その後の話
かどの かゆた
その後の話
目を覚ましたら、枕がやけに筋肉質だった。
顔を横に向けると、そこには彼氏の顔がある。いつも二枚目風なのが嘘みたいに、間抜けな寝顔だった。わたしはその寝顔に特別なものを感じて、ぼーっとそれを眺めていた。こういうのを、あばたもえくぼと言うのだろうか。
布団の中は温くて、気持ちがいい。うちの彼氏は体温の高さにおいて、電気毛布よりも優秀らしかった。
そういえば、手が温かい人は、心が冷たいんだっけ。あれ、よく言われるのは反対だったかな。つまりは、冬に手袋を外せば誰もが温かな心の持ち主になれる、ということだ。少なくとも、そういう風に見せかけることはできる。
実際のところ、彼はどうなのかしら。
昨晩、わたしは彼とはじめてした。
まぁ、大学生なんだからやることくらいやるだろうって話なんだけど、問題はそこじゃなくて。
何か良いなぁ、って思ってノリでしちゃったけど、彼は本当はどんな人なんだろうか。表面上のことは、友達としてそれなりに過ごしてきたから知っていたけど、最中でさえ彼にはちょっとした余裕みたいなものが見て取れた。
「おはようございまーす」
言いながら、鼻を摘んでやる。
彼は低く唸って、眉にしわを寄せた。
「おはよう……」
少しだけ目を開けて、こちらを見てくる。
「まじでねむい……」
それから彼は、寝返りを打って、また眠ろうとしてしまった。
出来たてほやほやの彼女と全裸で隣り合っているというのに、マイペースなやつだな全く。愛が足りないんじゃないか、愛が。
それから私は、彼が大真面目に愛を語る姿を妄想してみた。実際にやられたら引いちゃいそうだな、わたし。でも、だからってぞんざいに扱われるのが嬉しいはずもなく。
「ねぇ」
「んー」
「ねーぇ」
「なに?」
「男の恋愛って、するのがゴールなんだってね」
わたしがそう言うと、彼は露骨に面倒くさそうな顔をした。
あ、その顔。
好き。
「なに? 変なネットニュースでも見た?」
「んー、そんなとこ」
わたしはこの迷信をどこで聞いたのか覚えていなかった。でも、それなりに信憑性があるんじゃないかなって思った記憶がある。
「じゃあ、女の恋愛は、どこがゴール?」
答えに困ったのか、彼は逆に質問をしてきた。
何だかそれも、どこかで聞いたことがあるような。
「確か、結婚だったかな」
「で、ゴールを迎えたらどうなるの?」
「適当になるんじゃない」
「何が?」
「恋人の扱いが」
「でも、適当だろうとなんだろうと、恋人としての生活は続くんだろ? それってゴールって言えるのか?」
言われてみれば、そうだった。
マラソンの途中で走りが適当になっても、そこがゴールとはならない。走りきらなければ、そこには辿り着かないはずだ。
なら、別れるのがゴールだったりするのだろうか。いや、レースを中断した地点をゴールとは呼ばない。
「じゃあ、死ぬまで一緒だったら、それがゴールみたいな」
「それだって、ただ終わるだけで、ゴールって呼べるかは人によるんじゃないか」
まぁ、道半ばで命を落とすなんて、珍しい話じゃないか。
適当にはじめた話のせいで、わたしは頭が混乱してきてしまった。じゃあ、ゴールなんてものは、そもそも存在しなかったのかな。
「つまり、その都度目標があって、それがゴールってことか」
彼は上半身だけを起こして、伸びをした。
その言葉は、わたしの胸中にすっと入ってきた。するのも、結婚するのも、その時々のゴールなのだ。ゴールは一つじゃなくて、無限にあった。そして、わたしたちはその中から、どのゴールを通るか選ばなければならない。
「今の貴方のゴールはなんですか?」
インタビューアーみたいな感じで、彼に質問してみる。
「んー、互いのことを、よく知るとか?」
それっぽいことを言いつつ、彼の視線は次第に私の裸体へと吸い寄せられていく。考え事をしたことで、脳が次第に覚醒していったみたいだ。
ま、別に、男のゴールがそれでも、責める謂れは無いんだけどね。
この行為で彼のことを知れるかは、よく分からないけど、悪いものじゃないし、もしかしたら、彼の言う通り相互理解に有効なのかもしれない。
私のゴールがあって、彼のゴールがあって。それはその都度変わって、無限に変化していく。
だからこれは、互いのゴールを擦り合わせて、行く道を近づけていく作業なのだ。
妙に優しくキスをされながら、ぼんやりそう思った。
その後の話 かどの かゆた @kudamonogayu01
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