第17話 無神経

 月霜の体を抱きしめてどれほど経っただろうか。

 確かなのはすでに日は昇り始め、水無月と月霜を照らしているということ。

 水無月は日の温もりを背に感じながら、叫び声と涙がいつのまにか出なくなっていたことに気づく。


「ぁ…ぁぁ……ぁ」


 聞くに耐えない声しか出すことしかできない。

 月霜と水無月だけの空間。

 誰にも侵入してほしくない空間に、誰かが水無月の背後から声をかける。


「その女の子は君の友達かい?」

 

 部外者。

 今の水無月にどうでもいい部外者に声を出す力はない。

 頷きだけで返事する。


「そうだったんすね。それは残念だったっす」


━━過去形で話さないでくれ。まだ…まだ……


 別の男の声が水無月に届く。

 その声のトーンからは深刻そうにしていることは今の水無月にもわかる。


「満足したかい?」


 一番初めに水無月に話しかけた男。

 その男の言葉に水無月は思う、満足するわけがない、と。

 当たり前だ。

 大事な友人が。

 仲のいい友人が。

 助けられたかもしれない友人が。

 目の前で死んでいるのだから。

 しかし、次の言葉に水無月は男の言っていた本当の意味を理解する。

 

「お兄さん。そろそろ退いてくれないかな。早くそれをここから退かさないと」


 この男は水無月を月霜から離したかっただけだ。

 水無月を心配してでの発言ではない。

 そのことに気付き、水無月は振り返って男の胸ぐらを掴む。

 

「お兄さん。落ち着いてくださいっす。先輩も謝ってください。あんな言い方ないすっよ」


 慌てて水無月を止めようとはするものの、力づくで二人を離そうとはしない。

 だが、水無月は男を離さない。

 月霜のことを物のように言った男を水無月は許すわけがない。

 相手の男を睨みつける。

 その顔には見覚えがあった。

 いつだったか、新聞配達をしているときに水無月の会った忍の人だ。

 その目はひどく冷たい。


「そうだね。俺の言い方が悪かったよ。でもさ、ずっとそこに置いとくのもできないっていう俺の言いたいこともわかるよな?ここって別に誰も来ない場所ってわけでもないからさ。ずっとお前ら二人を一緒にってことはできないんだよ。それともなんだ?お前もここで…」

「先輩、もういいっす。彼も十分わかってるはずっすから」


 冷たい声で悪びれた様子もなく淡々と話す男を、隣にいる男が制す。

 それを見た水無月も苛立ちが込み上げるが相手の男から手を離す。


「ごめんなさいっす。ここ最近色々あって先輩も余裕がないんす。許してくれとは言わないっす。ただこっちの事情もわかってほしいっす」


 口調の特徴的な男は顔全体を覆った布から明るい金髪を見せ、深く頭を下げている。


「とりあえず遺体は保管させてもらうっす。異世界の人は家族がいない場合が多いのでその後の判断は仲のよかった人に聞くことになってるっす」

「そうペラペラと話すな。まだ遺体の検査も終わっていないんだ」

「すんませんっす。…まあ、そんなわけで後日連絡がいくと思うっす」

「もう一つお前に聞きたいことがあるんだが…」

「そのことについては僕が話そう」


 通りの方から騎士服を着た、深い青の髪と優しい赤い目を持った男が近づいてくる。

 水無月を助けた青年だ。

 服は騎士服はあちこちが汚れている。


「これは騎士様。何か御用で?」


 冷たい目の男が嫌悪を騎士に見せる。

 しかし、騎士は男を無視して水無月の前で深く謝罪をする。


「すまない。取り逃がしてしまった。本当に申し訳ない」


 その騎士の謝罪に、水無月は何も言わない。


「僕のことを責めてくれて構わない。呪ってくれて構わない。もちろん、それで君の気がすむとも思っていない」

 

 月霜となんの関係もないはずの騎士がなぜそこまで自責の念に駆られているのか水無月にはわからない。

 水無月も騎士に何か文句を言うことはない。

 あの男を逃したのは、他の誰でもなく水無月自身であることを理解しているから。

 それに騎士の服を見れば全力を尽くしたことはわかる。

 そんな彼を責めるのはただの水無月の八つ当たりだ。

 水無月はそんなことをする自分を認めない。

 だから、水無月は黙ったままで首を横に振る。

 別に気にしなくていい、と。

 悪かったのは自分の力量不足のせいだから、と。


「にしても最強の騎士様でも捕まえれない奴なんているんすね」


 最強の騎士。

 グラべオンの騎士団が最強と呼ばれる理由にもなるほどの実力者。

 どうやらその騎士が目の前の青年のことを指しているようだ。


「最強なんて僕は思っていないよ。現に問題を解決できず、苦しんでいる人に何もできていないのだから…」


 槍使いの男を逃してしまったことを相当悔やんでいる。

 口ではそう言うが、自分の肩書きが背負っているものの重さをわかっているからだろう。


「おい、行くぞ」


 冷たい目の男が月霜の遺体に触れる。

 そのことに水無月は怒りを露わにするが金髪の男が水無月を制止する。


「先輩、僕がその子を運ぶっす」

「あ?そうか。なら早くしろ」

「心配しないでくださいっす。僕が丁寧に運びますっすから。それでいいっすか?」


 水無月は黙って頷く。

 それを見た金髪の男は水無月にその後の月霜の遺体の説明をする。


「うちには遺体を長い間腐らせず保存する方法があるっすから勝手に燃やしたり埋めたりってことはしないっす。そんなわけで、あとは任せてくださいっす」


 金髪の男が大事そうに月霜の体を抱える。

 そのまま、屋根の上へと跳んでいった。


「さて、君にはついて来て欲しいところがあるんだけど…いいかな?」

「どこに…」

「この国のお城に、将軍に事情を話さないといけないんだけど…君は犯人をその目で見てるからついてきて欲しいんだけど、無理にとは言わないよ」

「そう…か」

「どうする?別に僕一人で行ってもいいんだけど、君も将軍と顔を合わせてた方が後々役に立つかもよ?」


 騎士は水無月に手を差し伸べる。

 掴めということだろう。

 水無月は落ち着き始めた頭で騎士の言葉を考え、その手を握る。


「ありがとう。ではちょっと失礼するよ」


 騎士がそう言って水無月をお姫様抱っこする。

 そのまま脚に力を入れて、騎士は地面を強く踏み締める。

 その後、水無月と騎士は街を見渡せるほどの高度にいた。

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