璃球国の噂

水岔 円

序章 噂

 亀通かめがよいで、高貴な白が闇に染まりつつある


 璃球りきゅう国で流れる噂は様々だが、この五年、途切れることのない話題があった。水の恩恵を受ける力″璃球りきゅう″を持たずに、宮中にある亀堂かめどうに住み着いた女の話だ。


 「そりゃもう真っ黒だって話じゃないか。王子が染まってしまわないか心配だよ」

 「手遅れって話も聞くぜ。″潮整ちょうせいの儀″も失敗に終わるとか」

 「そんな…かわいそうな王子」


 その女は力を持たない証、黒髪黒目は闇夜のように暗く、不吉だと人々は囁く。王子は心を塞いでいたが、その者のおかげで人形から人に戻った。そして、幼さゆえにその女に懐いてしまった。この五年、女のいる亀堂に通い続けて璃球は弱っていると、嘆く。


 「このままじゃ璃球のない女が王配になる」

 「まさか。それはないだろう」

 「王子も十六だ。子供の時ならいざ知らず、未だに亀通いしてるんだぞ。考えたくはないが…」

 「やめとくれ!そんな恐ろしい話。そんなことになったら」

 「そうさ、亀の女が不吉をもたらす」


 ピチャンっとメダカが跳ねて、噂を口にしていた者たちが一同にそちらを見た。玄関前にある水盆の中を泳いでいるだけ。だが、まるでメダカにも聞かれてはいけないように、言葉少なにいそいそと家の中へ入っていく。

 ぴしゃんと閉じられた扉の振動が、水面に波紋を起こして、メダカはくるりと回った。

 

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