天井裏の奇妙な関係

海沈生物

第1話

 おかしな人間に思われるかもしれないが、私は天井裏に友達がいる。もちろん、ネズミやイタチなどの人間ではない動物、というオチではない。まだはっきりと姿も見たことがないんだけど、人間ではあるらしい。

 その証拠に彼女はいつも天井裏に開いた穴から、緑の目でぎょろりと私のことを見つめてきている。最初この部屋に引っ越してきた時はびっくりしたし、大家さんに苦情を言いに行こうと思った。だけど、案外慣れて見ると悪いものではなかった。


 彼女は喋らない。さすがに、すぅはぁ、と小さく呼吸をする音は聞こえてくるし、くはは、と気の抜けた笑いをこぼしている時もある。私が会社の上司の愚痴をいえば目で頷いてくれるし、なんの気まぐれか、たまに奇妙なキラキラした石を落としてくれる時もある。

 もしかしたらルビーとかダイヤモンドみたいなレアな石なのかもしれない。ただその価値が分かって業者に引き渡してしまえば、その瞬間、この関係は終わってしまう。そんな予感があって、宝石は彼女からも見えるようにタンスの上に並べていた。当時でも、その数は十数個にも渡っていた。


 そんなある日、「ただいま」と天井裏に向けて言ったが、声が返ってこなかった。普段なら私の声に反応して緑の目を見せてくれるのだけど、寝ているのだろうか。

キッチンのありあわせのものでチャーハンを作ったり作ったものを食べている間もその穴を確認していたが、一向に彼女が現れる気配はない。

 仕方なくその日は電気を消して寝ることにした。


 翌日、朝起きてすぐに穴を確認したが、相変わらず彼女の目を確認することはできなかった。またタイミングが悪くて寝ているのだろう。出社時間ギリギリまで彼女を待っても現れなかったので、「いってきます」とだけ言って部屋を出た。

 その日は会社でも仲のいい同僚から「美幸っち、今日元気なくない?」と言われてしまう程度には、落ち込んでいた。就業時間を終えるとすぐに退社して、部屋へと戻った。名前も知らない彼女に「ただいま!」と叫んだが、今日も彼女の目は現れない。もしかして天井裏で死んでしまっているのではないか。

 嫌な予感が背中に走ると、すぐさま押し入れの奥にあったトンカチを取り出した。机の上に扇風機を載せて、その不安定な足場の上から天井を強く叩いた。ガラガラと天井が壊れる音が響いた瞬間、これはあとで怒られそうだなと思ったが、これもあの子のためと自分に言い聞かせた。


 天井に開いた穴から手を伸ばして天井裏に入ると、そこには誰もいなかった。私の部屋の光だけが天井裏を薄暗く照らしていて、このアパートがボロっちいという事実を知るだけに収まった。

 ただ天井裏から部屋に戻った時、トンッ、と誰かに背中を触られた感覚があった。部屋の中に私以外いなかったけど、机の下には、見覚えのない金色の髪が落ちていた。


 それから私は大家さんにアパートから追い出されてしまい、その目の相手と会うことなくなってしまった。ただあの日見つけた髪と宝石は、今日やっとこさ引っ越せた先でも相変わらずタンスの上に置いている。いつかまたこの宝石たちを大事にしていれば、彼女と引き合わせてくれる。そんな淡い願いを抱いて。


 ……そんな希望を抱いた翌日、目が覚めると額になにかの粉がかかっていた。振り払って天井を見ると、あの緑の目があった。


「あ、アンタ。どうして急にいなくなったのよ」


「……銀行にお金引き出しに行ってたら、不審者扱いされて、しばらく警察署に勾留されてた」


「はぁ!? ……というか、アンタ喋れたの?」


「逆に、どうやって生きていると、思ってたの?」


 そう言われると困る。確かに彼女が人間であったのなら、ご飯を食べないと一週間で餓死していたはずだ。ただ、こうやってコミュニケーションが取れると分かるとある種の欲望がホツホツと湧いてくる。


「……それだったら、降りてきなさいよ」


「えっ……このままで、よくない? 面白いし」


「前のアパートと違ってボロっちくはないし、なにより……」


「なに、より?」


「……なんでもないわ。それより、早く降りてきなさいよ」


 不満そうな目線を感じながらも「いってきます」というと、彼女は”言葉”で「いってらっしゃい」と返してくれる。不可思議な日常だけど、彼女は私の生活の中の一部になっているのは事実だ。まだまだ彼女は姿を見せてくれなさそうだけど、それでも、またふいっといなくなるよりはマシか、と灰色の雲を見ながら思った。

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