第18話 騎士と将軍

 国を見渡せるほどの高さに、たった一蹴りで到達した騎士の驚くべき身体能力に。

 だが、水無月は反応することはない。

 騎士に抱えられるがままに、次は落下していく。

 そして、旭昇天の天守閣へと到着した。


「少年、君は今からこの国を治める将軍様とお話しすることになる。まだ話せる気にはならないだろうけど出来る限り答えてくれると嬉しい」


 水無月は小さく頷く。

 声を発することはない。

 先ほどからこの様子だ。

 騎士は水無月の様子を気にしながら、優しく声をかける。

 

「もちろん僕に答えれることは僕が答えるから。君は僕がわからない時だけ話してくれると嬉しいよ」


 虚ろな目で、水無月は騎士の目を覗く。

 優しい赤い目は本気で水無月のことを心配していることがわかる。


「君のせいじゃない」


 それだけを水無月に伝え、騎士は天守閣から中へと入ろうとする。


━━さっっきよりも状態が酷い。冷静になって事態をしっかりと把握できるようになったのか。気が動転していた時よりも重症だな。


「お疲れ様です騎士様、将軍様は奥の部屋におります」


 土足で入り込もうとする騎士を嫌悪することなく、使用人は部屋へと案内する。


「部屋の中に他の人はいるかい?」

「中は将軍様だけでございます」

「わかった。話が終わるまでは誰も中に入れないよう頼むよ」

「かしこまりました。他のものにも伝えておきます」

「よろしく」


 使用人が、天守閣の最上階から出て行ったのを確認して騎士はゆるりと戸を開ける。

 戸を開けた先には、胡座をかき、肘をついた将軍がその鋭い双眸で部屋に入ってきた二人を見つめている。


「将軍様、グラべオン騎士団の騎士でございます。こちらは今回の件の関係者です。同行はもちろん構いませんね?」


 抱えていた水無月をそっと置き、騎士らしい礼をする。

 どことなく敵意の感じる話し方なのは気のせいだろうか。


「ああ構わないよ。私もその方に話を聞きたいからね。見た限りそれができるようではなさそうだが」


 鋭い眼光には似合わない声音の三十代後半の男。

 二人の素性がわかり、将軍の物腰が柔らかくなった。

 

「さて、聞くところによればその少年は犯人を目撃したということだが、どうなのだ?」

「早速本題ですか。もう少し談笑を交わしてもよろしいのでは?」

「すまないね。今回でこの国の犠牲者は四人目となった。国民の不安もどんどん高まる一方なのだ。焦りが出るのも君ならわかってくれるだろう?」

「もちろん理解はできます」

「そこの少年も、話したくないことは話さなくてもいい。ただ私の質問には答えてもらう」


 将軍の目は水無月を捉えている。

 水無月もその視線に気付き、小さく腰を曲げた。

 だが、まだ声を出せるほどの元気はない。


「簡単にYESかNOかの質問だ。だがそれでは聞きたいことが限られる。そのためいくつかの質問は君自身に話してもらうことになる。いいな?」

「……はい…」

「さっきの言ったように僕が答えることのできることは僕が答えるから、無理に話そうとしなくていいよ」

「では最初の質問だが、犯人は男だったか?」


 歴代最高の将軍と評される目の前の男は、水無月に対する配慮を最大限気をつけ、いくつもの質問を投げかける。

 そのどれもが水無月が首を縦か横かに振るだけですむものだった。


     ーーーーーーーーーーー


「君に聞きたいことは以上だ。あとはこの騎士に話を聞かせてもらうことにする。その間に君に聞きたいことも出てくる可能性もあるのでもう少しここにいてもらうことになるが構わないね?」


 水無月は将軍に無言で頷く。

 その小さな動きを見て、将軍は騎士へと質問を投げかけていった。


「相手の男の身体能力はどうだった?」

「力、速さともに僕には一歩届かずといった感じです」

「取り逃がしているようだが」

「僕に土地勘がなかったことが最大の原因ですね。低い屋根の家が多い街の高低差をうまく使って逃げられましたので」

「なるほど。あなたはこの国の人間である可能性が高いと考えているのだな?」

「僕も半年近くこの国で見回りに回っていましたからね。それでも気づけなかった道を迷いなく進んでいましたので」

「素直にそうだと言えばよかろうに……まあいい。次の質問だ。その女性のことだが」


 将軍が女性と発したとき、水無月の肩がビクッと震える。


「すまない少年。気が回らなかった。ここからは君の聞きたくないことも多くなるだろうから部屋の外で待っていてくれ」


 大きな失態をしてしまったかのように水無月に謝罪をする将軍。

 しかし水無月は返事をすることもなく部屋から出て行った。


「彼の様子はとても深刻そうだな」

「それはそうでしょう。目の前で友人が殺されていたのですから。あなたにもその気持ちは少しぐらいわかるのでは?」

「…痛いほどわかるとも」


 水無月が出て行ったことを確認し、騎士と将軍が会話を再開しようとするも、少しの間沈黙が続く。

 騎士は将軍の姿を。

 将軍は自分の手を見て。


「それで次の質問は何ですか?」


 沈黙を破ったのは騎士の方。


「ああそうだったな…次の質問だが、女性の状態から今までの犯行と同一人物であるのは確かなのだな?」

「はい。心臓を一突き、と言っても今回も一分弱ほどであれば治療が間に合うような殺し方でした。同一犯であることは確かかと」


 騎士の言葉を聞き、将軍は聞きたいことを聞けたのかじっくりと何度も頷く。


「お前はこの殺し方についてどう思う?」

「二人になった途端お前呼ばわりとは……まあいいです。気にしないことにします。そうですね……今までの殺害対象が異世界人であることから、犯人の目的は異世界人の持つ特殊な道具を狙ったものだと思いますね」

「それは私も同感だ。でなければピンポイントで異世界人を狙う必要はないからな」

「目的が達成されたのであれば今後同じようなことはなくなると思いますが」

「まだ続くと考えているのだな?」

「ええ」


 続く被害が出るまでに犯人を捕まえる必要が出てきたことに、騎士は焦りを露わにする。

 その様子を将軍が見るが、将軍も同じように焦っていた。


━━なぜ将軍が焦る必要があるんだ?国民の不安が取り除かれないから?それとも……


「最後に一つ。目が紅く輝いていたという質問にあの少年は頷いたが、お前はそれを見たか?」

「残念ながら確認できませんでした。ただ、それが本当なのであれば本当に厄介ですね」

「狂信者である可能性か…本当に厄介だな」

「なんですか?」


 将軍は騎士の方に目を向ける。

 騎士はその理由が何であるかもわかっているようだが、あくまで何のことかはわからないというかいった様子で返す。


「いや、気にするな」


 水無月が出て行った戸を開けるために、将軍は立ち上がり歩く。


「僕への質問はもうよろしいので?」

「聞きたいことはもう聞けた」


 短く返し、将軍は戸を開ける。

 騎士はその将軍の背を強く睨みつけるが、当の本人が気づくことはなかった。


「協力感謝する」


 戸の先でうずくまっていた水無月に、頭の位置を合わせて将軍が礼を述べる。


「君の無念を晴らすために、私たちも全力を尽くそう」

「…話は終わりましたね。それでは少年。帰ろうか」

「我が国はすぐに男の追跡を始める」

「この後僕も国に帰ってこの情報を共有してきます」


 騎士は天守閣にきたときと同じように水無月を抱える。


「少年、自分の家を場所を指差せるかい?」


 水無月は大雑把な方角に無言で指を指した。


「あっちの方向だね。…それでは失礼します将軍様」


 騎士は水無月の指差した方向に、またも一蹴りで跳んでいく。

 すでに城の輪郭をはっきりと認識することができなくなった。


「ここであっているんだね?」

「ありが……ござ…ます」

「気にしなくいいよ。元はと言えば僕が責務を果たせなかったのがいけないことなんだから」


 知らぬ間についた宿へと、水無月はふらついた足取りで帰っていく。

 中へと入って行った水無月を見送った後。


「さて、帰るか」


 一人になった騎士は気にしていることなど何もなかったかのようなノリで、大きく力強い一歩を踏み込んだ。


     ーーーーーーーーーーー


五回目です。メートリーです。

今回は狂気についての授業です。


黒いモヤのような見た目をしている狂気。

触ることは一切できません。

霧のようなものですね。

狂気はいつどこでどのように生まれたのかが全て謎に包まれています。

さらに、取り込むと狂った思考と驚異的な身体能力を得ることができるというのもなぜなのかわかっていません。

未知の塊ということですね。

全然ワクワクしないですけど。


そんな狂気ですが、一つ面白い論文があります。

この前紹介したジューン博士のものです。

この博士は他にもいろいろな論文を出していますが、そのほとんどは他の学者からは証拠がないとかで否定されていますね。

まあ他の学者も多数派の意見の研究を広げてるだけなのですけど。


さてこの論文の内容ですが、狂気の正体と仕組みについて書かれています。

この博士によれば、狂気は神から創り出されるものであり、思考が乱れるのはその神が狂気を取り込んだ者を誘惑してるからだとされていますね。

ちなみに、狂気を取り込んだ者を狂人と言い、さらに多く取り込み目の能力を得た者を狂信者と言います。

狂信者はこのジューン博士が名付けたものですね。

取り込めば取り込むほど得られる力が強大になっていく狂気ですが、これも神が力を与えているようです。

そして多く取り込んだものに与えられる目の能力は神からの寵愛だとか。

この論文に書かれているのはそれぐらいですね。

全て絶対的自信があるかのように書かれているのは少し気になりますが。

まあ四百年前の人なので真相を語ってもらうことができないというのは残念ですね。

一体何を司る神様がこんなことをしているのか、この博士も終ぞわかることはなかったようなので話半分に聞いていてください。


本日の授業はここまでです。

また次回の授業も楽しみにしていてください。

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魔法の使える異世界に連れて来られたけど付き合ってる彼女と結構いい感じだったのでもとの世界に戻るために頑張ります 〜彼女にもう一度会うための物語〜 ねこぶた @nekobuta606

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