第15話 誰かを傷つけたくない
月日は流れ、後期の時間割に変わる時期となった。
水無月がこの世界に来て半年以上経ったことになる。
この半年間で水無月は他の異世界人の動向を見ていたが、横暴な人間はおろか、悪口の一つこぼしたところを聞いたことがない。
今までの授業からコネクターに原因があるようなので他の異世界人と敵対する必要がないのは水無月にとってはうれしいことである。
そのコネクターと接触する方法が全く分からないがシェイに聞けば何とかなるだろうと思い、水無月は学校生活をエンジョイすることにした。
「もう半年たったか…意外と早いもんだな」
今日も今日とて水無月は低空飛行で新聞を配達する。
最初の頃と比べ二倍近い部数になっているが、毎回一筆書きルートが与えられるので仕事の効率はなれも含めてさほど変わらなかった。
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「みなさんおはようございます」
前期期末テストも問題なく終わり、水無月は座学の履修を終えることができた。
体力も水無月が中学時代に本気で部活に取り組んでいた時よりもついている。
腹筋が割れるまではいかなかったが、後期も鍛え続ければあと数か月でそれも現実味を帯びてくるだろう。
武器を扱った練習も、中級騎士ほどの実力はついているとベント先生に言われた。
中級騎士といえば、そこらにいる魔獣なら群れで襲われても単独で突破できるほどらしい。
他のクラスメイトは元々の身体能力を生かしアクロバティックな動きを戦闘スタイルに組み込む練習をしている。
何度か対人練習も行ったが動きに翻弄され水無月は防御で精一杯だった。
いろいろ水無月も成長したが、この半年間で一番成長したのは魔法だろう。
能力が草以外にも影響を及ぼすとわかったとき、水無月は飛び跳ねて喜んだものだ。
水無月は自分の能力を対象の時間を進める魔法と予想している。
植物の成長や生物の動きを一時的に早めることができたので間違いはないだろう。
一見強そうだが、今の水無月の実力では小さな対象にしか使えないので、当分の課題は影響範囲を広げることとなりそうだ。
右手の魔法はまだ発現しない。
「本日から本格的に戦闘に向けた練習を行う。自分に合った戦闘スタイルを見つけるため様々な方法を試してみるといい。私が相手をする。一人ずつ、なんなら複数人でかかってきてくれて構わない」
ベント先生は硬質化の魔法を持っており、自分の体の一部を硬質化させることで生徒たちの攻撃を防いでいる。
視認して判断していると言うが、異常なほどに反応速度が速い。
今のところベント先生に大きな一撃を与えた生徒はいない。
水無月も相手をしてもらったが全く歯が立たなかった。
「どうでしたか水無月さん」
「全然ダメだったよ。月霜は?」
「私も同じです。細剣の攻撃速度をいくら上げても的確に防がれてしまいます」
そんなベント先生でも対魔法には相性が悪いのか基本的に避けている。
あくまで硬質化は硬くするだけの能力なので炎などをもろに喰らうと怪我するらしい。
「それにしてもこの世界の人はすごいですね」
「ほんとにな、あんな動きできねえよ」
先生相手にいい勝負をする生徒もいる。
しなやかさを活かして攻撃を避けてカウンターを決める人や、壁などを使って縦横無尽に動いて攻撃するなど自由度の高い戦闘スタイルだ。
「日下部、どうだ?」
「僕は全然ですね。短剣だと相手の懐に潜り込む必要があるのでこう明るい場所だと厳しいです」
「隠密行動でも極める気か?」
「投げナイフに変えようかなって思ってます。短剣は緊急用ですかね」
魔法の使えない日下部は戦闘するにあたって苦労している様子である。
かくいう水無月も魔法は戦闘で使えるような代物ではない。
「それにしてもメリッサはすげえな」
「あの戦闘スタイルは見習いたいものですね」
メリッサの咲かす毒花には、触れただけで相手の肌を腐敗させていくものもあると聞いた。
毒の強さもコントロールできるらしく、今のような時には、触れると少しヒリつくぐらいに調整している。
その毒花で先生の移動範囲を絞り、針を出し防御に徹させたところを近づいて斬りかかるという殺しに特化した戦闘スタイルである。
まだ半年あるというのに既にレベルの高い人多すぎやしないかと、水無月は周りとの実力差に半目を向く。
「お疲れ様です。メリッサさん」
「お疲れー、月霜ちゃん」
「お前戦闘慣れしすぎじゃね?」
「そんなことないと思うけどなあ」
本人にはその気がないのも怖いところだ。
「この後どこか行く?」
「いいですね。私買いたいものがあるんです」
「僕も付き合いますよ」
「水無月くんはどうするー?」
いつものメンツに月霜が加わったこともこの数か月で大きく変わったことの一つだろう。
月霜は話しやすく、水無月だけでなくメリッサや日下部も月霜のことを好んでいる。
少なくとも水無月はそう思っている。
いつものメンバーに女子が増えたことで、女子会が開催されるようになり、なぜかそこに水無月と日下部も参加している。
おもに楽しく話しているのはメリッサと月霜、日下部の三人だが。
その場に日下部が馴染んでいることにも水無月はもう慣れた。
「俺も行くよ」
━━アルマになんか買ってってやるか。どうせ今日もカフェで女子会だろうし。
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「これお土産」
水無月は今日買った可愛いストラップをアルマに渡す。
「ありがとうございます!大事にします」
予想以上にうれしそうにするアルマに、水無月も買った甲斐があったと思う。
「安いやつだから別にそんな大事にしてくれなくていいよ」
「そういうことじゃないんです!こういうのに値段は関係ないんです!…それとも水無月さんは私には安物でもいいだろうって思って買ったんですか?」
「いや…喜んでくれるかなって…」
「その気持ちがうれしいんです!」
ストラップを随分と気に入った様子で握りしめる。
水無月がいつだったか女将にアルマとの外出について聞いたときに、それはできないと言われてから宿の外であったことをアルマにたくさん話してあげるようになった。
今のアルマはその話を聞いている時よりも幸せそうな顔をしている。
━━たまにはこういうプレゼントがあってもいいな。
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それから一月
「水無月もっと相手の動きをよく見ろ!」
「はいっ!」
先生の素早い攻撃にも目が慣れ、水無月は何度か攻撃を与えることもできるようになった。
新たな戦闘スタイルの開発のために、ベント先生は水無月に籠手を用意した。
最近では剣と籠手は外出するときは身につけるようにしている。
籠手のおかげで防御も楽にこなせるようになり、剣は攻撃に集中できるようになった。
「かなりよくなったぞ、水無月」
「ありがとうございます」
「あとは決めの一手だな、毎回俺に攻撃が当たり直前に迷いが見える。そんなものでは相手を倒すことはできないぞ」
「相手を傷つけることが怖くって、どうしても力が抜けてしまうんです」
「今はいいが外に出るとなるとそれでは困る。敵はお前の命を遠慮なく刈り取ろうとしてくる。そんなことでは救いたいものも救えなくなるぞ」
「はい。精進します」
水無月もそんなことはわかっている。
だが、痛いことはするのもされるのも苦手だ。苦しそうな表情が目に映るだけで胸が締め付けられる。
他人にそんな表情をさせたくない。
相手がだれであれ、水無月はそんなことをしたくないと思っている。
「別に無理に戦う必要はない。逃げれるときは逃げればいい。だが、いずれやらなければならない時というのは必ず来る。その時のために覚悟だけは決めておけ」
「はい」
虚ろな声で返事を返す。
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「水無月くん」
「はい。なんですか」
「今日の夜は予定があるかい?」
「いえ、ありませんが」
「さきほど連絡が来てね、号外が配られることになったんだけど、届くのが深夜になるそうでね。その配達を頼みたいんだけど」
「大丈夫ですよ」
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
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