きっと大丈夫

おおはしカフカ

きっと大丈夫

今年も立派に咲いたなぁ……。

自分の背丈の何倍もある桜を見上げる。

大きな桜の下で小さく蹲って泣いていた

あの日の君を思い出す。

君の笑顔が見たいと思ったんだ。



私立四ツ葉高等学校入学式

その文字を見るたびに、涙が沸いてくる。

あんなに泣いたのにまだ出てくるんだ。

私、都築つづきえみは体が悲しみを乗り越えてないことを実感して辟易とする。


入学式が終わっても、

すぐに帰る気力がなかった。

ここは私の居場所じゃないのにな……。


人の居ない方を目指して裏校舎に行くと、

大きな桜の木が目に入った。

揺れる枝に手招きをされている気がして、

歩み寄っていく。


目頭に溜め込んでいた涙が止めどなく

こぼれ落ちてくる。

せきをきったように感情が溢れ出してきた。


「……っなんっで、私だけ藤の花高校に

落ちたの?あんなに勉強して、勉強して……

4人で同じ学校行こうって……言ってたのに……こんな制服着たくない。

あの学校の制服がよかった。

本当ならこれからみんなと一緒に

写真とったり……思い出作っていくはず

だったのに……なんで……」


仲良し4人組で

小学校から今まで一緒に歩んできたのに、

私だけ別の世界に放り出されてしまった。

寂しくて、心細くて。

先の見えない恐怖を漠然と抱いていた。

それをどうすれば、消すことができるのか

私にはまだわからなかった。


こんなに泣きじゃくって、

誰かに聞かれたらどうしようって

思ったけど抑える余裕もなくて

思い切り泣いた。


桜の花びらが見守っていてくれるように

春の光を集めながら優しく舞っていた。





「わり!都築さん!油性ペン持ってる?」


満面の笑顔で男子生徒が振り向き、

声を掛けてきた。

私はびっくりして咄嗟に声を出せないでいる。


「ええと…」


と焦ってペンを探して、渡す。


「ありがと!俺、辻村駿つじむらしゅんです!

さっきクラスで自己紹介したばっかだけど、改めてよろしくね!」


辻村駿くん……なんて陽気なキャラ……。

私と違って新しい生活が楽しみで

仕方ないんだろうなぁ……。

端正な顔立ちで、明るくて、中学でも

モテてただろうなぁ……と思考を巡らせ

ながら「うん、よろしくね」と私は言う。

きっと笑顔で言えてたと思う。


それから駿くんは席が1つ前ということも

あり、沢山私に話しかけてくれた。

駿くんのまわりはいつも明るくて、

自然と人が集まっている。

でも不思議とうるさくなくて

楽しい気持ちにさせてくれる。

人懐っこいわんちゃんって感じ……?





「みんなは部活どこに入るか決めた?

私は美術部!」


高校に入り初めてできた友達の吉野あいりが問いかける。

駿くんのまわりに自然と集まった輪の中の

一人にあいりがいて、気付いたら仲良く

なっていた。

最近はあいりと、駿くんと同じ中学校出身の林佑斗はやしゆうとくんと4人で話すことが多くなった。


「んー俺は入るならテニスかなー!

でもバイト沢山やりたいから、入部するか

まだ悩み中~。駿は?」


「林は中学もテニス部だったもんなー。

俺もまだ決められなくてさ……。都築さんは決めたの~?」


「えっと……図書・創作部……にしようかと思って……」


一瞬、皆の時が止まったような気がした。

あーー、そうだよね、こんな珍しい部活名

言われてもピンと来ないよね。

言わなきゃよかった。と思っていたら


「なにそれ!面白そう!なにか作品を作るってこと!?」


パァーと目を煌めかせて駿くんが

聞いてきた。

私は、読書が好きなこと、感想分の

コンクールに参加したり自分で小説の創作をする部活があることを知って、入部しようと

思っていると伝えた。

駿くんはうん、うんと笑顔で聞いてくれた。


後日二人で図書・創作部に入部届けを

提出した。


「あー!これから楽しみだね!」


とニコニコ顔の駿くんが声を掛けてくれる。

私は、駿くんと同じ部活になれて、

正直すごく嬉しかった。

同じ気持ちでいてくれたら、いいな。と

思うようになっていた。

ただ、私には1つ気になることがあった。


「駿くんはさ、スポーツテストの時とか

すごく足が速くて、運動神経いいから

運動部に入るのかと思ってたよ」


その時、駿くんの表情に翳りが見えた気が

した。


「高校に入ったら新しいことに挑戦する!

って決めていたんだ」


とだけ、笑顔で言った。

いつもの笑顔のように見えたけど、

どこか心細く思えた。

でも、これ以上踏み込んではいけない気が

して、次の言葉を探していると、


「それよりさ、都築さんの笑顔の日が増えてきてよかった!」


「へ?!」


拍子抜けする私。


「入学当初、ずっと緊張してるのかなって

思ってたんだけど、初めて話した時も

無表情で心ここにあらずって感じだった

から、心配で気になってさ」


あの時の感情がぶわっと脳内によみがえる。

でも、もう涙は溢れてこない。


「うん……あの時のことは上手く言えない

んだけど……けど今はね、すごく楽しいよ!!これから部活、一緒に頑張ろうね!」


今度は本当にとびきりの笑顔になれたと

思う。


「……うん!頑張ろう!」


駿くんは顔をくしゃくしゃにして笑った。


トクン


何かを気付かせるように強く確かに

私の胸は高鳴なった。


そっか、私、駿くんを好きになってるんだ。


笑顔をくれるこの人に、救われていたんだ。


駿くんとの繋がりを大事にしていきたい。

これからも。



その日の夜、通信アプリの中学4人組

グループのところに通知が入っていた。


『えみー久しぶり!新しい学校どう!?』


という文章に教室で撮った三人の写真が

ポコンポコンと貼り付けられていく。


ギシギシと胸の奥が軋むのを感じた。



――――行きたかった教室―――



――――着たかった制服――――



――私も一緒に写るはずだった写真――




心に黒い気持ちが広がり始めていた時、

私はあの言葉を反芻する。


「都築さんの笑顔の日が増えてきてよかった」


雲の隙間から射し込む光みたいに

駿くんの笑顔が心を照らす。

黒い気持ちを優しく包んでいく。


『久しぶり!私は今日部活に入ったよ!

これから頑張るよー!』


と返信をした。

私は自然と笑顔になっていた。






それから葉桜が青々と茂っていき、

その姿を赤や黄色の彩りに変えた頃、

私達は部活の後など、時々一緒に帰るように

なっていた。

学校から駅までの短い距離だけど、

私にとってはすごく大事な時間。


「都築さんのおすすめしてくれた本、

めっちゃ面白かった!また何かおすすめの本

とかある?」


「よかった~!まだまだあるよーえっとね……」


と話し出そうとしたとき、


「あれ?駿じゃね!?」


「あ!本当だ!おーい!!」


と校庭の方からぞろぞろとジャージ姿の

男子生徒達が校門近くにいる自分たちの所に

向かってくる。

駿くんは体を強張らせてるように見えた。


「あっ、都築さん!ごめん!中学の時の

友達だわ!ちょっと挨拶してくるね」


「う、うん!ごゆっくり!」


ありがとう、と笑う駿くんの顔がなんだか

泣き出しそうだった。

少し離れた所でみていると、

彼らはサッカー部の人達で、くすのき高校の

スクールバッグを提げていた。

楠高校はサッカーの強豪校でたまにテレビとかで見るときもあるので私にもわかった。

しばらくして、駿くんが戻ってきて、


「今日、うちの高校と練習試合だったんだって!しかも圧勝だってさ!うちの学校も

そんな弱くないのに、やっぱ楠すげーよな~」


それを聞いて、私は本当に何気なく、

その言葉をいってしまった。


「駿くんもサッカー部に入ってたらエースになって勝ってたかもよ!!」




その途端、駿くんから完全に笑顔は消えた。


「……俺のことなにも知らないのに、

そうゆうこと言わないで」


一瞬何を言われたのか、理解するまで時間がかかった。いつも笑顔のあの駿くんからでた言葉なのか、信じきれなかった。

呆然と立ち尽くす私を見て、

駿くんはハッと我に返った表情で、

ごめん!!と走り去っていく。

私は体が動かなかった。

まだ何が起きてるか受け止めきれなかった。


その時、


「ごめん……通りかかったら二人の話が

聞こえちゃって……」


背後からテニスラケットを持つ部活帰りの

林くんが眉を八の字にして立っていた。

あいつさ…と林くんは続ける。


「中学のとき、ほんとにサッカー部の

エースだったんだよ。

けど練習中に足を怪我しちゃって……

日常生活とか普通の運動には問題ない

って言ってたけど、前みたいにサッカーを

するのは難しいらしくてさ、本当はさっき

会った奴らと同じ強豪校に進学も決まってたんだけど……」


私は顔が真っ赤になっていくのを感じた。

辛い思いをしていたのに、いつも笑顔で、

私を励ましてくれていた人に、

なんて無神経なことを言っちゃったんだろう。

ギュッと拳を握り、決意を固める。


「林くん!教えてくれてありがとう!」


そのまま林くんの返事も待たずに

私は駿くんの走って行ったほうに駆け出していく。


辿り着いた先は学校の裏校舎だった。

夕日を浴びてより赤みの増した桜の葉が

ザワリと揺れていた。

その下に桜の木と向かい合っている駿くんを見つけた。

その姿は4月の頃の自分と重なる。

声を掛けない方がいいのかもしれない、

でも……

駿くん、と私は声を掛ける。

ハッと振り向き、駿くんと私は同時に


「ごめん!!」

「ごめんなさい!!」


と頭を下げた。

駿くんは都築さんがなんで

謝るの、とクシャっ笑った。

その笑顔が切なかった。

駿くんはそのまま続ける。


「都築さんがなにも知らないのは当たり前

なのにさ、俺本当はあの学校に行きたくて、

サッカーがしたくて、したくて

たまらなかったん……だ……。

あん…なに、練習…したのに、

たった一度の怪我で……全部失って……。

もう吹っ切れたと思ったのに……」


ボロボロッと涙を溢す駿くん。


「八つ当たりだった。本当にごめん……」


私はずっと駿くんに言いたかった言葉を

今こそ言おうと思った。


「私ね、入学式の時ここで大泣きしたんだ。

自分の居場所はここじゃないって。

でも駿くんに会えて本当にこの高校に

入れてよかったって思ったんだ……。

毎日楽しいのは駿くんのおかげ。

ずっとありがとうって言いたかったんだ。

本当にありがとう」


もっと、上手く言いたかった。

この言葉の紡ぎ方が正解なのかも私には

分からなかった。


ややあって駿くんが口を開く。


「……実はあの日、俺もそこで泣き出しそうだったんだ。でも、先に大泣きしてる

都築さんを見つけちゃってさ、

俺との境遇と重なって見えて同じだ……

って思っちゃったんだ……」


「え!!あれを見られていたの……!?」


恥ずかしすぎる……!!

私はまた違う意味で顔が赤くなっていった。


「ごめん、黙ってようと思ったんだけど。

ただ、その時この子を笑顔にしたいって

思ったんだ。俺が今まで笑顔でいられたのは

都築さんのおかげなんだよ。

こちらこそありがとう」


思いがけない言葉に私も耐えきれず

涙を溢す。



ボロボロと二人で涙を流したあと、

顔を見合わせて、くすぐったそうに

私と駿くんは少し笑った。


秋風が吹き、紅葉した桜の葉が舞う。


桜紅葉さくらもみじって言うんだって……綺麗だけど

散っていっちゃうね……」


「うん……散ったり咲いたり、俺たちも

きっとこれから色んなことがあるんだろうなぁ……。

いつかは俺もぶれなくて強いこの桜みたいになりたいよ」


涙で、赤くなった目をこすりながら

駿くんは言った。


「駿くんならきっと大丈夫」


偽りのない心からでた言葉だった。


「私は……自分が辛くても人を笑顔にできる駿くんなら大丈夫だと思う。

だから辛いときは話せることなら話して

ほしいな。いっぱい聞くから……」


私も駿くんを笑顔にしたい。

与えてもらうのを待つだけじゃなく、

自分の意志で変わらなきゃいけないんだ。

と強く思った。


駿くんは、はにかんだ笑顔で「ありがとう」と

答えてくれた。


そして、深呼吸したあと、

真っ直ぐ目を合わせて強く深い声で言った。



「都築さん、好きだよ」








沢山の蕾を目覚めさせた桜の枝が、

さらに高く空へ近付いていく。

新たな季節が訪れていた。

風とともに舞う桜の花びらが頬を撫でた。


「色んなことがあったなぁ……」

あの日、ここは自分の居場所じゃないと

泣いた。

だけど、今の自分にとって特別な場所に

変わっている。

あの日の自分の姿を桜の木の下に映し出す。

一年前の小さく蹲る自分の肩を、

トンと叩くように桜の木に触れる。


ねえ、大丈夫だよ。今の私は笑顔だよ。

これから同じように涙することもあるかも

しれない。泣いていたあなたのこと、

変わろうと決めたあの日のこと、

今ここにいる自分のこと絶対忘れない。

大丈夫。きっと。


「えみ」


自分の肩を叩かれ、

ふっと振りむくと、駿くんがいた。

私の表情を少し見つめたあと

桜色に染まる柔らかな光に包まれて

駿くんは笑顔で言った。


「うん。きっと大丈夫」


あぁ、この笑顔が大好きだなぁ……と

改めて私は思う。

駿くんが私の手をとりギュッと握りしめる。

私も答えるように握り返す。


桜の木が二人へエールを送るように、

そよ風に合わせて優しく枝を揺らした。

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きっと大丈夫 おおはしカフカ @kyonkyonkyon82

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