14
三月も半ば。
私たちの世代が、中学生から高校生へ生まれ変わろうとする人生の節目。それが残り二週間後に訪れようとしており、一つの階段を上ろうとしているのだ。
しかし私にとっては、中等部から高等部へと上がるだけ。
階段ではなくエスカレーターのように、立ち止まっていても勝手に上っていくのだ。だからクラス替えくらいの気分である。
それでも人生の大イベントは、確かに四月に控えていた。
自らが作詞作曲を手掛けるバンドの立ち上げ。
今までは私たちの中、精々流れてもヒロさんのスタジオ内だけであったが、それが世界へ向かって解き放たれる。
入学式を控えた、春休みを過ごす世間の高校生が抱く、未来への期待と不安。その代わりのように、自らのバンドにそれらの思いを寄せていた。
ただしそれに至るには、一つの課題を未だ残したままだった。
「んー、どうしたものかな」
バンド名が決まっていないのだ。
自分たちらしさを出したい。
安易に横文字を付けるだけも避けたい。
私たちだからこそのバンド名にしたいと、ちとせがギリギリまで悩んでいる。ヒロさんのスタジオで顔を突き合わせ、今日こそは決めるぞと。
今日まで上げてきた候補も悪いものではない。その中から選んでも決して妥協ではないと思うのだが、ちとせはまだ粘りたいと主張する。
私はこれからバンドの透明人間となり、朝倉仁美の存在を高校卒業まで隠し通す。
バンドを始めるという後ろめたさもない。私がロックバンドだなんて、お母さん辺りは愕然とするだろうが、そこに胸を張れないものはなかった。
それでも私たちは隠さなければならない。お互いの家族に、お互いのことを知られてはならないのだ。
全てはこれからも、変わらぬ家族であり続けるために。
……訂正しよう。明かした後も一生、変わらぬ家族であり続けたくはない。戸籍上私だけ正しい形に戻して、兄さんと家族を育む野望がある。一度は宮野仁美となるが、兄さんに嫁入りすることでまた朝倉仁美に戻る。その先で堂々と両親たちと暮らせるという、まさに一石二鳥のアイディアを温めていた。
兄さんに全てを明かす時期は、場合によっては早めてもいい。むしろそれによって私を女として意識させる。そういった作戦もありなのではないか、と最近は思っているくらいだ。
だが、まだ明かすわけにはいかない。まずは様子を見ながら、これから始まるバンド活動に専念しなければならない。
私は透明人間として影に徹する。
だからこそ、いざ表になったときインパクトを与えたいとのこと。
そこまで狙い、奇をてらったものにしなくていいのでは、と思うが、それでも私のことを思って悩んでくれているのだ。
そんな血の繋がらない双子の姉妹。その優しさは嬉しかった。
「閃いた!」
突如立ち上がり、ちとせは叫んだ。
「ひととせロックンガールズ!」
「は?」
叫声にドキリとさせられた次は、呆けさせられてしまった。
「なによロックンガールズって。ダサイから嫌。却下」
「えー……ロックンロールにロックンガール。いい感じにかかってると思ったんだけどな。特にガールズ。なんでソロバンドなのに複数形なんだ、って。仁美が表に出てきたときの伏線にもなるからよくない?」
「ミステリーじゃないんだから、そういうこだわりはいらないわ」
ちとせのアイディアを、毅然とした態度で切り捨てる。
「でも……ひととせ、だけなら良いかも知れないわね」
ただしそれは半分だけ。その全てを捨てるには惜しかった。
ひととせというのは一年。春夏秋冬、四季を表す言葉。
語感よく綺麗な音である。
どんな意図でその言葉を引っ張り出したのかは知らない。けれどちとせらしかぬ発想に、思わずクスリと笑ってしまった。
だがそれも一瞬。すぐにそれは呆れたものへと変わってしまうのだ。
「でしょう? わたしたちの名前を合わせだけなのに、なんか語呂と語感がいいよね」
「名前をあわせた……?」
「そ、仁美の頭二文字と、わたしの後ろ二文字。なんかビビ、っときたの」
ふっふっふ、とちとせは得意げに鼻を鳴らしている。
四季に私たちらしさを見出したのではない。単純に自分たちの名前を合わせただけらしい。
どこまでも自分たちらしく……いや、私のことを押し出そうとしてくれている。
私たちの間に偏りを出したくないという、その思いが素直に嬉しかった。
互いに足らない物を私たちは持ち合わせている。
なにせ私たちは同じ星のもとで生まれた、血の繋がらない双子の姉妹。以心伝心なだけの双子とはひと味違う。
一つの音楽を生み出し作り上げるのに、見事なまでに補い合い、隙間ないほどに綺麗に噛み合っているのだ。
ひととせ。これもまた二人が一つの言葉に上手く嵌っている。単純すぎると一度は呆れたが、これ以上ないネーミングセンスにも思えてきた。
「ならバンド名は『ひととせ』。これでいきましょう」
いつもはちとせのほうが強引であるが、今回ばかりは最後の決定をくださせてもらった。
珍しい私の強引さに、ちとせは悩むことも粘ろうともしない。
「よし、それじゃあ本日を持って、ひととせの旗揚げだね!」
私たちの名前。それが綺麗にバンド名に嵌り、これ以上ないものだと喜んだのだ。
その後、本来あるひととせの意味について口にしたら、そんな言葉があったのかと驚いていた。そしてなにも知らず、そんな言葉を引っ張り出したのかと、私もまた驚いたのだ。
ひととせという名を持つことで、ようやく始まると実感を得られた。まるでこの儀式を通過することによって、バンドが実体を持ったかのようだ。
さて、これからひととせはどこまで通用するか。
全く見向きもされないか、はたまたとてつもない反響を受けるか。
自らの生みの親たちを越えて、世界へのステージまで辿り着けるか。
ひととせを通した一年後の自分は、果たしてどんな自分になっているだろうか。
不安もあるが、それ以上の期待がある。
未来が楽しみで仕方ない。
きっとこれから、何度も失敗を繰り返すことになろう。目を覆いたく現実を突きつけられ、挫折しそうになるかもしれない。
けれどちとせとなら、どんな未来でも受け入れて、きっと乗り越えられる。
だから、まずはその第一歩。
まさにひととせの始まりの季節を、この血の繋がらない双子の姉妹と共に、しっかり乗り越えていこう。
――ああ、今年も春がやってくる。
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