エピローグ

あれから、七度春が巡った。

 受験、大学、そして就職活動。

 首都圏のバイクメーカーに務める僕は二十三歳になっていた。


 晶ねえさんの二人目が生まれたのが先月。久しぶりに両親と、盛岡で会った時のことだ。

「環は結婚はしないの?」

 幸せに包まれたねえさんは、からかうように僕に言った。今や、わざわざ市役所にいかずとも、自宅のPCでもスマホを使ってでもSHarPと同じ診断結果を得ることができるらしい。知っていたけど、その気は起こらなかった。

「そうよ、智くんたちの結婚式、すばらしかったじゃない。母さんもはやく一人前の環の結婚式に行きたいのよ」

「まだ半人前なの?」

「そりゃあ、父さんたちにしてみればお前はまだまだ半人前だよ」

 なんだか不服だけど、同級生が次々と結婚している中で僕は独身のままなので文句は言えなかった。ハルナのことを忘れたわけではないが、おそらくもう既婚者だろう。あの紅崎と、非常に高い相性で結婚したはず。たぶん、幸せになっているはずだ。

 とはいえ。

 父さんたちに言われたのがきっかけで、僕は七年ぶりにSHarPで測定を行った。結婚するかどうかは別としても、どうせ無料で受けられるし、少年時代のことをいつまでも引きずるのは大人げない。

 新宿の区役所で測定を行った。高校生の時と同じように、質問に次々と答えていく。

『恋をしたことはありますか』

 最後の方で、あのときは無かった質問が飛び出した。

『恋をしたという自覚はありましたか』

「はい」

『具体的に教えて下さい』

「七歳の時、すれ違った女の子にときめきました。十五歳のとき、いとこのねえさんに対して異性への思いをはじめて感じました。そして十七歳の時、運命の相手に出会いました。玉置ハルナといいます。その時、十七歳だけどSHarPを使って、一億分の一という数字が出ました。その時は相性が最悪だと思ったけど、関係なく惹かれて、恋人になりました。駆け落ちもして、失恋をしました。それ以来恋はしていません」

 その質問を持って、測定は完了だ。

「榛名さん、測定結果が出ました」

「ありがとう」

 早速結果が渡される。白い封筒で書いてあるのは変わらずだった。僕は、SHarPの置いてあるブース内で開いてみる。あの時のようなドキドキは無かった。

 

 榛名 環 さまへ提案するパートナー


 榛名 環 二三歳 男

  相性100~90パーセントの女性   1名 (99パーセント)

  相性90~80パーセントの女性    0名

  相性80~70パーセントの女性    0名

  相性70~60パーセントの女性    0名

  相性60~50パーセントの女性    2名

  相性50~40パーセントの女性  385名

                       抽出 18歳~35歳


 相性九九パーセントという文字に僕は釘付けとなった。ハルナと紅崎との九四パーセントすら上回る、最良の相手がいるということだろうか。

「す、すみません」

「なんでしょうか?」

 受付の担当者に、相性の結果のページを開いてみせた。

「この相手と会いたいのですが」

「き……、きゅうじゅう!?」

 あ、と自分のした過ちを後悔する。八〇パーセント以上の数字は非常に珍しく、大騒ぎになるのだ。フロア銃の職員が、おそらくそれまで一度も見たことのない数字を眺めにやってきた。

「登録完了しました。相性九九パーセントの方から、了承が取れましたら、榛名さんに連絡が行くようになります」

「ありがとうございます」


 僕は高揚していた。まさか九九パーセントの相手がいるとは、ハルナとの相性もそのくらい高かっただろうが、最良の相手がねえ。

「きゅうじゅうきゅうぱーせんとって何だよ」

 智に大笑いされたが、測定結果を見せると黙ってしまう。

「お前、すげえな」

「何が」

「一億分の一の次は九九パーセントだ。高校生のときは恋愛指南みたいなバカなことを俺がお前にしたけど、あれは釈迦に説法だろ」

「いや、感謝してる」

 過ぎ去りし青春の一ページだ。痛々しいところも過分にあったとは言え、僕は今も変わらず智を尊敬している。社会人としても、昔と変わらない友達というのはうれしい存在だ。

「しかし、どうして俺も立ち会わなきゃいけないんだ」

「なんと言うか、僕が逃げないように見ていてほしいなって」

「逃げるのか? 九九パーセントの相手を前に」

 逃げないという自信はなかった。もし、ハルナよりも魅力的な女性がいたとしたら……。僕が玉置ハルナを忘れてもいいという相手だとしたら。

 それは幸せであると同時に、非常に不幸なことだ。いままでの僕を否定するようで。

「なんだよ、それ」

「でも、とりあえず智がいれば、ね」

「相手の女性に失礼かもしれないじゃない?」

 でも。僕一人では、ここにいられる自信がないから。

 新宿の小洒落た喫茶店「あさひ」で、僕とその相手は出会う手はずとなっている。ただ、名前も身分も伏せた状態で。僕も相手の姿も名前さえ、わからない。

「失礼とかそういう」

 カランカランカラン。古風なドア・ベルが鳴った。僕たちの視線がそこに注がれる。

 上着を着ていては汗ばむ、そんな初夏の六月。僕との待ち合わせ時刻五分前に入店した女性の姿は、カンカン帽子に長袖の白いワンピース。

 黒くて肩よりも長いまっすぐな髪はつややかだった。リボンのついた髪飾りがアクセント。整った目鼻立ちなのに、クールというよりも優しそうな表情だと思ったのは、緊張しているだろうに、彼女の表情は柔らかそうだったから。

「行けよ、運命の相手だろ」

彼女と僕の視線が合った。

いったい、何から話せばいいのか、何を話せばいいのか。

そんなことはあとから考えればいい。

「環……くん」

「ハルナ」

 お互いに歩み寄り、強く抱き寄せた。

僕は、またハルナに恋をしたんだ。



おわり

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ハルニメグル 井守千尋 @igamichihiro

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