第5話 不可解な暴力
懐かしい夢を見た。俺が外へはばたくきっかけとなった過去だ。あんな暗く陰鬱な空間に閉じこもりっきりなんて今じゃ考えられないな。
あの時は恨みと感謝が半々だったから殺さないでやったが、あまりにひどいようなら潰すのもありかもな。でもあいつを潰すなら他二人も同じくらい叩いてやらないと可哀想だ。
……やっぱいいか。面倒くさい。
そんなことを考えながらどこまでも広がる雲の上で緩やかな眠りにつくのだった。
「俺は二度とあの顔を忘れないだろう。」
そういって話を続けるウェストカイザー帝国が皇帝、フェルナンド・ヴォルドー・ウェストカイザー。その両脇には全身鎧に身を包む騎士と和装に身を包み、腰に二本の刀を差した侍が立つ。
当事者だった騎士のほうは特に興味を示さないが、侍のほうは又聞きの曖昧で不確かな情報しか知らなかったため、強い興味が態度に表れる。
「今までの話を聞くにその謎の青年が力を使いこなして反抗してきたってだけだろ?確かに謎の力を使ったってところは不気味だが、正直想定の範囲内だと思うが?」
「想定していたさ、十分にな。だからもし、こちらの手に負えないような存在が生まれた時のために、あの場所にはある仕掛けをしておいた。」
未知の力に手を出すのだ。それ相応の対策をしないほど馬鹿じゃない。そこで話の続きを請け負う騎士。
「あの実験場には空間隔離の魔法が仕込んでありました。非常事態が起きた瞬間に唯一の脱出ルートであるエレベーターは強制自爆。その後エレベーターの通り道全体を希少金属アダマンタイトで埋め立てる。こうすることで脱出不可能な空間を作り出す。」
空間隔離の魔法とはその名の通り、その魔法で囲った空間を別次元の結界魔法。内側からの干渉を一切できなくするある種無敵の魔法。もちろん弱点もある。魔法の維持にかかる異常なコスト。そして外側からの干渉には脆いこと。逆に言えば閉じ込められた者には絶対的な効果を発揮する
「おい、それって問題の先延ばしってやつじゃないのか。」
確かに閉じ込めることはでき、絶対的な効果が見込めるが必ずではない。
「これはあくまで延命措置。この実験によって生まれた存在を制御できれば御の字。まず制御は利かないだろうからわざと暴走させる。その暴走した存在が他の大国にとって敵となることが本当の目的だった。」
再び引き継ぐようにして話し出す皇帝。それを聞いて納得する侍。ここでいう延命措置の効果は避難時間の確保。つまり暴走→隔離→避難→解放という四つの手順を踏むことができれば成功だといえる。そしてその計画は成功率が高そうだというのが共通見解だった。
しかし予定通りにはいかなかった。実験が成功したことで生まれた存在は理性を持っていた。姿も限りなく人間に近く、終いにはこちらの知らない力で竜の死骸を武器に変えてしまう始末。理性を持った敵対者を自ら生み出してしまったのだ。
「で、その理性を持った敵対者とやらはなんか仕掛けてきたのか?」
結局どういった被害を受けたのかに興味がわいた侍は思わず尋ねる。すると皇帝は箇条書きかのようにつらつらと述べていく。
〇その場にいた実験台の子供たちを消す
〇竜の死骸を武器にして持ち出し
〇空間隔離魔法の完全消滅
〇実験を実行した二名を気絶させる
〇エレベーターの通り道に埋め立てられたアダマンタイトを完全消去
〇実験場から地上一階(城の広場)までの天井・床をすべてぶち抜く
これらの被害がおよそ三分の間に出た被害だった。これだけの被害を十年間世俗と隔離されていた青年一人で出したのだ。あとでその報告を受けたときは
「しかしこれは正直ついでみたいなもんだ。奴の本当の狙いは俺への
「脅し?三大国一の頑固者で通っているお館様にどんな脅しが通じるってんだ?」
半分冗談交じりに返す侍だが皇帝の表情は晴れない。その様子を見て侍の表情も自然と厳しいものになる。
「
「はっ!そんなことできるわけ!?」
「やったのだ!!奴は。間違いなく。」
その目に映るのは怯え。圧倒的強者であり、それ相応の振る舞いが常の皇帝らしからぬ弱弱しさを滲ませていた。
実験による完成体が理性ある暴走をしていたころ、皇帝は玉座にて物思いにふけていた。三大国同士による膠着状態に若干だが嫌気がさし、気分転換、そして自分を見直すのによくいるのだ。彼にとってもっとも穏やかな時間。そんな平穏の時間は一瞬で吹き飛ぶ。吹き抜けとなった眼前の床だった場所とともに。
偶然か必然か、人的被害はない。しかし最下層の理性ある怪物がこちらを見据える。狙われている。そう思った瞬間玉座に立てかけていた
皇帝が持つ
わざわざ先手を譲る意味はない。そう考えた皇帝は
気づけば目の前にいる。身の丈以上の大剣を肩に担いだ状態で。しかも無傷。自然体。自分が仕掛けたことは果たして攻撃のうちに入るのか疑ってしまったほどだ。
とにかく明確な敵が目の前にいる。
人の身では傷一つすらつけられない存在。その刃が真っ二つに。
いつ? どうやって?
そんな当然の疑問とともに潜在的恐怖心が表出化する。そして気づく。俺は戦いすらさせてもらえていないことに。
それまでは
完璧に否定された。
呆然とする皇帝の前に理性ある化け物が近づいてくる。思っていた以上に普通の少年だった。白髪赤目という伝承にある吸血鬼を想起させるような見た目の青年。どこか俯瞰的に見ているようで、自分の全てを見通しているかのような怖さ。深淵に覗かれるような気分は皇帝から落ち着きを奪う。
「お前の目て」
「お前は気に食わんが感謝もしている。だから殺さないでおいてやる。」
色々聞きたかった皇帝だが、それを無視して自分の考えを一方的にぶつける。
「ただし、お前が鬱陶しいと感じた瞬間殺す。
これ以上ないほどの強力な言葉。人の一生でこれほど強い言葉を使われることもなかなかないだろう。そのことに驚きはしない。言葉に惑わされるほど軟弱ではないと思っているからだ。
だが表情が合っていない。あれは無関心の表情。すれ違った通行人を見るかのような、たまたま視界に入って何かに向ける視線のような無機質な目。
それがたまらなく不気味だった。死神は死の恐怖を植え付ける者でなく、平気で死を振りまくことのできる者のことだとこのとき知った。
一連の流れを話し終えた皇帝は明らかに老け込んでいた。精神の摩耗によるものだと誰が見てもわかる。隣に仕える騎士はそんな皇帝を心配する。
それと反対に侍は獰猛な笑みを浮かべていた。武道に生き、命を賭してでも武を極めんとする彼には己の武の価値を見極める試金石になるかもという淡い期待を抱いたのだ。
「御館様、ちょっと出てくるわ。」
その一言とともに城を出る。後ろから聞こえる制止の声を無視しながら。
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