いずれにある果てを
ラクリエード
いずれにある果てを
ちかちか。ちかちか。空を満たしている星。地上から見上げれば、抱えきれないほどいっぱいに広がっているはずのそれらは、ぷかぷかと浮かんでいる黒い塊が遮っている。それは、いずれも地上にあったのだろう土の塊でできていて、同じ数だけ、地上には巨大なクレーターができている。
そんな大地の一角で、パチ、パチパチと赤く背を伸ばす焚火。それは二対の視線にじっと見下ろされている。
一方は旅に慣れているらしい服装の青年で、そこそこの厚着と、脇には大きな背負い鞄。暗い茶の髪と瞳で、ごろごろとした具材の並ぶスープを、手元の器から黙々と口に運んでいた。
もう一方は、人ではない。獣の頭に、折りたたまれた四本脚、すらりと伸びた鞭のような尻尾。腹から顎まで生え揃う蛇腹、翡翠色の瞳にある縦割れの瞳孔。青年と同じ体高のその身は、背中を除いてクリーム色の鱗に覆われている。その背には、獣を思わせる毛が生えていた。
「なぁ、シラナド、聞いてよいか?」
ずらりと生え揃った牙を覗かせたドラゴンが青年に声をかける。すっかり空になった器の後処理を始めていた青年は、うん、と視線を上げる。
「この旅に、終わりがあると思うか?」
突然の言葉に、なんだよ急に、と目を丸くしたシラナドは使い終えた道具を鞄に入れて、改めて焚火に手をかざし始める。
「どうして、とでも言いたそうだな? まぁ、聞くがいい」
わずかに微笑む獣は、はたと視線を下ろす。そこには勢いの落ちた焚火。ふむ、と彼女がふっと息をたきつけてやれば、ぶわりと勢いを取り戻す。
「おまえは、旅をしている。ワシもまぁ、面白そうだからおまえについていっとる」
ああ、とシラナドは火の粉から顔を守りつつ。
「だが、おまえの、いや、おまえたちの目的が達成されることはあるのか、あるいは、終わった後はどうするのか、と思うてな?」
もちろん故郷に帰るさ、と青年は間を置かずに答える。きらりと光る翡翠の瞳は、つまらんやつよ、と睨みを利かせる。
「帰る以外に、他に何があるってんだマルト。俺にだって家族がいるんだ」
眉をひそめるシラナドに、知っとるわ、とドラゴンは尻尾を浮かべ、ピシリと地面を打つ。
「さっきは、旅の終わり、と訊いたが、言い方を変えよう。おまえは、旅を終わらせる気はあるか?」
先ほどと寸分たがわない回答を得て、マルトは笑みを深くする。
「目的というのは、いずれ達せられる。だが旅を終わらせるのは、ほかならぬ、旅をしているお前自身だ」
何が言いたい、と苛立ち交じりに尋ねれば、
「そのままの意味よ。今の目的はこの世界に浮かんでいるあの星々を、大地に返すこと」
天をすっと仰ぎ、それはおまえと私の旅ではない、とマルトは付け加え、
「これを達した時、おまえは選択できる。まだ、旅を続けるのかどうか、な」
再び尻尾がピシリ。
「私は、続けたい。おまえの命が尽きるまで。どうせならば、星の輝きさえない大地に、おまえと立ってみたい、とも思うくらいにはな」
じっとドラゴンの瞳は、警戒するかのように真直ぐ彼を射貫いている。その誘いに青年は、
「故郷に残してきた家族がいるんだぞ?」
そう拒絶する。すると鋭い爪が、足元を雑草ごと抉る。
「それは、おまえの記憶から来る使命であって、意思ではない。旅を終わらせるのは、おまえが望むか、望まないか、だ」
気づけば、焚火が薪を食らいつくし、小さくなってしまっている。だが見つめ合う二人は、冷たい風が吹き抜けようとも、視線を逸らさない。
「マルト、なら、おまえはなんで旅を続けたいんだよ?」
すると彼女は逡巡することなく答える。
「おまえと、旅をするのが楽しい。それではいかんか?」
いかにも単純明快な回答に、シラナドはさらなる答えを求める。こうしたキャンプの時間、あるいは町を歩いているとき。はたまた道で迷い、夜盗に襲われているときだって、彼女は楽しかったのだとのたまう。
「楽しいではないか? おまえも存外、楽しんでおるくせに」
青年は、あちこちに浮かぶ大地を元に戻すという勅命を達成するため、一人で旅に出た。それから間もなく、捕らえられていたドラゴンの口車に乗せられ、助け出した。それから傍若無人なこのドラゴンは、まるでパートナーかのように立ち振る舞い、今に至る。
「ああ、確かに、楽しい」
口を閉じ、じっと闇に呑まれていく火花を眺め始めた、哀愁すらも漂わせる姿を、じぃと獣は、微笑みながら見つめる。
「楽しいのならば、続けぬ理由は、あるまい? もっと、もっと、世界の果てを目指すのも、悪くはなかろう?」
かどわかすように、黙りこくる彼に告げる。
「所詮、悠久を生きる我らとは違う、短命な命。己の欲を満たすために、使ってみろ。私と共に、終わらぬ世界に思いを馳せんか?」
とうとう、薪が赤く熱を帯びるだけとなった。
「大地を正しき形にするなど、途方もない人間の夢物語。途中で投げ出しても、誰も気づきはせんよ。おまえ一人が動こうとも、な」
ドラゴンが消沈した焚火に気づき、前脚を伸ばす。熱を感じていないらしい爪で体重をかけると、あっさりと炭は砕け散った。
「終わりなぞ、いらん。そうは思わんか?」
あたりに満ちる焦げ臭さを、すぅと吸い込んだ彼女。青年は、ようやく口を開く。
「誘いは、嬉しい。けど、終わりがあっても、いいじゃないのか?」
ほう。翡翠が細められ、じっと見つめる。
「うまくは言えない。うん、おまえと一緒にいるのは楽しい」
互いの、わずかに光を返す目だけが見える。
「でも、終わりがあって初めて、得られることがあると思う」
具体的には、とドラゴンが一歩近づく。
「……ずっと、ずっと。終わらない旅。なんか、考えてみたら、怖かった」
黙する獣。
「おまえだけが隣にいて、どこ行っても、おまえしかいない。なんでか、なんでか、怖かった」
なんでだろう、と続けた彼に、
「弱者め……とんだ見込み違いよ。まぁよい。貴様と別れた後の終わらぬ旅路は、我一人で楽しむこととしようか」
クックッと彼の目の前で笑っていたドラゴンは、不意に身体を横たえ、眼を閉じた。寝息が聞こえ始めると、シラナドもまた、横になる。
「終わらない。いつまで経っても……だから、終わるって、信じるしかないんだ……」
いずれにある果てを ラクリエード @Racli_ade
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