第16話 紅い目

「とても静かな夜だ」

 

 日付が変わった少し後、水無月は宿を出る。

 誰一人いない街を飛んでいく。

 月明かりがほのかに街を照らしているが、輪郭をはっきりと認識できるほどではない。

 涼しく、心地の良い風を感じながらぽつりと呟く。


「綺麗な紅葉だなぁ。今度みんなで紅葉狩りでもしようかな」


 町にある木はその紅を月に照らされている。

 葉の形はイチョウに似ており、色は真紅の色に染まっている。

 イチョウと紅葉を掛け合わせたような品種だ。

 真紅の葉は、月明かりに照らされ鮮やかな赤へと変貌している。


「とりま早く帰って寝るか」


 そんな美しい紅葉も水無月の眠気には勝てなかったようだ。

 水無月はあくびをしながら号外を配達し始める。


「王様が病死ねえ。大変そうだな」

 

 水無月が新聞に目を通す。

 グラべオンの王が元々患っていた病が悪化して休止したそうだ。

 その処理に騎士団がせっせと対応している。

 どこの国も騎士団というのは便利屋として扱われているようだ。

 本来なら魔獣狩りの人たちの手に負えないような魔獣の討伐を担当する部隊のはず。

 しかし、ここ近年の異世界人によって他国間の関係が悪くなり、戦争に発展した時に備えるとしてどこの国も急速に規模が大きくなっている。

 今まで大きな争いは一度も起きていないらしいが。

 

「もうこんだけか。さっきまでたくさんあったと思ったんだがな」

 

 眠い頭でぼんやりとしながら配達をしていたr水無月。

 自分の配達中の意識がはっきりとしない。

 配達途中から雲が月明かりを隠したのだが、水無月の仕事に支障は出ていない。

 知らない間に自分の担当区間の道を把握しているほどには真面目に取り組んではいるようだ。


「後は向こうの区間の方か」


 深夜の配達のため人が集まらず、水無月には他の人の担当地域の分も渡せれている。

 夜はまだ明けそうにない。


「キャッ……ぁぁぁ……ぁ……」


 途切れ途切れの女性と思われる悲鳴が水無月の耳に入る。

 少し離れたところからだ。

 だが、わかることはそれだけ。

 場所の把握ができない。

 

「こんな深夜に女性が悲鳴あげるって何事だよ」


 ふと脳裏に数ヶ月前の記憶を思い出す。

 異世界人を狙った連続殺人事件。

 犯行はどれも深夜だった。

 水無月はその思考にたどり着いた瞬間、座布団の高度を周りがよく見える位置まであげる。


「どこだよ!どこなんだよッ!」


 月明かりのない中、水無月は配達のことなど考えずあたりを飛び回る。

 悲鳴が聞こえてからまだ一分も経っていない。


「早くっ、早く見つけないと」

 

 まだ助けることができるはずだと信じ、探し続ける。

 そうであって欲しいと願いながら探し続ける。

 

「うるせえんだよッ」


 小さく男の声が水無月の耳に聞こえた。

 すぐ下の路地裏の奥。

 紅葉の生えた小さな広場のような場所になってある場所からだ。

 紅葉が邪魔をして声の主の姿は見えない。

 水無月は路地を少し戻ったところで座布団を飛び降り、奥へと走る。



「チッ、テメエもハズレかよ」


 奥にある人影。

 声からして男であろう人物が不機嫌そうな声をあげている。

 その奥に悲鳴を上げたのであろう女性がいるのだろうが、男が前に立っており水無月にはいるのかどうかさえわからない。

 普段から持ち歩いた剣を引き抜き先手を仕掛けようとするが、先に男に気づかれる。


「アァン?誰だオマエ」


 距離はまだ近くないが、水無月を萎縮させる力が声に宿っている。

 その男が、目を紅く輝かせ水無月の方へと振り向く。

 男の背は水無月と同じほど、手には槍だと思われる武器が握られている。

 水無月は男との距離を空けたまま、状況を把握するための時間稼ぎをする。


「そこで何やってるんだ」

「オマエには関係ねえよ」


 が、男は水無月の話に付き合う気はないようだ。

 男はその目に明らかな敵意を込め水無月を睨みつける。

 自分の邪魔をされたことに腹を立てているのだろう。


「後で謝っとかねえとな。死体を一つ増やしちまったってよォ」


 男が話終わる前に、手に持った槍を水無月へと投げつける。


「くっ」

 

 ものすごい速さで性格に水無月の心臓を狙って飛んできた槍を、水無月は左手の籠手でなんとか防ぐ。

 それと同時、籠手に当たった相手の槍も砕けた。

 水無月はまだ右手の籠手が、それに対して男の武器はすでにない。

 状況的には水無月が有利だ。


「やるじゃねえか。それともまぐれか?」


━━その通りだよ。まじ危なかったわ。


 投げるモーションを見た瞬間たまたま心臓の前に左手を持ってきたというだけのこと。

 少しでもずれていたら水無月はすでに心臓を一突きされていた。

 その事実に水無月は内心焦りっぱなしだ。


「まあどっちだっていいか」


 一撃で水無月を仕留めることができずめんどくさそうに頭を掻いている男が、水無月が瞬きをした次の瞬間にはすでに男の拳が水無月の腹に入れられていた。

 

「かはッ」

 

 口の中にあった唾液を吐き出しながら、路地の外へと飛ばされる。

 平均よりも少し重い男子高校生を拳一発で数十メートル飛ばす威力に水無月は驚きながらも、受け身を取り次の攻撃に備える。

 

「チッ。うまいこと守りやがって」


 実力の大きさに水無月は挫けそうになるが、まだこの先に悲鳴を上げた誰かがいることを思い出し逃げる選択を捨てる。


「オラッ」


 男は一歩で数十メートルの距離を埋める。

 その異常な身体能力から放たれる拳を水無月が受けれるはずもなく。

 

「避けるなんて男らしくねェッ、まあ俺も逃げるときは逃げるがなァ」


 避けることを選択した。

 

━━いける!集中すれば回避は間に合う!


 相手の大きな一撃を避けた水無月。

 男の次の大きな攻撃に備えるが、男は一撃で落とすことを諦めたのか連撃で攻めてくる。


━━キッツイキッツイまじキッツイ。


 回避と右の籠手を利用になんとか男の攻撃を凌ぐ水無月だが、その悲しい体力の限界が近づいてくる。


「オメエ、避けてばっかじゃつまんねえよ」


 まだ水無月は男に攻撃を一発も与えていない。

 守りに集中するだけで精一杯で攻撃する余裕がないだけなのだが、男は馬鹿にされている飛ばす受け取ったようだ。


「大丈夫かオマエ。疲れが見え始めてんぞ」


━━楽しそうに言ってくれんなあ。こちとら守りで必死だってのに。


 水無月の体力は限界を迎えようとしている。

 

━━そろそろ決めねえとな。


 水無月がこの戦いを終わらせようとする。


「つまんねえよ。そんなんじゃよ」


 それは男の方も同じのようだ。


「もういい。テメエつまんねえよ」

 

 化け物じみた身体能力で水無月に接近して拳を撃つが、水無月はその行動を読んでいたかのように回避する。


━━ここおぉぉぉぉおおおお。


 男が空ぶったそのがら空きの背中に、水無月が剣を投げつける。

 剣は男の背中目掛け、勢い落ちることなく飛んでいく。


「まあまあだな」


 しかし、剣は男に刺さることはおろか当たることもなかった。

 男は一瞬のうちに振り返り、飛んでくる剣の柄を掴んだのだ。

 

「剣なんかより槍の方がいいだろ」


 男が水無月の剣を心底つまらないものを見る目で投げ捨てる。

 そして、男はその緑の双眸で水無月を見る。

 必ず殺すとそう書いてる目から、水無月は目を逸らすことはしない。

 男はその手に槍を作り出す。

 いや、創り出す。

 創り出した槍を男は両手で持ち、水無月との距離数メートルをなかったもののように軽い一歩でつめ、水無月の胸元に槍を突き刺す。


━━死んだ。これは死んだ。


 水無月が回避するまもなく詰め寄ってきた男の攻撃には水無月は目を瞑る。

 その直後、金属と金属がぶつかり合う音が水無月の脳に響いた。


━━なん…だ…


 そっと目を開ける。

 そこには紅く目を輝かせた深い青の髪の青年が、男の槍を水無月に突き刺さるギリギリのところで弾き返していた。


「クソっ。なんでテメエがこの町にいるんだよ」

 

 男は青年の顔を見るなりたちまち機嫌を悪くし、屋根の上へと一足で飛び退いていく。

 

「少年はここで待っていてくれ。僕には彼を追う責務がある」


 そう言って青年は男を追いかけて行った。


「助かった…のか?」


 体は動く。

 心臓の鼓動も聞こえる。


「そうだ。まだ一人誰か…」


 路地裏の奥へと入っていく。

 紅葉の葉は散り、地面一帯を紅く染め上げている。

 その奥に人影が一つ。

 水無月がその人影に駆け寄り、声をかける。


「大丈…夫…です…か」


 青白い月の光が、木々の隙間から広場を照らす。

 相手の様子がよく見えるようになった。

 胸に槍を突き刺され、壁にもたれかけている。

 体からの出血はもうすでに止まっており、助けようもない状態だ。

 水無月が相手の顔を見る。


「つき…し…も?」


 どう見ても月霜だった。

 死体としてそこにいる顔は何度見ても月霜だ。


「月霜っ、月霜っ、しっかりしろ!」


 月霜の体に触れ、体を揺らす。

 触れた体からは体温を感じられない。


「目を覚ませ、月霜!」


 月霜が目を開けることはない。

 それは水無月も頭ではわかっている。だが、理解が追いつかない。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 そして気づく。

 すでに手遅れであることを。すでに命の火は消えているということを。

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