の希望で自室ですべてが完結するようにしている。それもそのはず、真っ向から意見が対立している父と食事の度に顔を合わせるなど気まずくて仕方ない。それは父も同意見らしく、特に咎められることもなかった。




 運ばれてきた食事を食べ終わったアルバは、食休めといわんばかりに椅子に腰掛け背もたれに身を委ねる。そして先ほど懐にしまった白いチケットを取り出し眺める。


「はぁ。せっかくの吉兆だと思うが、あくまでちょっとしたラッキーくらいのもんだろう。こんなチケットが舞い込むくらいならもっと具体的に使えるものが来てくれればいいんだが。」


「ならそいつは返してもらおうか。」


 唐突に聞こえた知らない声のほうを向く。一人の男が立っていた。全身黒ずくめ、どこかみすぼらしい恰好ではあるが不格好には見えない。白髪赤目で睨むようにこちらを見据えている。


 ありえないことが同時に起こったためにどれから聞けばいいかわからなくなる。どうやって侵入したのか、何の目的で姿を現したのか、そもそも何者なのか。そしてなぜ彼がこちらの持つチケットの所有権を主張してくるのか。それでもパニックにならずに自分なりの意見をまとめる余裕があったのはそれだけアルバという青年の肝が据わっているということだろう。


「おい、どうした?いらないんだろ?なら返してくれ。」


 しかしそんなアルバの思考の時間など考慮せず、侵入者の分際でありながら堂々としすぎな目の前の青年はさらなる催促を促す。「自分の言動を理解しているのか。」と思うのも仕方ないだろう。

 しかしここで黙ったままではいよいよ何をしでかすかわからない。そんな怖さが一連の言動で滲み出ている。とりあえず何かしゃべらなければ。


「お前は何者だ?」


 苦し紛れの言葉はこれだった。それに対して目の前の青年は特に表情を変えることはない。


「そこの紙切れに用があるだけの奴だ。それ以上もそれ以下もないだろ、めんどくさい。」


 まさに無気力。突然の侵入者に警戒しているこっちが馬鹿馬鹿しくなってくる。

 しかし目の前の暴挙を容認することは彼の立場が許さない。

 ここでアルバは賭けに出る。


「そうか、ならここでくたばれ。」


 その一言とともに刃渡り30cmほどの短剣を目の前の青年の顔面へと突き刺そうとする。理由は単純、最も目に見えて防御力が低そうだったから。普通なら心臓を狙うところだが全身が黒い布で覆われているため、内側に何が仕込まれているかわからない。目に見えない弱点より目に見える弱点を突くのは定石といえるだろう。


 ただ相手が悪かった。ただの強者ならばこの手は有効だっただろう。しかし刃を向けられたリウドはそんなことでは微動だにしなかった。


 キィィィィン


 室内に響き渡る金属音。短剣と顔面がぶつかって鳴るはずのない音。この音が聞こえた瞬間、アルバの顔は驚愕に染まる。


 リウドの顔の前には黒い靄のようなものが盾となって守っていた。と思えば次の瞬間自分の体に極端な重力がかかる感覚に襲われる。いや事実、上から先ほどの黒い靄で押さえつけられていた。

 そんな無様な状況でもアルバはリウドを睨み殺さんといわんばかりに鋭く睨みつける。そんな様子を見て誰にも聞こえない声で「面白い。」と呟く。


「久々に懐かしい目を見た。喋ることを許す。」


 傲岸不遜が服を着たような態度で初めて相手の話を聞く姿勢になったのだった。


『気に食わねぇ。』


 それが当然ともいえる素直なアルバの感想だったが、命を狙った相手にこうも譲歩してくれたことに無理やり感謝して改めて話そうとする。


「だがその前にこの拘束解いてくれないか?」


「あぁ、いいぞ。」


 拘束はすんなりと解かれる。このことで自分が端から眼中にないことを悟り内心凹むアルバだったが、持ち前のメンタリティーで持ち直し、まずはアルバが椅子引っ張ってきて、リウドを座らせたあと自分も座り、基本的なことからだんだんと目的までを聞き出す。しかし名前がリウドで、白いチケットを持ったやつに勝利をもたらす以外には何もなかった。逆に言えばそれだけのためにこちらは振り回されていたことになる。


 端的にいえば腹が立った。どうやらこちらに協力することが目的のようだしいっそのこと徹底的に巻き込んでやる。そうなればやることは簡単。こちらの事情と具体的な協力の仕方を明示するだけだ。




 そして現在、リウドは目の前の男、リベリオン従属国が第一王子、アルバ・クロウ・リベリオンに事情説明の流れから最終的に愚痴を聞かされていた。


 愚痴の部分はどうでもいいが、おそらくはこの愚痴垂れ王子の問題を解決しなければ白いチケット、災灯わざわいともりは戻ってくる気はないようだし、最低限の事情を知らないと長引くだけだろう。


「はぁ、帰って寝たい。」


 目の前の愚痴を無視して気づけば睡眠欲に従うかたちで眠りについていた。

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戦勝保証人は理不尽です。 荒場荒荒(あらばこうこう) @JrKosakku

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