伝承の猫サマ 2

「痒いところございませんか〜?」

「なんなのだ、その馬鹿にしたようなしゃべりは」

「床屋の定番。……つか、お前ホントに白ネコだったんだな……」

「そうだと言っておろう」


 場所は変わって我が家の浴室。尻尾の片方を隠して捨て猫を拾ったと説明すれば、祖父母はあっさりと受け入れてくれた。ただ、腕の中のシロは言葉にこそしなかったものの不満げに爪を立ててきたが。

 ネコはネコでも妖怪だからか水を嫌がることもなく、何度もすすぐ内に茶色の斑だった毛並みは明度を取り戻してゆく。三度目に流したときにはもう、立派な白ネコだった。むしろ、シロを通り越して僅かに銀色がかってすら見える。


「よし、こんなもんか。汚れてるとこ、ないか?」

「いや、もうよい。ご苦労」

「……やっぱ、なんか上からだよなぁ」

「貴様のごとき矮小な存在が、我と対等だと? その気になればこの山一つ、簡単に更地にできるというのに?」


 身体を震わせて水を飛ばしたシロが、らんらんと血のように赤い目を光らせる。さっきまで金色だったはずなのに、いつの間に変わったのか。尻尾を膨らませて威嚇する姿は、二股であることを除けば昔飼っていたマコトと変わらない。本能が怖いと叫んでいても、理性は真逆の判断を冷静に下していた。


「でも、そんなことする気、ないだろ」

「何故そう思う」

「じいちゃん達に聞いたんだ。お供え物して村を守ってもらう、土地神と大して変わらない妖怪だったんだろ? 子どもと結構仲良くしてたらしいし、人に害を為すつもりがあるとは思えない」

「……恐れおののけば良いものを」


 血紅の相貌を黄金に戻したシロが、しゃなりと肩にのぼってくる。ここが落ち着くらしい。


「そこにいると、尻尾バレるぞ」

「現世(うつしよ)には、猫又はもうおらんのか」

「いねぇな。もう都市伝説……迷信だよ。オレも、お前がホントにいるなんて思ってなかった」

「では、隠すとするか。騒ぎ立てられるのは我も本意ではない」


 白い霧か湯気のようなものが一瞬尻尾を覆ったと思ったら、次の瞬間には尻尾は一本になっていた。先の黒い部分は少し長くなっている。まぁ、これで妖怪だと疑われることはないだろう。


「しばらくオレの部屋で良いよな。つかオレ、まずお前についてあんまり知らないんだ。教えてくれよ」

「よく知りもしないであそこを訪れたのか。酔狂なものだ」

「はいはい。……ちょっと黙ってろよ」


 祖父母に今後について相談するときは大人しくしていたシロだったが、いざ部屋につきバレる心配がなくなると自分の身の上について事細かく説明してくれた。


「……要するに、死んで、地獄に落ちて、お勤め果たして、守人として現世(げんせ)に使わされた……って解釈で良いか?」

「あぁ。それから……もう300年経つか。現世(うつしよ)は様変わりが早いことよ。なんだその板は」


 話を纏めるために使っていたスマホに、シロは興味津々らしい。まあ、300年前からすれば、目に映る全てが意味不明だろう。ふんふんと鼻を近づけて物色する様子はただのネコと変わらない。


「あ? スマホ。つっても分からないよな。電話は分かるか?」

「面と向かわずとも会話の出来る、橋を縦にしたようなものだろう。形が全く違うように見えるが」

「それがどんどん進化して、こんな感じになったんだ。電話以外にも色々出来るんだぜ?」


 おもむろにスマホを向けてシャッターボタンを押すと、尻尾がぼんっと太くなった。いきなりはビビるらしい。


「なんだ、今のは!」

「写真。……おお、映ってる。じいちゃんばあちゃんも見えてたし、見える人にしか見えないって訳でもなさそうだな」

「我はそんな不確かな存在ではない。……これが、今の我か」

「そ」

「ずいぶん、小さくなったのだな」

「昔はもっと大きかったんだ?」

「そう……あれくらいであった」


 あれ、と尻尾で指したのは、勉強机。……どうやら、随分なサイズだったようだ。子ねこバスくらいあったんじゃねぇの、シロ。ちょっとそれは想定外だわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

即興短編集 @shin-ei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ