第98回全国魔法高等学校対抗ウィッチレース

不屈の匙

弟の箒に乗って


 パン、パン、と青空に空砲が弾けて妖精たちが紙吹雪をばら撒いている。

 国際魔法競技場には、多くの人がウィッチレースを観戦しにやってきていた。国中から選りすぐりの箒乗りの高校生たちが目の前でその技を競うのだ。

 僕もその観客の一人。双子の弟が出場するので、応援に来た。


 本当は来たくなんてなかったけど、仕事でどうしても来られなかった両親にカメラを押し付けられては仕方ない。

 親族席へ向かっていると、聴き慣れた双子の弟の声がする。根暗な僕と違って、明るくて、箒乗りとして未来を嘱望されている弟の声だ。


「あっ、兄貴! やっと見つけた!」

「タイヨー!? 試合前だろ、なんでこんなところに、っていうかその腕は!?」

「事故だ」


 振り返って驚いた。試合前だというのに控室にいないのもそうだが、何よりその痛々しくぐるぐる巻にされた包帯の左腕と引き結んだ固い表情に。

 利き腕が使えないんじゃあ、箒に乗れるはずがない。タイヨーは無事な右手で僕の肩をわし、と掴んで凄んだ。


「兄貴、俺の代わりに出てくれるよな」

「僕には無理だってっ、ウィッチレースなんて! 衆人環視の中で晒し者になるなんて、絶対ごめんだ……!」

「そんなこと言うなよ、兄貴しかいないんだ!!」

「他にいるって、周りを見ろよ! っていうか替え玉なんてだめでしょ!?」

「ところがどっこい、補欠制度がある。兄貴、名前入れたろ?」

「まさか、一昨日の紙か!?」

「ちゃんと中身を見ないからそうなるんだぜ」


 ウィッチレース部には他にも選手がいる、彼らが代打で出ればいいと、ぶんぶん首を横に振った。けれどタイヨーは僕を逃がさなかった。

 ひらりと見せられたのは申請書の写しで、僕の字で確かにツクヨと名前が書かれていた。

 僕はもう、ウィッチレースには出ないって決めてる。タイヨーだって知っているはずなのに。僕は必死に食い下がった。

 

「でも、タイヨーが出なきゃ意味なんて……」

「うるせえ! 俺は俺以外が勝つなら、兄貴じゃなきゃぜってえ認めねえ」


 喉を絞るような罵声に、何も言えなくなった。

 花の大舞台に出られなくて一番悔しいのは、タイヨーなのだ。

 ぐしゃぐしゃになる手前の顔で言うから、僕に勝ってほしいなんてカケラも思ってないのは丸わかりだった。

 歯を食いしばって、涙を溢してたまるかと目を見開いて、片腕だけで僕を揺さぶる。


「それに、兄貴だって、好きじゃねーか、箒で飛ぶの。夜に俺のコキョウニシキヒトカド号でこっそり飛んでるの、知ってるんだぜ」

「う……」

「行ってこい!」


 ばし、と背中を叩かれて、弟の相棒と花道学園のゼッケンを託される。

 『選手は入場口に集合してください——』と無慈悲なアナウンスに、僕は渋々、足を進めた。




『始まりました、第98回全国魔法高等学校対抗ウィッチレース! 解説を務めますはわたくしカイセツと』

『実況のジッキョウでございます。本日はよろしくお願いいたします』


 空中に設けられたスピーカーから、軽快なトークが流れてくる。


『本日は年に一度、Uアンダー18国内最速の箒乗りが決まる日でございます。コースに設けられた障害物を魔法と箒捌きで乗り越え、一番にゴールに辿り着くのは誰でしょうか』

『箒にかける魔法の腕、何より乗りこなす箒との相性が問われます』

『あ、選手が入場してきましたね。シカイさん、今回の注目株はどなたですか?』


 僕は久々に立つレース場に、足の震えが止まらなかった。

 周りは箒を携えた陽キャでいっぱいだ。


『今年は粒揃いですが、挙げるなら西北学園と第三高校でしょうか。

 アフリカ人の父譲りの体格、運動神経を遺憾なく発揮し、力強い操舵を見せる西北学園のケニー選手!

 対するは魔法界のサラブレット、浮遊魔法、加減速魔法で右に出る者なし、第三高校アマノ選手!

 今大会は実質、この二人の戦いになるでしょうね』

『前評判では花道学園のタイヨー選手の名も上がっていましたが……』

『残念ながら、今朝事故に遭い腕を骨折してしまったようです。彼の人箒ジンソウ一体のスピードレースは実に見応えがあるのですが。代打の選手はツクヨ選手。無名の選手ですね、タイヨー選手とは双子だそうですが』


 なんだかなあ。僕ってまったく期待されてない。

 まあそりゃそうだ。僕は小学生の時にウィッチレースはやめてしまって、そのあとは夜中にこそこそ——タイヨーにはバレていたけど——飛び回っていただけだもの。

 当然とはいえ、やっぱりがっかりした。

 タイヨーの箒は「早く乗れ」と僕の前で浮かぶ。スピード強のタイヨーの相棒だけあって、せっかちな箒なのだ。


『各選手位置につきましたね。開始の合図が——鳴った!!!』

『早い! 先頭は西北学園、後方に集団を置いていく! 二番手出遅れたか、いや自身の箒に加速魔法! 一気に中央集団から離れていく! 四番手南高校、伸びるか? 第三高校追いついた——』

『おっと一人取り残されている! やはり代打は厳しいか、いや、箒が選手を攫った! 早い、早すぎる!!!』


 僕がぼうと先ゆく選手たちを見送ると、タイヨーの箒はその柄で僕の頭をぶん殴って、無理矢理股をくぐって僕を乗せた。


「ワッ!?」っとしがみつく僕に構わず、グンとスピードを上げる箒に、僕はちょっと笑った。

 聞こえるんだ、「お前ならついてこれるだろ」って言っているのが。


(そうだよな。ごめん。お前だって、タイヨーと飛びたかったよな)


 僕はしっかと柄を掴んで、体勢を整える。脳裏に響くのは、レース直前に、タイヨーに言われたこと。


『いいか、兄貴の強みは、天性の阻害魔法だ』

『……』

『まだ昔のこと気にしてんのかよ。阻害魔法は立派な魔法さ。魔法でならいくら妨害したっていい。兄貴だって知ってるだろ』

『けどッ』


 ——また、卑怯者って言われるかもしれない。


『兄貴なら、いける。言いたい奴には言わせておけ』


 子供の頃に刺さったままの心の棘は、そのままだけど。

 僕は、タイヨーの箒を握りしめ、自前の杖を前方集団に差し向ける。


『おっとここで中央集団大きく順位替え。嘘だろ花道学園もう中央集団背後についた、集団、明らかに減速しているッ! ここまで大規模なデバフを扱える学生がいたのかッ!?』


 スピードや位置取りは箒に任せていい。だって、タイヨーの箒だから。

 僕が箒の道を作るっ! 全員、這いつくばれ!


「加重魔法!」


 目の前の箒一つ一つに、後方に向かって重力場を形成する。それだけで人は前に進めなくなる。みんなを後方に置いていく。

 ——あと二人。


『素晴らしい精度の魔法です、プロでもエリアに対して投射する選手が多いというのに、個別に魔法をかけています!』

『しかし先頭までまだ距離がある。西北学園ケニー、第三高校アマノ、競り合っている、どちらが前に出るか』

『レース中盤は宙に浮かぶリングを順番に潜る必要があります! 上下左右に配置された輪に、どの選手も減速は避けられません』

『さすが優勝候補筆頭、両者的確にリングの最短距離をついている! あっ、なんとッ、第三高校が最短コースから大きくズレました! その隙間に花道学園ツクヨが滑り込む!!』


 僕は前方をゆく小柄な選手の箒に中途半端な荷重魔法を掛けた。

 複雑なコースほど、慎重な箒捌きを要する。しかも相手の箒は神経質な性質タチ。些細なバランスの狂いが、ありえない軌道を選手に描かせる。

 予想通り、前の選手は明後日の方へ吹っ飛び、空いた空間にすかさずタイヨーの箒と滑りこむ。


『箒の右にだけ重力を増加させる魔法が一瞬だけかけられましたね。リングを潜る時のバランスは重要ですから、アマノ選手は思わず反動で力を込めすぎたのでしょう。高校生とは思えない技量です』


 あと一人抜けば優勝だ。そのあと一人が、急に内側から弾くように寄せてくる。


「グッ」

「どけ、チビがっ!」


 避け損なって僕と箒は外側へ大きく膨らんだ。


『最後の直線です。ここは完全にスピード勝負です! おっと、ケニー選手体当たり! 原始的ですが競り合う相手が小柄ゆえに吹き飛ぶかッ、ツクヨ選手しがみつく、しかし危ない体制だッ』

『ここで引き離されるのは痛い! 西北学園ケニー独走——』


 諦めが、頬を撫でた。

 けれど、聞こえたのだ。タイヨーの声が。「いけ、兄貴! コキョウニシキヒトカド号ー!!」

 声援に、箒を掴む手に力が戻る。


「負けるかあ! コキョウニシキヒトカド号 ! 加速アクセル!!」


 僕の一番苦手で、タイヨーが一番得意な魔法。赤い煌めきが箒を包みこむ。

 僕を吹っ飛ばした選手がこっちを振り返ってギョッとた。ニヤリと笑い返す。

 何度もこの魔法をかけられた箒は、いつだって最高のスピードを叩き出す。


「いっけえええええええ!」


『抜いたーーーッ!? あの距離を抜いたかツクヨ選手!? どっちだ、どっちが先着だ!?』

『現在カメラ判定を行なっています』


 頭からゴールテープの向こうのクッションに飛び込み、すぐさま起き上がる。抜いたんだろうか。どうだろう。たらりと汗が口に入った。

 次々と後続の選手がゴールに飛び込んでくるのに、自分の荒い呼吸だけが聞こえるような静寂。


『一着は——花道学園、ツクヨーーー!!! なんというダークホース! 歴史に残る名レースでした!』


「やった……?」

「兄貴! コキョウニシキヒトカド号!!!」

「タイヨー!」


 大音声で自分の名前が叫ばれて、信じられなくて。

 いつの間にか駆け寄ってきていたタイヨーに箒ごと抱き寄せられる。


「ちっ、ポッと出に負けるとはな。いいレースだった。次は負けねえ」

「えっ、僕はもうでないよ……」

「勝ち逃げなんて許さないよ」

「へへッ、兄貴、戻ってこいよ。こっちの世界にさ!」


 一緒にレースに出ていた選手たちにもバシバシと肩や背中を叩かれて、どうしようもなく痛くて、ああ、現実なんだなって思った。

 じわじわと顔に熱が集まって、別に笑いたいわけじゃないのに、大きな声で叫び出したくなった。


「兄貴、レースはやっぱ楽しいだろ?」

「うん! 今度は僕の相棒を探してからかな……。タイヨー、一緒に飛んでくれる?」

「モチのロンよ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

第98回全国魔法高等学校対抗ウィッチレース 不屈の匙 @fukutu_saji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ