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 三月も半ば。


 私たちの世代が、中学生から高校生へ生まれ変わろうとする人生の節目。それが残り二週間後に訪れようとしており、一つの階段を上ろうとしているのだ。


 しかし私にとっては、中等部から高等部へと上がるだけ。


 階段ではなくエスカレーターのように、立ち止まっていても勝手に上っていくのだ。だからクラス替えくらいの気分である。


 それでも人生の大イベントは、確かに四月に控えていた。


 自らが作詞作曲を手掛けるバンドの立ち上げ。


 今までは私たちの中、精々流れてもヒロさんのスタジオ内だけであったが、それが世界へ向かって解き放たれる。


 入学式を控えた、春休みを過ごす世間の高校生が抱く、未来への期待と不安。その代わりのように、自らのバンドにそれらの思いを寄せていた。


 ただしそれに至るには、一つの課題を未だ残したままだった。


「んー、どうしたものかな」


 バンド名が決まっていないのだ。


 自分たちらしさを出したい。


 安易に横文字を付けるだけも避けたい。


 私たちだからこそのバンド名にしたいと、ちとせがギリギリまで悩んでいる。ヒロさんのスタジオで顔を突き合わせ、今日こそは決めるぞと。


 今日まで上げてきた候補も悪いものではない。その中から選んでも決して妥協ではないと思うのだが、ちとせはまだ粘りたいと主張する。


 私はこれからバンドの透明人間となり、朝倉仁美の存在を高校卒業まで隠し通す。


 バンドを始めるという後ろめたさもない。私がロックバンドだなんて、お母さん辺りは愕然とするだろうが、そこに胸を張れないものはなかった。


 それでも私たちは隠さなければならない。お互いの家族に、お互いのことを知られてはならないのだ。


 全てはこれからも、変わらぬ家族であり続けるために。


 ……訂正しよう。明かした後も一生、変わらぬ家族であり続けたくはない。戸籍上私だけ正しい形に戻して、兄さんと家族を育む野望がある。一度は宮野仁美となるが、兄さんに嫁入りすることでまた朝倉仁美に戻る。その先で堂々と両親たちと暮らせるという、まさに一石二鳥のアイディアを温めていた。


 兄さんに全てを明かす時期は、場合によっては早めてもいい。むしろそれによって私を女として意識させる。そういった作戦もありなのではないか、と最近は思っているくらいだ。


 だが、まだ明かすわけにはいかない。まずは様子を見ながら、これから始まるバンド活動に専念しなければならない。


 私は透明人間として影に徹する。


 だからこそ、いざ表になったときインパクトを与えたいとのこと。


 そこまで狙い、奇をてらったものにしなくていいのでは、と思うが、それでも私のことを思って悩んでくれているのだ。


 そんな血の繋がらない双子の姉妹。その優しさは嬉しかった。


「閃いた!」


 突如立ち上がり、ちとせは叫んだ。


「ひととせロックンガールズ!」


「は?」


 叫声にドキリとさせられた次は、呆けさせられてしまった。


「なによロックンガールズって。ダサイから嫌。却下」


「えー……ロックンロールにロックンガール。いい感じにかかってると思ったんだけどな。特にガールズ。なんでソロバンドなのに複数形なんだ、って。仁美が表に出てきたときの伏線にもなるからよくない?」


「ミステリーじゃないんだから、そういうこだわりはいらないわ」


 ちとせのアイディアを、毅然とした態度で切り捨てる。


「でも……ひととせ、だけなら良いかも知れないわね」


 ただしそれは半分だけ。その全てを捨てるには惜しかった。


 ひととせというのは一年。春夏秋冬、四季を表す言葉。


 語感よく綺麗な音である。


 どんな意図でその言葉を引っ張り出したのかは知らない。けれどちとせらしかぬ発想に、思わずクスリと笑ってしまった。


 だがそれも一瞬。すぐにそれは呆れたものへと変わってしまうのだ。


「でしょう? わたしたちの名前を合わせだけなのに、なんか語呂と語感がいいよね」


「名前をあわせた……?」


「そ、仁美の頭二文字と、わたしの後ろ二文字。なんかビビ、っときたの」


 ふっふっふ、とちとせは得意げに鼻を鳴らしている。


 四季に私たちらしさを見出したのではない。単純に自分たちの名前を合わせただけらしい。


 どこまでも自分たちらしく……いや、私のことを押し出そうとしてくれている。


 私たちの間に偏りを出したくないという、その思いが素直に嬉しかった。


 互いに足らない物を私たちは持ち合わせている。


 なにせ私たちは同じ星のもとで生まれた、血の繋がらない双子の姉妹。以心伝心なだけの双子とはひと味違う。


 一つの音楽を生み出し作り上げるのに、見事なまでに補い合い、隙間ないほどに綺麗に噛み合っているのだ。


 ひととせ。これもまた二人が一つの言葉に上手く嵌っている。単純すぎると一度は呆れたが、これ以上ないネーミングセンスにも思えてきた。


「ならバンド名は『ひととせ』。これでいきましょう」


 いつもはちとせのほうが強引であるが、今回ばかりは最後の決定をくださせてもらった。


 珍しい私の強引さに、ちとせは悩むことも粘ろうともしない。


「よし、それじゃあ本日を持って、ひととせの旗揚げだね!」


 私たちの名前。それが綺麗にバンド名に嵌り、これ以上ないものだと喜んだのだ。


 その後、本来あるひととせの意味について口にしたら、そんな言葉があったのかと驚いていた。そしてなにも知らず、そんな言葉を引っ張り出したのかと、私もまた驚いたのだ。


 ひととせという名を持つことで、ようやく始まると実感を得られた。まるでこの儀式を通過することによって、バンドが実体を持ったかのようだ。


 さて、これからひととせはどこまで通用するか。


 全く見向きもされないか、はたまたとてつもない反響を受けるか。


 自らの生みの親たちを越えて、世界へのステージまで辿り着けるか。


 ひととせを通した一年後の自分は、果たしてどんな自分になっているだろうか。


 不安もあるが、それ以上の期待がある。


 未来が楽しみで仕方ない。


 きっとこれから、何度も失敗を繰り返すことになろう。目を覆いたく現実を突きつけられ、挫折しそうになるかもしれない。


 けれどちとせとなら、どんな未来でも受け入れて、きっと乗り越えられる。


 だから、まずはその第一歩。


 まさにひととせの始まりの季節を、この血の繋がらない双子の姉妹と共に、しっかり乗り越えていこう。




 ――ああ、今年も春がやってくる。

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